- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 経営・ビジネス >
- 環境経営・CSR >
- 日中韓で新しい社会保障制度の世界モデルを
中でも儒教思想に基づく家族への考え方は政策決定に大きな影響を与えてきた。すなわち、日本と韓国、そして中国は高齢者の介護、子育てなどについて家族が責任を持つべきとする家族主義を特徴とし、長きにわたり家族が重要な役割をしてきたのである。この考え方は現在に至っても日中韓の社会政策、特に社会保障関連政策に反映されている。社会学者であるエスピン・アンデルセンは福祉国家を「自由主義的福祉レジーム」、「保守主義的福祉レジーム」、「社会民主主義的福祉レジーム」の三つの福祉レジームに分類しているものの、家族主義的福祉レジームと言える日本や韓国、中国のことは詳細に説明されていない。
日中韓3ヶ国のうち、最も早く社会保障制度を導入したのは日本であり、韓国と中国は日本の制度を参考にしながら制度を構築・整備した「後発」走者である。もともと「後発」という言葉はおくれて出発するという意味で、最近は医薬品と関連してよく使われている。その一例として挙げられるのがジェネリック医薬品と言われる後発医薬品である。先発医薬品は、新しい効能をもち、臨床試験などによりその効能が有効であることや安全であることが確認、承認された医薬品であるが、後発医薬品は20年から25年にわたる先発医薬品の特許期間が切れた後に、先発医薬品と成分や規格が同一であるとして、臨床試験などを省略して承認される医薬品である。従って、後発医薬品の価格は、新薬より2~7割安く、近年厚生労働省も社会保障の財源を減らすために後発医薬品の使用を奨励している。
このように医薬品に例え、先に導入・施行された制度を「先発社会保障制度」、先発社会保障制度を参考にし、後から導入された制度を「後発社会保障制度」だとすると、日本が先発社会保障制度を、韓国と中国が後発社会保障制度を構築していると言えるだろう。すなわち、日本が欧米の制度を参考にし、試行錯誤を経ながら儒教思想に基づいた家族主義的な社会保障制度を戦前から構築してきたことにより、戦後韓国と中国は、大きな手間をかけることなく手軽に新しい制度を構築できたのである。さらに「先発社会保障制度」は先発医薬品とは異なって特許権や特許期間がなく、「後発社会保障制度」は「先発社会保障制度」と成分が大きく異なっても制度そのものとして認められるという特徴を持っている。従って、韓国と中国は日本の制度を十二分に応用し、時間的・経済的損失を最小化しながら、制度を構築・改正できたのである。こういう面では政治的な思想が異なった中国よりは韓国が最大の受恵者であったかも知れない。
しかしながら、現在韓国と中国では日本以上に早いスピードで少子高齢化が進んでおり、新しい人口構造に対する独自の制度構築の必要性が高まってきた。その結果、韓国と中国政府は日本だけに頼らず、新しい制度の構築に積極的に取組み始めたのである。
この点は日本の政策立案者にとっても示唆するところが大きい。すなわち、同じ家族主義的福祉国家レジームの国である韓国と中国がこれから実施する社会保障制度を参考にすることは、日本にとっては制度の改正と構築に伴う時間的・経済的ロスを節約できるチャンスかも知れない。
従って、少子高齢化の急速な進展など共通の問題点を抱えている日中韓3ヶ国が、共同で対応することは望ましいことであり、更なる研究者の交流や共同の研究が行われるべきではないだろうか。今後新しい社会保障制度のモデルとして日中韓3ヶ国の共同研究の成果が世界から注目されることに違いない。
(2008年12月25日「研究員の眼」)
生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任
金 明中 (きむ みょんじゅん)
研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計
03-3512-1825
- プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職
・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師
・2019年 労働政策研究会議準備委員会準備委員
東アジア経済経営学会理事
・2021年 第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員
【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)
金 明中のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2024/07/09 | 日本の少子化の原因と最近の財源に関する議論について | 金 明中 | ニッセイ基礎研所報 |
2024/06/13 | 【アジア・新興国】韓国の生命保険市場の現状-2022年と2023年のデータを中心に- | 金 明中 | 保険・年金フォーカス |
2024/05/17 | 韓国政府と医療界が医学部の入学定員増案で対立、医療空白が長期化-日本の事例を参考に事態の解決を- | 金 明中 | 研究員の眼 |
2024/05/09 | 韓国の出生率が0.72で、8年連続過去最低を更新-若者の意識を的確に把握し有効な対策の実施を | 金 明中 | 基礎研マンスリー |
公式SNSアカウント
新着レポートを随時お届け!日々の情報収集にぜひご活用ください。
新着記事
-
2024年09月17日
今週のレポート・コラムまとめ【9/10-9/13発行分】 -
2024年09月13日
ECB政策理事会-予想通り利下げ、今後は引き続きデータ次第 -
2024年09月13日
自動車保険料率の引き上げに向けた動き-自動車保険と傷害保険の参考純率の改定 -
2024年09月13日
インド消費者物価(24年8月)~8月のCPI上昇率は小幅上昇も2ヵ月連続で物価目標を下回る -
2024年09月12日
外国株式ファンドが一時、売却超過に~2024年8月の投信動向~
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2024年07月01日
News Release
-
2024年04月02日
News Release
-
2024年02月19日
News Release
【日中韓で新しい社会保障制度の世界モデルを】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
日中韓で新しい社会保障制度の世界モデルをのレポート Topへ