コラム
2003年08月18日

元切り上げは日本経済を救うか?

櫨(はじ) 浩一

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1.盛り上がる元切り上げ論議

このところ日本だけでなく、欧米からも元の調整についての発言が活発になってきた。しかし中国の金人慶財務部長は記者会見で、「現行制度の維持は世界経済の安定に貢献する」と述べ、当面為替政策を見直す考えのないことを示唆している。SARS問題をようやく乗り切った中国首脳にとって、もう少し体制が安定するまで元の切り上げはなんとか回避したいところだ。国有企業を中心とした不良債権問題の処理はいまだ途上であり、そもそもSARS問題がいつ再発するか分かったものではない。一方、米国側にも国連安保理で拒否権を持っている中国に強い態度では出られないという事情がある。特に北朝鮮問題では中国の協力なしにことは進みそうになく、中国との政治的摩擦覚悟で元切り上げの圧力をかけるというわけにも行かない。

米国側と中国側の事情が入り混じって、元の早期大幅切り上げが行われるとは見込まれない。しかし大幅な経常収支黒字を抱える中国がいつまでも元を今の水準でドルにペッグしておくことはできないので、長期的にはかなりの元の切り上げは不可避である。大幅な元の切り上げを回避するために、国際的な圧力をかわす意味からも、中国が先手を取って早期に元の変動幅を拡大したり、小幅な切り上げを行ったりするなどの政策を打ち出してくる可能性もある。


2.ドルの下落は不可避

米国の経常収支赤字はGDP比で5%に達しており、この水準は長期にわたって維持可能とは考えられない。いずれドルの下落を中心とした大幅な通貨調整が避けられないだろう。確かに、ドルが基軸通貨である限り米国が国際収支の赤字を出してもドルで借り入れを行っているだけだ。1997年に起こったアジアの通貨危機のように、対外債務の返済のために外貨が不足して米国が通貨危機に陥るという心配はない。とは言うものの米国の対外債務が膨らんでいけば、いかに米国の軍事力が世界で突出しているとは言っても基軸通貨としてのドルの地位自体が揺らいでしまいかねない。

2002年の米国の貿易赤字の国別の内訳は、一位が中国の1031億ドルで全体の22%、二位は日本の700億ドル、14.9%だ。これ以外のアジア各国も、8位:台湾、9位:マレーシア、10位:韓国、12位:タイ、とズラリと上位に並んでいる。ユーロ圏は各国あわせて667億ドルの14.3%だが、ユーロは最も下落した2000年秋ごろの1ユーロ0.8ドルの水準から見れば、最近の水準は1ユーロ1.1ドル台に回復しておりかなり調整が進んでいると言える。一方、アジア通貨は一般に対ドルで大幅に下落したままである。中国の元は1994年に公定レートと市場レートを一本化した際に1ドルが約8.3元に切り下げられたままである。その他のアジア通貨は、1997年のアジア通貨危機の際に大幅に下落した水準からほとんど上昇していない。


3.元切り上げでも円高圧力は消えない

仮に米国の経常収支赤字を為替レートを使ってGDP比で2%程度にまで圧縮しようとすればどうなるだろうか。プラザ合意の時のようにユーロや円などの主要通貨だけで調整しようとすれば円は1ドル75円程度にまで上昇する必要がある。たしかに、元を大幅に切り上げてアジア通貨全体が調整されるのであれば、円の上昇幅は小さくてすむ。しかし、この場合でも円は95円程度にまで上昇する必要があることになり、米国の経常収支赤字を削減するためにはかなりの円高を覚悟しなくてはならない。そもそも、今年に入ってからの円売りドル買いの介入額は、7月までで既に史上最高の9兆円に達しており、見かけ以上に円高の圧力は高まっている。(Weeklyエコノミストレター8月1日号参照)

日本にとっては、「安い中国製品の流入がデフレの元凶」と名指しする人もいるほど、安い元は頭痛の種だ。元がドルに対して大きく切り上げられれば円は対元では下落して、中国からの輸入品の価格が上昇し、輸入量が減少するという意味では日本経済は一息つくことになる。しかし、おそらくこのときには円も対ドルで上昇することになるので、日本から米国への輸出は厳しい局面となろう。そもそも米国の経常収支の赤字が拡大しすぎているという問題を解消するために、元をはじめとする通貨の調整が行われるのだから、米国の輸入が大幅に減少することは当然だ。日本からの直接輸出も減少するが、中国やアジア各国経由での日本製品の輸出も減少することになり、元が切り上げられても日本経済は安心とはいえないだろう。

 

 
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