コラム
2004年12月20日

IBMのパソコン事業売却と日本の教育

櫨(はじ) 浩一

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1.新段階にきた空洞化

IBMがパソコン事業を中国の聯想集団(Lenovo Group)に売却するというニュースは衝撃的だった。留学していた時代に使っていたアップルのパソコンは少数派で、IBM互換機が圧倒的な多数を占めるキャンパスでは、何かと不便を感じたものだ。それ以来、パソコンと言えばIBMというイメージをずっと持ち続けてきた。しかしいつのまにか状況は大きく変わっていたようだ。言わば本家本元が事業をやめるというのだから、これはただ事ではない。欧米流の大胆な経営戦略であるのは確かだが、日本企業でも明日にでも起こりうることだろう。

かつてはシンガポールや台湾などNIE’sが、近年では中国が急速に世界の工場としての地位を高め、先進工業国は製造業が国内からこれらの地域に生産拠点を移動させてしまうという、産業の空洞化に悩まされてきた。工場の生産工程では人件費の差が製品のコストの差となって現われてしまい、人件費の安い国々に生産拠点が移ってしまうのは止め難い。先進諸国の採るべき対応として考えられてきたのは、国内での生産をより高付加価値の製品にシフトすることや、製品の開発やマネジメントを国内で行い、生産を人件費の安い発展途上国で行うことであった。

しかし、IBMのパソコン事業売却は、産業空洞化の動きが新しい段階に来たことを意味しているのではないか。IBMのパソコン開発部門などは、そのまま引き継がれることになっているようだが、いずれは研究・開発機能や企業経営などの中枢機能もやはり中国へのシフトが進んで行くだろう。賃金の安い生産工程は発展途上国に移転してしまっても、付加価値の高い研究・開発機能などは賃金の高い国内でも採算が取れると考えられてきたが、こうした分野でも人件費は安いに越したことは無い。工場だけでなく、研究所も本社も国外に出ていってしまうことは十分に考えられる。


2.求められる真の学力

高付加価値の部門が高賃金の国内に残るとすれば、それは何か国内でしかそれができないという要因が必要だ。様々な産業や部品などの下請け企業の集積もこうした要因だろうが、やはり大きなのは人材ではないだろうか。高度な研究開発や企業のマネジメントを行う人材が日本国内に豊富にいることが、高付加価値部門の国内立地を支えることになるだろう。

こうした観点から見ると、最近発表された日本の子供の学力に関する調査結果は日本経済の将来に不安を抱かせるものだ。まずOECD(経済協力開発機構)の学習到達度調査(PISA)調査では読解力の低下が指摘された。続いて発表されたIEA(国際教育到達度評価学会)の国際数学・理科教育調査(TIMSS)では、小学校4年生の理科と中学校2年生の数学の平均点が前回(小4は95年、中2は99年)から下がったことが分かるなど、学力の低下が浮き彫りになっている。

円周率が約3と教えられているとか、台形の面積の公式が教えられていないなどの問題もしばしばマスコミをにぎわした。ゆとり教育という名の下に、授業時間が削減され教えられる中身が少なくなったなどの要因が指摘されている。しかし、単に授業時間を増やして教える内容を増やせば良いというものではない。高付加価値の仕事に求められるのは、単なる知識ではなく、自分で考える力である。将来の日本を背負う子供たちに、どのような教育をほどこすべきか、専門家まかせにせずに国民皆が関心を持つべきではないだろうか。




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