コラム
2003年03月24日

イラク攻撃の日本経済への影響

櫨(はじ) 浩一

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1.早期解決を織り込む金融市場

米国は東部時間19日夜(日本時間20日昼)イラクへの攻撃を開始した。17日(日本時間18日)にブッシュ大統領が、フセイン大統領等に48時間以内に国外への退去を求め、攻撃開始が秒読みに入ると、金融市場では早期解決への思惑が広がり、株価は急上昇しドルが他の主要通貨に対して幅広く買われた。17日の米国ではNYダウは282ドルも上昇して、8141ドルとなった。これを受けた東京でも日経平均株価は上昇した。攻撃開始当日の東京市場では、ドル高となり株価は上昇している。

もちろんイラク問題が平和裡に解決すればベストだったが、それが望めないのであれば早期に決着が付くのが経済にとっては次善のシナリオである。戦闘が米国経済へ及ぼす影響は大きいが、査察の継続か攻撃開始かを巡ってこう着状態が続く方がマイナスの影響が大きい。原油価格は37ドル台に上昇していたが、米国のイラク攻撃が決定的になると早期解決の期待もあって下落に転じている。しかし、必ず早期に解決ができるという保証はどこにもない。


2.長期化の影響は深刻

IMFが毎年春と秋に発表するエコノミック・アウトルックで、イラクへの攻撃が長期化した場合に、「2003年の世界全体の経済成長率が最大2%低下する」と指摘しているという報道があった。これをベースに、世界経済減速を起点に輸出鈍化を通じて日本経済に影響するルートに限って考えてみよう。我々の推計によれば世界経済に対する日本の輸出の弾性値は1.5である。2%の世界経済の成長率低下は、日本の輸出を3%低下させることになる。この輸出の減少が企業の設備投資を落ち込ませたり、雇用の悪化などを通じて家計消費を落ち込ませたりするといった波及効果まで含めて考えると、日本経済の押し下げ効果はGDPの0.5%程度となる。

3月14日に発表した経済見通しでは、我々は戦闘の早期開始・早期終結を前提に2003年度の実質経済成長率を0.4%と見込んでいるので、戦闘が長期化すると日本経済はマイナス成長に転落してしまうことになる。戦争が早期に終結する場合でも▲1.1%の見通しとなっている名目経済成長率は、さらに低下することになることは言うまでもない。世界情勢の不透明感から企業が設備投資を手控えるなど、世界経済の減速から輸出の減少を通じる経路以外にも様々なルートから日本経済の経済成長率を押し下げる圧力が加わる。テロなどが発生すれば、一気に消費や企業の設備投資が落込むことは確実だ。事態が長期化すれば、上で示した試算以上に日本の経済成長率が低下する恐れが大きいだろう。


3.スパイラル的な悪化の引き金にも

さらに問題なのは、バブル崩壊後の脆弱な金融システムを抱えた日本経済にとっては、こうしたショックがより大きな経済の落ち込みにつながりかねないことだ。金融システムや経済が通常の状態にあれば、こうしたショックは一時的に景気を下押しするものの、時間とともに影響は小さくなっていく。しかし現在の日本のように不安定な状況では、影響が縮小していくのではなく、逆にスパイラル的な景気悪化の引き金になりかねない。 戦争の短期終結を織り込み始めた金融市場が、逆に戦争の長期化によって株価の下落や円高ドル安に向かえば、金融システム不安が一気に高まって景気を急速に悪化させる恐れが出てくるだろう。


4.短期終結でも楽観はできず

既に経済見通しで述べているように短期に事態が終息するという事態でも、日本の景気は楽観できない(Weeklyエコノミストレター2/20号参照)。米国の財政赤字はイラクへの攻撃なしでも3000億ドルを超える見込みであり、これに1000億ドルとも言われる戦費を加えると膨大なものになる。一方、2002年の経常収支赤字が5000億ドルを超え、名目GDP比でも4.8%にも上るように、国際収支の赤字も深刻である。 イラクでの戦闘が短期に終結して事態の長期化や米国へのテロが引き金になったドル安は回避できたとしても、米国にとっては、いずれドルの下落か米国経済の減速による米国の輸入減少によって経常収支赤字の縮小が必要になってくる。少なくとも日本経済だけでなくアジア経済も含めて、米国への輸出に依存した景気の拡大を続けられなくなることは明らかであろう。
 

 
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