コラム
2009年07月21日

「活かす」「起こす」「つなぐ」-由布院に学ぶ地域活性化の視点

柄田 明美

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由布院は、誰もが一度は行ってみたい所として思い浮かべる全国有数の観光地である。現在、人口約3万5,000人(2005年国勢調査)の町を訪れる観光客は年間約400万人であるという。ちなみに、由布院は「湯布院」とも書くが、地元の人々は「由布岳」にちなんだ「由布院」を使うことに誇りを持っているようだ。

先日、この由布院の老舗旅館「玉の湯」の代表取締役会長・溝口薫平氏のお話をうかがう機会があった。「裏別府」と呼ばれた小さな温泉地が、半世紀にわたり実践してきた地域起こしの歴史は、「環境」を守り共生する「住民主体」のまちづくり運動であり、まさに半世紀先をいく取組みである。

由布院におけるまちづくりの中心人物として活躍されてきた溝口氏のお話を聞き、地域活性化に必要な視点として感じたのが、「活かす」「起こす」「つなぐ」である。

まず、地域が長年にわたって培ってきた地域資源と外からの視点を「活かす」。

由布院の魅力は、豊富な温泉ももちろんであるが、由布岳を中心とした自然(緑、空間、静けさなど)と人々の生活が培ってきた食や文化である。由布院のまちづくりは、これらを地域資源だと教える外部からの視点を素直に活かすことから始まっている。かつて町の存続をかけてドイツの温泉保養地であるバーデン・バーデンの視察を敢行したのは、大正13年の本多静六氏(林学博士・造園家)の講演記録に記された「由布院は日本のバーデン・バーデンを目指すべきだ」という指摘を見直したことによるという。

そして、地域に人を呼び込むために、新しい取組みを「起こす」。

例えば、「ゆふいん音楽祭」、「ゆふいん映画祭」は、クラシックファンや映画ファンはもちろん、業界内でも評価も高い文化イベントである。「ゆふいん音楽祭」は今年で第35回となる。つまり、1970年代の半ば、地域おこしに芸術文化を取り込むことが、まだまだ意識されていなかった時代にスタートしているのである。また、「牛一頭牧場運動」は、由布院盆地周辺の緑の牧野を保ち、地域の畜産を支えるため、都会の人に牛のオーナーになってもらうもの。これも1970年代にスタートしたしくみである。今でこそ棚田維持のためのオーナー制度など、地域外の個人から資金支援を募る制度が広がり、「Let’s Enjoy Owner」といったウェブサイト(http://www.enjoy-owner.com/)も開設されているが、当時としてはまさに画期的な個人寄付のしくみである。

そういった取組みが地域の中に浸透していったのは、常に町の中で「つなぐ」の重要性が意識されていたからではないだろうか。

新しいイベントで地域の中と外をつなぐ。地域の中で課題を共有し、問題意識をつなぐ。行政と住民をつなぐ。観光と農家をつなぐ。旅館同士をつなぐ。世代間をつなぐ。つなぐということは、地域内の人、地域外の人、あらゆる人を巻き込んで当事者になってもらうことでもある。

近年、地域活性化に不可欠な要素として、「ソーシャル・キャピタル(Social Capital)」という言葉が取りあげられるようになってきた。「ソーシャル・キャピタル」とは、信頼、規範、ネットワークなど人と人との関係性が作り出す眼に見えない資本であり、「社会関係資本」とも言われる。眼に見えないだけに、捉えどころのないものと思われがちであるが、由布院のまちづくりをみると、「ソーシャル・キャピタル」というものが可視化されてくる。

由布院のまちづくりは、社会の波とさまざまな行政の規制との戦いである。それを乗り越えてくることができたのは、由布院に存在する豊かな自然と文化を守り、訪れる人々に共感と安らぎと新しい体験を提供することが重要だという意識が共有されることにより、それを守るための規範が根付き、活動に基づいた信頼とネットワークが培われてきたからであろう。

こうした眼に見えないソフトは、40年以上の時間をかけて培われたものである。由布院のまちづくりは、ソフトを育てるためには長期的な視点とビジョンが必要だということも、我々に教えているようだ。
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