1995年09月01日

民主主義のガバナビリティ

  細見 卓

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民主主義のガバナビリティという問題が論ぜられて既に久しい。ガバナビリティという言葉は日本語には馴染みが薄いが、いわば統治能力とか統治機能が働くとかいうことである。かって、故大平首相が政治を語って、「民主主義の下では社会の秩序ある発展だけを図っていくのは至難の業である。むしろ民主主義の最大のよさは社会を一挙に最悪の状態には至らせないことである。」という意味のことを語ったのを記憶している。

先般、参議院の半数改選の選挙が行われ、またその前には地方選挙も行われたが、いずれも政権を握る連立与党の期待に反する結果であった。もし、民主主義が国民の意思を正しく反映する政治制度であるとすれば、今回のように選挙の結果がほとんど何も政治的な対応を呼び起こさない状態は民主主義が真に機能しているとはいえない。その基本的な原則は多数意思を尊重していくことであり、それが民意を代表することでもある。とすれば極端な投票率の低下、つまり現状の政治への参画放棄を意味する棄権が過半数を超えるという事態においては、健全な民主主義は生きているとはいえない。個人の完全な自由意思で、その選択と責任において行われるべき選挙が多数の人によってその機能を無視されている今の状況は民主主義の危機というべきではないだろうか。

基本的に民主主義の質は有権者のレベルを最終的には反映している以上、国民の多くが政治の営みに幻滅し、関心を失ったことは、これまでそのような政治を許してきた一般有権者である国民自身にも大きな反省を促すものであろう。国際社会は相互依存と同時に絶えざる利害の衝突の可能性を秘めており、確たる判断と立場を持って目前の状況に対する的確な対応策を講ずることなくしては、利害関係が複雑で錯綜していく今後の社会において自国の存在を強固なものとしていくことはできなくなってくる。利害が複雑に絡む現在の内外の経済情勢においては、全てをことごとく満足させるような選択はほとんど不可能であるが、国民一人一人が正確な情報と対策、そしてその効果を予測しながら、複雑な選択肢の中から一つ一つ選んでいく意識を持たなければならない。それは単に複雑な情勢判断であるだけでなく、スピードと果断さをも要請されることである。企業の世界においても従来の全員一致の下意上達的な合議制では急激に変化する経済情勢に対応しにくくなっており、企業の経営方式に大きな変化をもたらしている。同様に政治の世界においても全員一致的な円満主義は成立しにくく、自国の存在とその基本政策の遂行のためにはある程度の摩擦も恐れることなく、国際社会における役割と責任について確国とした態度で国際的な理解と承認を求めることが不可避となっている。ところがわが国の現状はそもそも追求すべき国際的役割やそのための政策的手段について、国内で十分な議論も行われることは少なく、またそれ以前に国民の理解と協力を促すような十分な開示や説得も行われていない。従って民主主義において鉄則ともいうべき国民の理解と支持の下に国の政策の大綱が決められていくという基本プロセスと政治の指導性が十分に行われているとは残念ながら言えない。

このような国内的に民主主義と民主的なリーダーシップが欠如している状態では、わが国の内外政策の基本的な在り方について関係国の理解が得られるはずがない。例えばいわゆる前川レポート以降、市場の開放、内需拡大による国際協調型経済構造への転換、非軍事主義に徹した海外援助等が機会あるたびに連綿と提言されてきたが未だ十分には実現しておらず、そのことが諸外国の不信感をかっている。また国連安保常任理事国を希望しているとしながらも、そのことによっていかなる役割を果たしていくのかも明確にしないまま、ただ経済的負担だけを年々不本意に増大させているというような不明確な対外政策もまた諸外国には受入れられないものであろう。戦後五十年の国会決議の問題に至ってはむしろ反日感情を蘇らせる愚を犯した感さえある。

民主主義というのはいつかこの欄で述べた如く、自己の自由なる意思とそれに対する責任というものに強く根ざす個の確立があってこそ本物となるものであり、付和雷同やいたずらな右顧左眄によっては民主主義的土壌は育ってこないものである。五十年前の敗戦はいわば軍事力による敗北であったけれど、その後の五十年間は世界における日本の立場を確立するための民主主義的国家の建設という点において蹉跌感なきをえない。国際関係にあって自由でかつ責任があり、尊重される国家になるためには、まず国内に民主的で指導力がある政治形態が生まれることが必要であり、それなくして日本の優位性というのは期待できない。我々はまず個と自己責任の確立を図り、一日も早い「ガバナビリティを持った民主主義の確立」を実現していかなければならない。さもなくば戦後五十年の成果は虚しいものとなろう。

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