コラム
2014年11月10日

派遣法改正案をめぐる議論のすれ違い-「問題があるから減らす」と「問題を改善する」

松浦 民恵

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派遣法改正案は2014年春の通常国会(第186回国会)に提出されたものの、条文のなかの誤りが問題になり、審議にも入らないまま廃案となった。その後誤りが修正され、2014年秋の臨時国会(第187回国会)に再提出されたものの、反対派を含めた幅広い合意を模索するために検討されていた法律の一部修正案の存在が指摘され、10月31日に予定されていた衆院厚生労働委員会での集中審議が流会となり、11月5日に漸く開催された。その後11月7日の衆院厚生労働委員会は、審議時間の短さ等に反発した反対派が退席するなかでの審議となった。

このように、派遣法改正案は、主に手続きや運営上の問題によって審議が滞っているが、加えて、政府と民主党をはじめとする反対派との議論の内容についても、一部微妙なすれ違いがあるようにみえる。象徴的なのは、反対派の「一生派遣の労働者は、今回の改正によって増えるのか、減るのか」という質問である。この質問の背景には、派遣という働き方は「不安定で望ましくない働き方」なので、こういう働き方は減らしていくべきだという考え方がみてとれる。一方、今回の改正案は、これまでのように、派遣労働者の増減に直結する規制の緩和もしくは強化とは一線を画している(緩和と強化が拮抗)。むしろ、派遣というシステムをめぐる課題(業務区分による規制のわかりにくさ、派遣労働者に対する支援が不十分な派遣事業者の存在等)を解決することを通じて、派遣という働き方を改善することが意図されているようにみえる。

議論のすれ違いの背景に、こうした立場の相違があるとすれば、おそらく派遣労働の現状に関する課題認識も相違していると懸念される。そして、その課題認識の相違が、審議スケジュールに対する意見の相違(政府は改正案を速やかに審議したいと考えており、反対派は時間をかけて審議をしたいと考えている)につながっている可能性が高い。

現行の派遣規制においては、政令で定められている26業務については期間制限がなく、それ以外のいわゆる自由化業務については原則1年、最長3年の期間制限が設定されている。ただ、業務区分の境界が法律や政令だけでははっきりせず、行政当局の解釈によって判断が変わってくる面があることが、従来から指摘されていた。民主党等の連立政権下において公表された「専門26業務派遣適正化プラン」(2010年2月)や「専門26業務に関する疑義応答集」(同年5月)で、従前には明示されていなかった新しい解釈(より専門的な業務内容に限定した解釈等)が示されたことで、この問題が決定的に露呈した。これらに伴う指導により、政令26業務としての派遣が、自由化業務として期間制限の適用を受けることとなり、少なからぬ派遣労働者の働き方が変更された。このようななか、約2年の迷走の末、2012年3月に成立した2012年改正派遣法には、業務区分による期間制限をわかりやすい制度にすることを含む8つの附帯決議が付され、施行と同じ2012年10月に、厚生労働省が主催する「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」において、派遣法再改正の検討がスタートした。この研究会や労働政策審議会での検討を経て、今回の派遣法改正案では、業務区分が撤廃されようとしている。つまり、これまでは派遣先の正社員の雇用を侵食しない、専門的あるいは特別の雇用管理が必要な業務であることが、期間制限なく派遣が認められる論拠になっていたが、改正案では、派遣元に無期で雇用されている(派遣労働者が相対的に保護されている)ことが、期間制限なく派遣が認められる論拠とされている。

また、2015年10月には、2012年改正派遣法のなかで3年間の猶予期間が設けられた「労働契約申込みみなし制度」の施行が予定されている。「労働契約申込みみなし制度」とは、派遣先が違法派遣と知りながら派遣労働者を受け入れている場合、違法状態が発生した時点において、派遣先が派遣労働者に対して労働契約(直接雇用)の申込みをしたものとみなす制度である。違法状態の例の一つとして、「派遣受入可能期間を超えての派遣労働者の受け入れ」が挙げられており、業務区分が曖昧な状況のままで、「労働契約申込みみなし制度」が施行されると、派遣先がリスク回避に動き、派遣労働者の就業機会が縮小されることが危惧されている

政府が審議を急ぐ背景には、こうした現状への危機意識があると考えられる。改正案が成立しなければ、業務区分のわかりにくさ故に、派遣労働者が働き方の変更、さらには就業機会の喪失を余儀なくされる事態が存置されることになる。また、特定労働者派遣事業の届出制が存続することから、派遣事業者の適正化が遅れることになる。さらに、雇用確保措置やキャリア形成支援(段階的かつ体系的な教育訓練等)の義務化も先延ばしになる。いずれも、現在の派遣労働者の保護という面で、マイナスの影響を及ぼす懸念が大きい。

