コラム
2003年11月25日

円高を乗り切れる力があるか?

総合政策研究部 常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任 矢嶋 康次

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●2001年2月以来初めての「回復」

11月の日銀金融経済月報では日本経済は輸出を起点に成長軌道に入ったとの判断がなされ、実に2001年2月以来初めて景気の総合判断に「回復」という言葉が使われた。
足もとの景気は、アジア向け輸出の好調から企業の設備投資が増加し、企業部門の拡大が家計部門に波及し始めている。10月までの経済統計ではこのあたりの動きを明確に読み取ることができる。回復の遅れていた鉱工業生産も、2003年4-6月期には▲0.7%の減少となったものの、7-9月期には前期比1.3%の増加となって回復を示した。失業率は高止まりしているが、2003年度初めまで減少を続けていた就業者数は下げ止まっており、所定外労働時間の増加などから、これまで減少を続けていた賃金が前年比で増加するなど、雇用・所得環境にも改善の兆しが見える。

福井総裁は記者会見で「前向きの循環が動き始めている」「標準シナリオにおおむね沿って経済は動き始めた」と語っている。
この標準シナリオとは、日銀が10月31日に公表した「経済・物価の将来展望とリスク評価」(大勢見通し)だ。
これによれば、今年度のGDPの成長は+2.3~2.6%(前年比)、来年度も引き続き成長は維持され今年度と同等の+2.3~2.6%との見通しとなっている。ただ、量的緩和政策のメルクマールとなる消費者物価(全国、除く生鮮食品)の「大勢見通し」は、2004年度も▲0.5~▲0.2%程度の下落となると見込まれており、景気は回復しているとは言うもののデフレからの脱却によって量的緩和が解除される見通しの立たない脆弱なものだ。

最近の総裁の発言等では2005年4月からの「ペイオフ解禁」への言及が数多く行われている。「標準シナリオ」通りに回復が続けば、ペイオフ解禁した後の金融市場の落ち着きが確認される2005年の秋ごろが量的金融緩和解除の最短時期ということが言えそうだ。

●円高を乗り切れる力があるか?

先週は多くの民間機関で今年度、来年度の見通しが一斉に発表された。全体の傾向として、今年度よりも来年度の成長のほうが低いようだ。ニッセイ基礎研では、2003年度2.6%、2004年度1.8%と成長鈍化を見込んでいる。来年度の最大の景気下押し要因は「円高」だ。
 

上記グラフが示すように秋以降、急激に円高が進んだ。春先に内閣府が行った企業行動アンケート調査の輸出企業の採算レートは114.9円だった。足もとでは、企業努力が進みもう少し採算為替レートも円高水準になっているだろうが、それにしても円高のスピードの方が速い。
円高の影響はラグを伴って経済の下押し圧力となる。当研究所のマクロ経済モデルを使えば、2003年10-12月期以降円の水準が10%円高にシフトしその状態がずっと続いた場合、円高が起こらなかった状態からの差は、2003年度中には実質GDPの押し下げ効果は小さいが、徐々に影響は拡大し2004年度には▲0.3%程度に拡大する。このため、このところの円高は2003年度の経済成長率への影響としては軽微だが、2004年度後半に向けて成長率が鈍化する原因となる。

現在の景気回復は輸出主導でスタートし、大企業製造業の生産活動が上向き、それが中小企業、さらには家計部門に波及し始めた段階だ。ただし、企業部門全体の設備や雇用の過剰問題は改善されているとは言えず、円高により再び景気回復の芽が途絶えてしまう可能性の方が高い。

●円高要因は目白押し

円高が一過性のものであれば問題も少ないだろうが、この先を考えた場合、円高圧力がさらに高まる可能性さえある。
潜在的にある米国の経常赤字問題からくるドル安懸念に加え、昨今の混迷を極める国際情勢は一層ドル安圧力を高めている。
さらに、来年度米国選挙を見据えたドル安政策(実際にはっきりと明示されたドル安政策を米国が取らなくとも、市場はそれを意識するだろう)など円高要因が目白押しだ。今や、この流れに対峙・対応するのは政府財務省の介入だけという状況(10月までに16兆円超に及ぶ介入を実施)なのである。

介入資金調達のため過去の介入のための借入も合わせると、外国為替特別会計の2003年度予算における借入れ上限の79兆円まであと10兆円程度となっていると見られる。このため日銀への外貨売却や、補正予算で借入限度額を引き上げる案が浮かんでいる。
しかし、先に示したように円高要因目白押しの中で介入だけで対抗するのは難しい。
日銀の見通しは3カ月に一回見直しが行われることになった。次回は1月となる予定だが、足もとの円高などで標準シナリオが下方に修正される可能性もある。来年度景気が再び下向きに向かうとすれば、景気が再び拡大するには1年以上かかることから、量的金融緩和解除の最短時期も2007年秋以降にずれ込むと判断せざるをえないことになる。
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総合政策研究部   常務理事 チーフエコノミスト・経済研究部 兼任

矢嶋 康次 (やじま やすひで)

研究・専門分野
金融財政政策、日本経済 

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