2016年04月11日

医療の費用対効果-生活の質(QOL)の改善を、どう測るか?

保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任   篠原 拓也

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■要旨

日本では、高齢者や患者の生活の質(Quality of Life, QOL)の向上に、注目が集まっている。寿命の延伸に伴い、医療ニーズは多様化している。高齢化に伴い、完治よりも寛解を目指す医療のニーズが増えている。このことが、背景にあるものと考えられる。
これまで、寿命を伸ばすことや、健康で居続けることに関心が向けられてきた。しかし、健康を失ってから、亡くなるまでの「不健康な期間」については、QOLの向上というキーワードは目立つが、その中身は、あまり注目されていないように見られる。そこで、本稿では、QOLの評価について、概観することとしたい。

■目次

1――はじめに
2――QOLの評価指標
3――医療の費用対効果の評価法
4――QALYの問題点
  1|どのような方法で計測するか
  2|回答者を誰にするか
  3|高齢の患者や、障がい者にとって差別的ではないか、との指摘もある
  4|QALYは、個人の健康の価値の違いを、表現できない
5――おわりに (私見)
  1|医療では効率性の追求とともに、公平性の確保も重要
  2|QALYは、不健康な期間に、光を当てるツールとなる
  3|健康状態の定量化を通じて、民間医療保険の活用余地が拡大する
 

1――はじめに

1――はじめに

日本では、医療・介護の分野において、高齢者や患者の生活の質(Quality of Life, QOL)の向上に、注目が集まっている。寿命の延伸に伴い、医療ニーズは多様化している。元来、医療は、がんなどの病気を完治することを目標に行われてきた。しかし、高齢化に伴い、糖尿病や認知症のように完治しない病気や、病気ではなく加齢による衰えである老衰が増えてきた。このため、完治よりも寛解1を目指す医療のニーズが増えている。このことが、QOLに注目が集まる背景にあるものと考えられる。
日本では、これまで、寿命を伸ばすことや、健康で居続けることに関心が向けられてきた。メディアでは、よく平均寿命や健康寿命が取り上げられる。しかし、健康を失ってから、亡くなるまでの「不健康な期間」については、患者のQOLの向上というキーワードは目立つが、その中身は、あまり注目されていないように見られる。そこで、本稿では、QOLの評価について、概観することとしたい。2
 
1 病気そのものは完全に治癒していないが、症状が一時的あるいは永続的に軽減または消失すること。特に白血病などの場合に用いる。(広辞苑 第六版(岩波書店)より)
2 本稿は、「医療経済学」漆博雄編(東京大学出版会, 1998年)および「講座 医療経済・政策学 第4巻 医療技術・医薬品」池上直己・西村周三 編著(勁草書房, 2005年)を、参考にしている。
 

2――QOLの評価指標

2――QOLの評価指標

まず、QOLを評価するための指標から、見ていくこととしたい。
医療においては、医療技術の品質や、医薬品の効能をどう測るか、が世界的に重要な検討テーマとされている。これは、医療制度の設計や、医療技術等の評価を研究テーマとする、医療経済学でも、大きなウェイトを占める検討項目となっている。そこで出てきたのが、QALY(Quality Adjusted Life Year, 質調整生存年)という考え方である。QALYは、“クオリー”と発音されることが多い。そのイメージをつかむために、完全な健康状態を1、死亡を0として、QOL、即ち、健康の状態を0と1の間の数値で表すことで、患者の状態の推移をグラフ(実線)のように図示してみよう。このグラフの下部分(スカイ・ブルー色の部分)の面積がQALYである。QALYが1年であるとは、完全な健康状態のまま1年を過ごすことを意味する。QALYは、完全な健康状態に換算した場合の寿命の長さを表している。
 
図表1. QALYのイメージ (ある患者の健康状態の推移)
この患者に、ある医薬品を処方したところ、QOLが改善して、点線のグラフのように、健康状態が変化したとする。このとき2つのグラフの間の面積(マリン・ブルー色の部分)がQALYの増加分を表している。その大小によって、この医薬品の効能を、QOLの観点から計測することができる。
 

3――医療の費用対効果の評価法

3――医療の費用対効果の評価法

一般的に、経済的な活動や事業は、その効率が問題にされる。医療の場合も、同様である。医療技術を施した場合の効果と、その効果を得るのに要した費用を計測する。そして、いくつかの医療技術間で、効果と費用の比較をする。費用対効果の計測・分析には、大きく4つの方法がある。それぞれの方法を、適用範囲の広がりの順番に、見ていくこととしたい。

(1) 費用最小化分析
いくつかの医療技術で、効果が同等である場合、費用が小さいものを効率的と判断する。わかりやすい分析ではあるが、効果が同等という限られた状況にしか用いることができず、適用範囲は狭い。