一方、派遣という働き方を減らしていくべきだというのが反対派の立場だとすると、「専門26業務適正化プラン」実施前には政令26業務が「拡大解釈」されており、適正化プランによりそれを是正したことは正しかったという主張になるのかもしれない。適正化プランによる派遣労働者の働き方の変更内容をみると、正社員への変更は少なく、非正社員としての直接雇用が多かった。結果として、賃金水準についてはむしろ低下傾向もみられる。なかには、直接雇用に移行できず、失職したケースもある。しかしながら、これも反対派の立場からすると、派遣という「望ましくない働き方」が直接雇用に変更されたという意味で、「望ましい」結果だったのかもしれない。さらに、「労働契約申込みみなし制度」の施行によって、派遣労働者の就業機会が縮小されることは、派遣労働者の減少につながるので、むしろ「望ましい」と捉えられる可能性もある。もし反対派がそういう現状認識だとすると、改正案の審議を急ぐ必要性もない。

筆者は、派遣労働者を減少させることが、労働者保護につながるという意見に対して懐疑的である。専門26業務適正化プランの際にもみられたように、派遣から正社員への転換は容易ではない。確かに、派遣法改正案に盛り込まれている雇用確保措置やキャリア形成支援を通じた正社員転換も容易ではないが、これが廃案になれば、現在の派遣労働者が正社員に転換する、あるいは処遇が改善する可能性はむしろ低下する。一方で、今回の改正案は、長年続いてきた業務区分による規制を、雇用期間による規制に変更しようとする改正であり、キャリア形成や雇用確保の面での支援は前進するものの、発展途上な面があることも否めない。残り少ない国会日程(11月30日までの予定)のなかで、手続きや運営面での対立や、派遣に対する立場の違いによる議論のすれ違いを乗り越えて、改正案の内容について、より建設的な議論が行われることを期待したい。


 
 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律等の一部を改正する法律案。
 「附則第6条第6項」の「特定労働者派遣事業に関する経過措置」の部分で、「(前略)一年以上の懲役又は百万円以下の罰金に処する」の「一年以上」が誤りで、「一年以下」が正しい。
 本稿での記載は、政府や反対派から出されている資料や国会での質疑の内容等をもとに、政府と反対派の考え方や認識を、あくまでも筆者が推測したものである。
 反対派によると、この法改正によって「生涯派遣」が解禁される、とされているが、この表現は誤解を招く懸念が大きい。これまでも、派遣という働き方自体を生涯続けることが禁止されていたわけではない。政令26業務の派遣労働者については、現状においても期間制限が設けられていない。政令26業務の派遣労働者は、当時の民主党政権によって専門26業務適正化プランが公表される前の2009年6月時点では派遣労働者全体の6割弱、直近の2013年6月でも4割強を占める(厚生労働省「労働者派遣事業報告」より算定)。また、期間制限がある業務についても、派遣先を変更すれば、現状においても生涯派遣で働き続けることは可能である。
 労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律等の一部を改正する法律。
 具体的には、「いわゆる専門26業務に該当するかどうかによって派遣期間の取扱いが大きく変わる現行制度について、派遣労働者や派遣元・派遣先事業主に分かりやすい制度となるよう、速やかに見直しの検討を開始すること。検討の結論が出るまでの間、期間制限違反の指導監督については、労働契約申込みみなし制度が創設されること等も踏まえ、丁寧・適切に、必要な限度においてのみ実施するよう徹底すること。また、労働契約申込みみなし規定の適用に当たっては、事業主及び労働者に対し、期間制限違反に該当するかどうか等の助言を丁寧に行うこと」(2011年12月7日衆議院厚生労働委員会、2012年3月27日参議院厚生労働委員会)とある。
 派遣契約の見直しは4月に行われるケースが多いので、2015年10月より前の2015年4月の段階で、「労働契約申込みみなし制度」の施行を見据えて、派遣契約を打ち切る派遣先が出てくることが懸念される。
 専門26業務適正化プランの影響については、小林徹(2014)「労働者派遣専門26業務適正化プランの影響-派遣元・派遣先・派遣労働者の変化」佐藤博樹・大木栄一編『人材サービス産業の新しい役割-就業機会とキャリアの質向上のために』(有斐閣)が詳しい。
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