2016年02月03日

法改正の動向

慶應義塾大学 法科大学院   森戸 英幸

文字サイズ

法案は大きく3つの柱で構成される。第1の柱は、中小企業を対象とする、企業年金の普及・拡大のための施策である。適格年金の廃止、厚生年金基金の縮小という流れの中、企業年金を実施する企業の割合は全体として低下しているが、中小企業においては特にその減少幅が大きい。そこで今回の改正案では、従業員100人以下の中小企業のための「受け皿」が2つ用意された。簡易型DC制度と、個人型DCへの小規模事業主掛金納付制度である。前者は企業型DCの事務手続を大幅に簡素化したものであり、後者は従業員が個人型DC加入者である場合に事業主側からの追加の掛金拠出を認めるものである。

簡易型DC制度は、中小企業での利用しやすさを意識したものである。シンプルで導入しやすい制度という選択肢が増えるのは結構なことである。しかしその利用を中小企業だけに限定する論理必然性があるのか、将来的には改めて検討が必要であろう。また、真に目指すべきは、中小企業が企業年金を持つことではなく、中小企業の従業員が老後所得確保の術を持つことであることを忘れてはならない。そのための手段が企業年金である必要は必ずしもない。従業員自身の「自助努力」へのサポートでもよいはずである。個人型DCへの小規模事業主掛金納付制度はこの点を意識した施策ともいえよう。

第2の柱は、ライフコースの多様化への対応である。皆が一生1つの企業の正社員でいられるわけではない。転職するかもしれないし、非正規雇用や自営業に就くかもしれない。育児や介護で全く働けない期間がはさまるかもしれない。しかしいずれにせよ、誰にでも等しく老後はやってくる。今回の改正案には、近年の働き方、生き方の多様化への対処として、ポータビリティの拡充と個人型DC加入資格の拡大が盛り込まれた。

ポータビリティの拡充により、これまでできなかったDCからDBへの資産移換も可能となる。これ自体には何の異論もない。労使の選択肢が増えるのはよいことである。ただ、DB側の企業や基金に移換資産受入れの義務が課されるわけではない。規約で定めれば可能というだけである。むしろここでは、そもそもこのポータビリティの問題は、個人型DCの拡充でよりシンプルに対応可能だという点を強調したい。

現行法下では、第3号被保険者、企業年金制度(DB・企業型DC)の加入者、公務員等の共済制度加入者は個人型DCに加入できない。つまりこれらの人々については、老後所得確保のために個人で掛金を拠出するという「自助努力」に対する法制上・税制上のサポートが存在しないのである。このギャップを埋めようというのが改正法案の意図ということになる。

「企業」年金の制度改革の中で、「個人」による「自助努力」の重要性という視点が設定されたのは画期的なことである。今回の個人型DC拡充はまだ「小さな一歩」のように見えるが、将来振り返ってみれば、実は老後所得保障施策における大転換であったということになるかもしれない。従来の法政策は、1階・2階が公的年金、3階が企業年金、4階が自助努力という「積上げ型」の発想に立つものであった。しかし企業年金が全国民をカバーしているわけではないことを考えれば、むしろ「穴埋め型」の政策枠組みの方がよりフェアではないか。すなわち、国民ひとりひとりが老後のための「自助努力」の枠(=全国民共通の税制優遇枠)を持ち、それをそれぞれが何でどう埋めていくか、という発想である。個人型DCは、将来的にはこの全国民共通の「自助努力」枠に発展させていくべきであろう。
個人型DCの加入範囲の拡大
第3の柱は、DCの運用の改善である。DC法成立から10年以上が経過し、様々な環境変化に対応するための全体的見直しが必要となった。継続投資教育の努力義務化、運用商品提供数の抑制、いわゆるデフォルト商品(加入者が運用商品の選択をしない場合に自動的に運用指図がなされる運用先)による運用方法に関する規定の整備の3つがその主たる内容である。

努力義務への「格上げ」も大事だが、今後は導入・継続を問わず投資教育の中身についても見直しを図るべきである。本当に必要なのは、一般的な投資理論を教えることではなく、その企業においてDCがどのような「労働条件」として位置づけられているかについての説明であると考える。DCであっても多くの企業では退職金制度の一部であり,労働の対価である。労働基準法等における労働条件に関する説明義務などとの連携も考慮すべきであろう。

後二者については、現在平均18本とされる商品数をどこまで減らす必要が生じるのか、現在元本確保型がほとんどのデフォルト商品につきどのような「要件」が定められるのかなど、肝心の点はまだ決まっていない。しかしいずれにしても、「自己責任」の制度であるDCにおいても、国あるいは事業主の側からある程度パターナリスティックな「お膳立て」が必要である、という立場から一定の規制強化がなされることは確かである。

慶應義塾大学 法科大学院

森戸 英幸

研究・専門分野

(2016年02月03日「ニッセイ年金ストラテジー」)

レポート

アクセスランキング

【法改正の動向】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

法改正の動向のレポート Topへ