コラム
2010年08月26日

消えた高齢者問題の深い病根

櫨(はじ) 浩一

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1.根の深い問題

所在不明の高齢者が多数存在することが明らかになり、大きな社会問題となっている。厚生労働省は、100歳以上の高齢者の所在確認を地方自治体に指示したが、問題は単に安否不明の高齢者がいると言うことに留まらない。深刻なのは、そもそも地域行政サービスの根本になっているはずの住民基本台帳や、日本国民であれば必ず作成されているはずの戸籍といった制度が、機能不全に陥っているということだ。戸籍上では江戸時代生まれの150歳にもなる人がいることになっているというのだから、驚きだ。

既に死亡していた人物に年金を払い続けていたという問題も持ち上がっているが、住民票に依存しているのは年金だけではない。子どもの義務教育などのサービスや、住民税の課税といった義務も住民票に依存している。住民基本台帳は、地方交付税の算定や各種行政需要の把握にも使われている。戸籍と住民票のシステムは、日本の行政を支える基盤となってきた。しかし、制度発足から長い年月を経て、制度の疲労が見られるようになっていることが、消えた高齢者問題で露わになったのではないか。

2.遅れる制度の修正

子どもが生まれれば戸籍に記載してもらい、家族が死亡すれば死亡届を出して戸籍から抹消し、引越しをすれば住民票を新しい住所の市町村に移す。近所付き合いが濃厚な時代には、周囲の眼もあって、こうした手続きを怠るということは想像し難かった。都会の集合住宅など、ライフスタイルが、互いの生活に干渉しないように変化してきたことも、制度がうまく機能しなくなってきた原因だろう。もっとも、親元を離れて暮らす大学生などが住民票を移さないまま、寮やアパートなどに住んでいるということは昔からあったから、人の移動が激しくなるにつれて、徐々に制度に綻びが生じていたのに気が付かなかっただけだろう。

民法の規定のために離婚後に生まれた子供の出生届けを提出できず、戸籍のない状態となっている子供がいることは大きな問題となり、2008年には出生届けが無くても住民票への記載ができるようになった。この措置は、総務省の自治行政局市町村課長の通知で可能になっているが、戸籍への記載ができない状態には変わりがない。高齢者の状況確認に問題があり、公的年金制度が悪用される可能性があることは、この事件の前から関係者には知られていただろう。法制度の整備が現実社会の変化に追いついていない事例には事欠かないが、単に整備が追いつかないというよりも、修正の必要性を分かっていながら長年放置されてきたと言うのが正確ではないか。

3.社会維持のため、制度の機能維持を

日本社会を運営していくためには、どこにどういう人が住んでいるのかという正確な名簿が必要だ。社会の変化に戸籍や住民票の制度が追いついておらず、追加的な調査が必要になったり、様々な問題が起こったりするというのでは、あまりに社会的コストが高い。プライバシーの保護が昔よりも重要性を増していることは確かだが、社会を運営していくためには、最低限の制約は止むを得ない。戸籍の管理や住民票の移動といった社会に不可欠な制度が確実に運営されるような制度が必要であり、家族が手続きを拒否すると行政はなす術が無いという状況は修正すべきだ。

消えた高齢者問題は現在の日本の諸制度の抱える問題の氷山の一角に過ぎず、時代の変化で古くなってしまった制度を迅速に修正し、確実に機能するように維持することの重要性を示しているのではないだろうか。
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