コラム
2011年11月29日

子育てのススメ

社会研究部 准主任研究員   青山 正治

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マスコミ報道では、親による子どもへのDVの報道が後を絶たない。少子化の社会にあって悲しむべきことである。DVの原因についても、子どもが言うこと聞かない、騒いでうるさいなど、躾に関わることが多いように思う。それらの事象は子どもの自我意識の目覚めとして自然なことと思われるが、親の対応力にも課題があろう。少し自身の子育てを振り返り、高齢化を加速する少子化について考えたい。

自身の体験としては、子どもの成長過程には様々な発見があった。初めは誕生直後の子どもの握力の強さに驚いた記憶がある。やがて寝返りを打ち始め、暫くすると這い這いが始まる。この頃より子どもから一層目が離せなくなる。床に転がっているモノは何でも口に運び、食べ物か否かの判断を行う。これも太古からの生存のための本能であろうか。やがて1歳を待たずに覚束無い足取りの2足歩行が始まった。移動の自由度が高まるにつれて獲得する情報量が飛躍的にアップし、好奇心からか様々な家庭内の道具や機器類に興味を示し始めた。這い這いから直立2足歩行を経て、着々と言語能力を高め活動領域を拡大していく様子は、まるで猿人から現生人類への何百万年もの進化過程が圧縮された様を見ている印象であった。

自身は年齢の割り(?)に育児には比較的よく関与したとの勝手な自負がある。時折、育児の悩みを耳にするが、確かに夜泣きや突然の発熱、思いもよらぬ怪我など、かなり大騒ぎする出来事も発生し、その時々に疲労困憊した覚えがある。そのような状況がいつまで続くのかと、ため息が出ることもあった。しかし、今にして思えば、嵐のような育児期は瞬く間に過ぎ去った感がある。一般的に人は3歳くらいまでの記憶は定かではないと言われている。自分が体験した事を、親も行ってきたのだと思うと、自身の空白となっている根元部分の記憶は、子育ての追体験を通じてのみ、その「記憶の空白」が補完され、過去の人生の記憶体系が完成するといったことであろう。また、子育ては大変なことばかりではなく、多くの喜びや懐かしさをも、その補完された記憶に数多く刻んでいる。このように思われている人も少なくないのではないだろうか。この記憶の補完作業のためにも、世の幼子を持つ父親及びその予備軍の男性諸氏には、仕事などの制約時間外にできるだけ積極的な育児への参加をおススメしたい。

少子化が社会問題視されて久しい。2010年の合計特殊出生率は前年に比べ0.02ポイント増加したものの1.39の低水準にあり、あまり改善する兆しがない。少子化で子どもの遊び声が聞こえない社会は、幸福な未来を予感させるものではない。その一方、今後、中長期的に元気で活動的な高齢者がさらに増える見通しにある。この活動的な高齢者の中でも子育てに適した人材に再教育の機会を集中的に提供し、地域のソーシャル・キャピタルを充実し、子育て支援を必要とする家庭の強力な援軍とすることはできないだろうか。既に小学校の空き教室を活用し託児所等を開設したり、通園・通学の見守り活動等を行う地域の事例も多数存在する。さらに子育て支援メニューを拡充し、これを全国的に推進する強力な政策的支援も必要ではないだろうか。少子化は地域の課題であると同時に、国全体の課題である。 少子高齢化が語られる時、「高齢化」の進行は不可避であるとしても、対策余地を残している「少子化」の進行まで既成事実として語られてはならない。

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社会研究部   准主任研究員

青山 正治 (あおやま まさはる)

研究・専門分野
少子高齢社会・社会保障

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