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コラム
2005年08月22日
1.量的拡大の終わり 戦後60年にあたる今年は、これまで増加を続けてきた日本の人口がピークを迎え、減少に向う分岐点に至ったという点でも、大きな節目である。第二次世界大戦終了後、続いてきた日本経済の量的な拡大も、曲がり角を迎えることになるだろう。 さて、日本国内で商品やサービスをどれだけ生産できるかということは、国内で使う工場の設備やそれを支える道路や通信網などの社会資本を含んだ「資本」と、国内でどれだけの人間が働くかという「労働力」、そして生産に使う「技術」の三つの要素で決まっている。今後は人口高齢化が急速に進んで行くので、女性の社会参加や高齢者の就業を促進しても、今後労働力が減少することは避けられない。これから少子化対策が大成功をおさめて出生率が急上昇し人口が増加に転じたとしても、生まれた子供たちが大人になって働き始めるまでには20年もかかる。少なくとも21世紀の初頭に日本の労働力人口が減少するのは、今からではどうあがいても避けられない。 労働力人口の減少を、企業の設備投資を増やすこと、つまり資本の増加で補おうという議論がしばしば見られるが、高齢化による家計貯蓄率の低下でいずれ企業は家計から資金を集めて設備投資を行うということができなくなるので、資本の大幅な増加も難しい。こう見てくると、日本経済が第二次世界大戦後の高度成長期を通じて行ってきた、労働力と設備の増加による量的拡大という路線が維持できなくなるのは確実である。 2.重要性を増す技術 今後は、投入量の拡大による経済成長は難しいものの、残るひとつの要素である技術の進歩によって日本経済が発展することは可能である。労働や資本の増加による経済成長が難しいのだから、経済成長にとって技術の進歩はこれまで以上に重要なものとなる。 高齢化が進む21世紀の日本で、経済成長率を高めるために技術の進歩が重要であるということは、既にさまざまな形で指摘されてきた。政府が科学技術の研究・開発に、より多くの予算を配分すべきことや、日本の子供の学力低下が懸念される中で、科学技術教育の重要性や、日本国内での科学技術の研究・開発の重要性が指摘されることが多い。 高度成長期の日本は欧米から技術を輸入して発展できたが、特許やノウハウといった知的財産の重要性が認識されるようになり、技術や特許を購入することは昔に比べて難しくなっている。日本の技術水準が高まった結果、欧米諸国との技術格差がなくなっているということも、技術の輸入で経済成長できる余地を小さくしている。日本企業が世界市場の中で競争に勝抜き、経済成長を続けて行くためには、自力で新製品の開発や技術開発を行う必要がある。経済的に豊かになった日本が海外での科学技術開発にただ乗りして行けばよいという状況ではないことは明らかで、経済成長に直結してはいないものの世界共通の財産である基礎科学の発展にもっと貢献すべきことは言うまでもない。 しかし、企業が国際的な経済活動をするようになった今日では、日本で開発された科学技術が日本の国内だけにとどまっていると考えることは楽観的過ぎる。企業は世界中の国々の中で生産コストの安いところに生産拠点を置いて活動している。日本国内で開発された製品が、生産コストの安い東南アジア各国や中国で生産されているという例はいくらでもあり、日本の国内で発明、発見が行われたからといって、その利益を日本が独り占めにするわけにはいかないということも覚悟しておく必要がある。 3.もうひとつの「技術」 技術というと、通常は、コンピューターの計算速度とか高度な製品を作れるかという意味で使われる。普通は技術という言葉からは「科学技術」を思い浮かべるが、経済成長に使われる技術はもっと広い意味のもので、コンピューターそのものの性能だけでなく、それをどう利用するかとかいうことも含むものである。国全体では、社会を支える税や社会保障などの制度や、企業活動を規制する法律や政府組織のあり方まで含んだ非常に幅広いものだ。 企業が工場を建設するのにはいくつもの規制をクリアしなくてはならないが、役所の許認可を得るための手続きが複雑で、いくつもの窓口に大量の書類を用意し、何度も役所に足を運ばなくてはならないといったことがよく言われた。こうした状況が改善されれば、そのために使われていた労力がもっと生産的なことに使えるようになる。節約できた時間で、これまでと全く同じ設備と従業員数で工場の生産が増えることになり、これも一種の技術進歩である。 今後の日本経済の発展にとっては、むしろ科学技術以外のこうした社会を効率よく動かすための「社会技術」とでも呼ぶべきものが重要になるのではないだろうか。このような分野の効率改善は、何か新しい製品を作り出したとか、新発見をしたというように、眼に見えるものでないことが多い。企業の内部でも、工場の作業工程など仕事の成果が測りやすい部門では作業効率の改善が進むものの、本社部門など事務や管理など仕事の成果がはっきりしない部門では効率化が進まないという問題がある。確かにこうした部分の効率改善は難しいのだが、日本社会そのものの効率を改善するという「社会技術」の進歩は、その効果が海外に流出してしまうことがないという点で、科学技術よりもむしろ日本の経済成長には効果があると考えられるのである。 |
(2005年08月22日「エコノミストの眼」)
櫨(はじ) 浩一 (はじ こういち)
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