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1.米国債格下げの衝撃
8月5日S&Pは米国債の格付けを最高位のAAAから一段階引き下げた。予想された事態ではあったものの、世界の金融市場は激しく動揺した。
リーマンショック後の世界経済を立て直すために、主要国は財政政策を活用してきたが、この結果各国ともに大幅な財政赤字が続き政府債務が累積している。サブプライム問題の震源地であった米国は金融危機回避のための財政支出拡大で大幅な財政赤字が続いている。その上、議会の多数派が日本の衆議院と参議院のように上院と下院でねじれ状態になっており、政策決定が暗礁に乗り上げそうになることも多い。今回も政府債務上限引き上げ期限の8月2日を目前に民主党と共和党の協議は難航し、もう少しで元利支払いが滞る恐れもあった。これまで世界一安全な金融資産とされてきた米国債が、もはや安全ではないと宣告された訳で、国際決済に使われる基軸通貨としての米ドルの信認は大きく傷ついた。
米ドルと並ぶ国際決済通貨と期待されたユーロがギリシャなどの政府債務問題で大きく躓いた現在、米ドルに替わり得る基軸通貨はない。これまでのように米ドルを使い続けるしかないが、米ドルへの信認が揺らいでしまい、これまでのように円滑な取引ができなくなっている。これが今回の国際金融市場の動揺の原因だ。
2.基軸通貨の旨みと矛盾
そもそも今回のような問題が無くても、それ以前から中国をはじめとした新興国経済の急速な発展によって米ドルの基軸通貨としての地位は次第に低下していく可能性が高かった。米ドルを基軸通貨とする現在の国際通貨制度には3つの可能性があり、その中でSDRのような世界通貨が生まれることが最も望ましいということは、既に述べたとおりだ(「基軸通貨の3つの未来」2010年7月5日号)。
本来一国の通貨に過ぎない米ドルを国際基軸通貨とする体制は、元々大きな矛盾を抱えている。米国が経常収支赤字を続けなければ世界は国際流動性不足に陥るが、米国が経常収支赤字を続けると米ドルの信認が低下するからだ。さらに自国の通貨が貿易や国際金融取引に使われる基軸通貨であることからは大きな利益が生まれ、これまで米国がその旨みを独占してきた。SDRを国際決済に使われる基軸通貨とし、IMFのような国際機関が世界の中央銀行として供給をコントロールすれば、基軸通貨の発行益を特定の国が独占するのではなく国際社会全体が享受できるという大きなメリットがある。
3.元には戻らない世界
これから数十年にわたって中国やインドといった人口規模が10数億人という新興国が発展して行けば、いずれ世界経済の中心に座ることになる。中国やインドの挫折を予想する声もあるが、それでも元のように欧米が国際経済を牛耳る世界には戻らないだろう。英ポンドから米ドルへという歴史が繰り返されるのであれば、人民元やインドのルピーといった新興国通貨が米ドルに替わって新たな基軸通貨になる可能性が高い。もちろんそれには、まだ長い年月が必要だし、今のところ中国やインドにすぐに自国通貨を国際化する覚悟はない。だからこそ、今ならまだSDRを基軸通貨にできる可能性が残されている。
第二次世界大戦後の国際通貨体制を決める協議で、英国代表を務めたケインズは、バンコールという国際通貨を創設することを提唱した。しかし、既に米国経済の力は圧倒的なものとなっており、往年の経済大国英国といえども米ドルを国際基軸通貨とすることを阻止できなかった。現時点では米国はSDR構想に強硬に反対するだろうが、基軸通貨の交代が誰の眼にも明らかになってからでは、全ては手遅れなのである。
時代の流れに逆らうことは無意味だが、日本は時代の変化に受動的に対応することも能動的に対応することもできる。21世紀の世界経済をより良いものにしたいと思うならば、日本は大きなビジョンを示して行動することが必要であろう。
(2011年08月18日「エコノミストの眼」)
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