(2) 費用効果分析
効果の指標を1つ定めて、費用を効果で除して、その割合をもとに分析する。例えば、効果の指標として、悪性新生物罹患後の生存年数の延長や、血圧の低下などを用いることができる。この方法は特定の病気に対する医療技術や医薬品の比較に用いることができる。しかし、効果の指標が異なる病気の間では使用できない。ある病気の予後3といった、比較的、短い期間での分析に向いた手法である。

(3) 費用効用分析
効果の指標としてQALYを効用4として用い、費用を効用で除して、その割合をもとに分析する。QALYを統一的な指標として採用することで、様々な病気に対する医療技術や医薬品の比較に用いることが可能となる。そのため、医療政策を検討する際の、分析手法としても活用できる。患者が最終的に亡くなるまでの、中長期の期間に渡る分析に向いた手法と言える。

(4) 費用便益分析
効果を金額に換算して、便益を算出する。費用を便益で除して割合をとるだけではなく、便益から費用を差し引いた純便益を計算することで、施した医療の効果がプラスなのか、マイナスなのか、を把握することができる。便益を金額に換算することで、他の政策との比較も可能となる。例えば、ある医療技術開発への投資と、土木事業の実施では、どちらが有効かといった比較ができる。ただし、一般に、便益の算出は難しい。寿命の伸びや、QOLの向上を、金額に換算することは容易ではない。

これらの中で、(3)の費用効用分析が注目されている。欧米で先行する分析手法の研究、医療政策への導入では、QALYによる費用効用分析をベースとするものが多い。日本でも、2015年8月公表の中医協・費用対効果評価専門部会の中間報告で、効果指標についてはQALYを基本とすることが示された。
 
3 罹病した場合、その病気のたどる経過についての医学上の見通し。(広辞苑 第六版(岩波書店)より)
4 この効用は、一般的に経済学で用いられる広い効用の概念とは異なる。寿命とQOLだけを考慮する点に留意すべきである。
 

4――QALYの問題点

4――QALYの問題点

これまでに紹介したQALYには、いくつか問題点が指摘されている。主なものを見ることとしたい5

1どのような方法で計測するか
患者の健康状態を数値化する作業は、多くの困難を伴う。物理的に決める方法はなく、1人1人に、直接、ヒアリングをして、その回答をもとに数値化を図ることが考えられる。1つの値を回答してもらうための方法として、主に、3つのものが考えられている。順番に、見ていこう。
 
図表2. RSの線分のイメージ/図表3. TTOのイメージ/図表4. SGの選択分肢のイメージ (1) レーティング・スケール法(Rating Scale, RS)
線分の一端を死亡、もう一端を完全な健康状態とする。回答者は、現在の健康状態を、線分上の1点として指す。その点までの長さの比が、健康状態の数値となる。この方法には、回答者の負荷が大きい。線分の中央に回答が集中しやすい。回答の再現性が低い、等の問題がある。

(2) 時間得失法(Time Trade Off, TTO)
回答者に、「もし、余命を削る代わりに、完全な健康状態に戻ることができるとしたら、どれくらい削ることを容認できるか?」を問う。元々の余命に対する、削減後の余命の割合が、現在の健康状態の数値となる。この方法は、質問が具体的で回答しやすい。ただし質問の仕方により、回答内容が影響を受ける可能性がある6

(3) 標準的賭け法(Standard Gamble, SG)
現在の健康状態に対して、1つの治療法を想定する。その治療法により、確率p (pは、0以上1以下の値)で、完全な健康を取り戻せるが、残りの確率1-pで、治療が失敗して、患者はすぐに死亡してしまうものとする。このとき、回答者に、「確率pがいくらであれば、この治療法を受容するか?」を問う。回答されたpが、現在の健康状態の数値となる。この方法は、死亡と天秤にかけるため、回答の負荷は大きい。また、現在の健康状態が低くないときは、pが1に寄ってしまい、意味のある計測にならないこともある。

上記のいずれの方法も、回答者から、1つの値を回答してもらうことは難しい。そこで、健康状態を、いくつかの観点から複数の値として回答してもらい、それらを1つの値に変換する方法もある。
 
 
5 QALYの他に、健康等年値(Healthy Years Equivalents, HYE)という評価指標もある。これは、一時点の健康状態だけではなく、健康状態の経過についても回答者の選好を評価に反映していくもので、大変複雑である。QALYとHYEのうち、どちらが望ましい指標かについて、論争がある。現在のところ、主流はQALYとなっている模様。
6 この他に、TTO法には、余命を考える上で、翌年1年と、将来の1年とを等価とみるか。時間による割引価値を踏まえるか、といった問題がある。回答者は、時間による割引を加味して回答する可能性がある。質問の際は、その点を質す必要がある。
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保険研究部   主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

篠原 拓也 (しのはら たくや)

研究・専門分野
保険商品、保険計理

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