コラム
2016年10月27日

「年金カット法案」という決め付けに、若者は怒れ!

金融研究部 取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長 德島 勝幸

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現在の臨時国会に付されている公的年金の改正法案(「公的年金制度の持続可能性の向上を図るための国民年金法等の一部を改正する法律案」)に対して、野党から「年金カット法案」との決め付けを元に、強い批判が示されている。一部に、議論の前提となる数値が十分に提示されていなかった問題もあったようだが、2004年の財政検証を受けて導入されたマクロ経済スライドの仕組みを強化する取組みは、必ずしも「年金カット法案」とレッテルを貼って貶めるべきものではないと考えられる。どうも野党や一部のメディアによる議論は、安全保障関連法案に対して「戦争法案」というレッテルを貼ることによって、国民に十分な検討・議論の余地を与えず、生理的に反対するよう仕向けたのと同様に、短絡的な煽動を行っているようにしか見えない。
 
何らの前提もなく、年金給付額をカットすると聞かされると、誰でも拒否したくなるだろう。しかし、今回の改正法案の中味をしっかりと確認したい。年金カットと非難される部分は二つのポイントがある。まず、一点目は、“年金の名目額が前年度を下回らない措置を維持しつつ”マクロ経済スライドについて前年度までの未調整分を実施するというものである。単年度を取ると、物価が上昇した場合でも年金給付額が完全には物価に連動しないため、実質的な購買力を維持できないことになる。しかし、過年度までのマクロ経済スライド未実施分が存在することを考えると、マクロ経済スライドが適用されなかった分、これまでに年金受給者は多めに給付を受けていたことになるのであり、それを後年度に調整するというのは、予め得た超過利得を調整されるだけである。しかも、年金の名目額については、前年度を下回らない範囲と適用の限度が設定されているのである。
 
二点目は、賃金変動が物価変動を下回る場合に、賃金変動に応じて年金額を改定するというものである。賃金変動が物価変動より低い場合に賃金変動に給付を連動させることは、年金受給者の購買力の確保には繋がらない。確かに、既に労働に従事していない年金受給者の多くにとっては、賃金の変動は生活に無関係であり、物価変動による影響が大きいのは事実である。年金受給者には、給付額の若干の目減りという形で、年金制度維持のための実質的な負担をお願いする形になっている。それでも、第一点目の仕組みを前提にすると、物価が上昇している状況で年金給付額は物価に連動するほど上がらないが、賃金に連動する範囲で増加するのである。

賃金を現役の労働者の所得と置き換えれば、もっとわかり易いかもしれない。年金保険料の負担者である現役労働者にとっても、物価が上昇しているにも関わらず、賃金は物価ほど上がっていないという状況なのである。現役労働者と年金受給者を公平に扱うという考え方に立っていると考えられるのに、なぜ年金受給者のみを厚遇する必要があるのか。問題は、物価上昇ほど賃金が上昇しないという雇用構造にあり、それは現役労働者の責任ではない可能性が高い。
 
今回の改正の趣旨は、決して受給者に大きな不利を被らせることが目的ではなく、改正法案の題に明記されているように、“公的年金制度の持続可能性の向上を図るため”のものである。つまり、少子高齢化と人口減少が進む日本において、将来はより高齢者の比率が高まることは必至である。その中で公的年金制度を維持しようとするならば、現在や近い将来の受給者には多少の不利益が及んでも、将来の受給者に意味のある金額の給付を行うための措置が必要になっているということなのである。

野党やメディアは「年金カット法案」とレッテルを貼り一律に反対しているが、この法案に反対すべきなのは現在や近い将来の受給者であり、より先の受給者である若者はむしろ賛成すべきなのである。それでなくとも、年金受給額の将来予測を考えると、現在の年金受給者より、将来の年金受給者の方が、相対的に豊かにならないことは、人口構成から見ても明らかである。だから若者たちは、「年金カット法案」に反対するのではなく、積極的に賛成するべきであろう。自分たちの将来の年金給付財源を、現在と近い将来に食い潰されては堪らないのである。
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金融研究部   取締役 研究理事 兼 年金総合リサーチセンター長 兼 ESG推進室長

德島 勝幸 (とくしま かつゆき)

研究・専門分野
債券・クレジット・ALM

経歴
  • 【職歴】
     ・1986年 日本生命保険相互会社入社
     ・1991年 ペンシルバニア大学ウォートンスクールMBA
     ・2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社に出向
     ・2008年 ニッセイ基礎研究所へ
     ・2021年より現職

    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会検定会員
     ・日本ファイナンス学会
     ・証券経済学会
     ・日本金融学会
     ・日本経営財務研究学会

(2016年10月27日「研究員の眼」)

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