2000年07月01日

嫉妬と傲慢

櫨(はじ) 浩一

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コンピュータは我々エコノミストの生産性も向上させているということは間違いない。そもそも「嫉妬」とか「傲慢」などという漢字は、読むことはできてもパソコンなしでは国語辞典の助けを借りないと書ける自信はない。おまけに最近は老眼が混じって、辞書の細かいところがわからず、「日」か「目」かなどと目を凝らさなくてはならない。この点パソコンは簡単である。
さて、好調を続ける米国経済の先行きを議論する上で、コンピュータなどの情報技術による生産性の上昇についての検討は避けて通れない。ニュー・エコノミー論者などは情報技術革命による生産性向上で米国の生産力が高まっており、インフレ懸念など無いという。米国経済の評価について日米のエコノミストを比べると、総じて日本のエコノミストが悲観的、米国のエコノミストが楽観的といえるだろう。ニュー・エコノミーに批判的だった同僚のエコノミストが、米国出張に行って活気あふれる米国経済を目の当たりにして帰ってくると、出発前よりずっとニュー・エコノミー論に理解を示すようになっていたりする。確かに日本のエコノミストの懐疑的な姿勢は、実際の米国経済を見ていないからということも一因だろう。もっとも「岡目八目」ということわざもあって、必ずしも現場にいる方が正しいとは限らないから、話はややこしい。


●あばたも笑窪?
1980年代前半に、米国は財政赤字と国際収支の双子の赤字に苦しんでいた。ブッシュとクリントン両政権の下で財政赤字は大幅に改善し、今や大幅な黒字を出すまでに至っている。ジャパン・アズ・ナンバー・ワンなどと言われて浮かれていた日本企業の競争力も昔の面影は無い。あれほどもてはやされた「日本的経営」も今や問題ありの代名詞で、アングロ・サクソン流の経営を礼賛する書物が氾濫している。がしかし、米国の国際収支の赤字は無くなるどころか、最近はこれまでにない水準にまで拡大している。今年の1-3月期の経常収支の赤字幅は名目GDPの4%にも達しており、これは急速なドル安で米国の国際収支バランスを改善させようとした、プラザ合意直前の赤字水準をも上回る。
日本のエコノミストの多くはこれは大きな問題だと考えているが、米国のエコノミストの中には、これは世界中の資金が好調な米国経済にめがけて流れ込んでいるために起こっているのだから、むしろ米国経済の強さを表すものだという声すらある。米国のエコノミストに限らず海外のエコノミストに米国経済はバブルではないかと言うと、必ずといっていいほど皮肉交じりに日本のバブルの経験からそういうことを言うのだろうという答えが返ってくる。確かに自分の心の中に、好調を続ける米国経済に対する僻みが全く無いといえばウソになるだろう。しかし国際収支の赤字が経済の強さの証というのも、あばたも笑窪の類ではないかとも思う。
さて、情報技術革命で我々エコノミストの生産性はどうなっているのだろうか。こうやって原稿を書くのも以前ならば原稿用紙に何度も書きなおしてということだったが、今はこうして新幹線でノートパソコンを開いて簡単に作業ができる。昔であればデータを統計書から拾い、何時間もあるいは何日も作業してようやく書けたようなグラフも、今ならあっという間に何枚も書けてしまう。大型計算機で順番待ちをし料金を気にしながら何時間もかかってようやくできたような複雑な計算も、今は自分のパソコンで自由にできる。こう考えれば生産性の向上には驚異的なものがある。では、その結果経済予測の精度は飛躍的に高まったのか?企業活動のグローバル化、金融市場の複雑化、言い訳の材料には事欠かないが、とても胸を張って「YES」とは言えそうに無い。
好調を続ける米国経済に不気味な影を見るのは、嫉妬心に狂った自分の目の錯覚なのか?それともバブル期の日本人のように米国のエコノミストも傲慢になって、自らの問題が目に入らなくなっているだけなのか?パソコン画面に次々と表示されるグラフも複雑な計算も、あるときは「米国経済はバブルだ」という結論を導き出し、あるときは「米国経済はバブルではない」という結論をサポートする。どちらが正しいのか決定的な答えが見つからない。いずれ時間がたてば正解は明らかになるのだが、エコノミストの悩みはしばらく続きそうだ。

(2000年07月01日「経済調査レポート」)

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