コラム
2009年04月22日

認知症の“薬”と“ケア”~新聞記事と明日の仕事~

阿部 崇

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先週末17日、日本の大手製薬メーカーが、認知症治療薬となりうる候補物質「AC-3933」の開発を中止することを発表した。患者向けに実施していた治験で、想定していた薬効を確認できなかったため、とされている(同日NIKKEI NETより)。

この治験結果や継続開発中止の判断については、それなりの理由があるのだろう。私自身は医師でもなく、経営者でもなく、その是非を論じることはできない。ここでは、「その受け止め方」に着目したい。

現在わが国で認知症患者に処方される薬剤は「塩酸ドネペジル」1種である。商品名を出せば一度は聞いたことがある、という人も多いであろう。一般的な薬効は、進行性の疾患であるアルツハイマー型認知症の症状の進行を遅らせるというもので、国内承認の根治薬がない中、最も症例の多いアルツハイマー型認知症患者への治療やケアについて新しい時代を拓いたとも言われている。

適切な診断と処方の下で症状の進行を遅らせることになれば、生活支援を中心とした認知症ケアの役割が重要となり、先の介護報酬改定でも認知症ケアの充実が一つの柱とされたことも頷ける。

このような現状において、患者や家族はもちろんのこと、医師をはじめとする治療やケアにあたる現場は、疾患としての認知症を根治に向かわせる新薬の開発を望んでいたであろう。しかし、今回の発表があった。

認知症ケアに関して、介護保険の制度改正後の状況をみると、「認知症ケアはこういうアプローチが優れている」、「コストを考えればこちらのサービスが効率的」、「認知症高齢者への対応について適正な評価が得られていない」といった議論が目立つ。

確かに、認知症ケアの進展は、様々な考え方・アプローチに基づくケアの実践、それぞれのサービス領域での努力と思いが支えてきたものであり、何ら否定されるものではない。また、ケアの方法論や評価に関する議論も大切なことではある。

しかし、それ以上に重要なのは、互いのパフォーマンスの良し悪しを評することではなく、「この記事に眼を留め、“明日からの自分の仕事にどのように影響があるか”と考えられるスタッフ」を一人でも多く育成することではないだろうか。

新薬開発の中止という「新聞記事」を見て、診断や治療を担う医師・医療との関係、身体状態を踏まえた在宅介護と施設介護の役割分担、そして、期待と不安が混在する利用者さん・ご家族の気持ちや環境の中にある「明日の仕事」をどうすべきかを考えること ――― “だから自分はどうする”という感覚・感性こそが真のケアの質と考える。
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阿部 崇

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