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2025年05月23日

金融システムの安定性に関わる人工知能(AI)の利点とリスク(英国)-イングランド銀行金融安定政策委員会の公表資料より

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

イングランド銀行(BOE)の金融安定政策委員会(FPC:Financial Policy Committee)は、2025年4月9日、「金融の安定性:金融システムにおけるAIに焦点をあてて」という報告書1を公表した。これはマクロ金融システムを安定させることを所管するFPCが、定期的に見解を示してきていることの一環である。
 
1 Financial Stability in Focus : Artificial intelligence in the financial system
 (2025.4.9  イングランド銀行(BOE) 金融安定政策委員会(FPC)
https://www.bankofengland.co.uk/financial-stability-in-focus/2025/april-2025
(報告書の翻訳や内容の説明は、筆者の解釈や理解に基づいている。)

2――報告書の内容

2――報告書の内容

1背景~AIのメリットと金融システムにおける役割
今後、AIの開発と進歩、業務への利用は、英国経済の多くの分野に変革をもたらす可能性が高い。労働者の業務時間を節約し、生産性を向上させる可能性が高い。また企業経営の意思決定プロセスを強化し、カスタマイズされたより良い製品やサービスの提供に貢献する。最先端技術という意味では、例えば、パソコン等の計算速度を向上させ、医療分野などにおいて、科学的・技術的なブレイクスルーを促進し、長期的には生産性の高い経済成長へとつながる可能性を秘めている。
 
金融業界は、こうしたイノベーションの恩恵を多く受けるセクターのひとつである。AIの活用は、以下のように、既に金融機関の社内業務プロセスや顧客とのやり取りなど、一部の業務において、すでに始まっている。将来的には、信用審査や保険引受け可否の判断などの、中核的な意思決定に役立ち、会社の資源配分に変化をもたらすことが考えられる。

・AIは、定例的な事務作業に割く人的資源の削減に貢献することや、投資判断等の意思決定を支援する技術革新をもたらすことなどを通じて、生産性が向上し長期的な経済成長に役立つ。

・AIの導入により、今後15年間で銀行保険分野における生産性が30%向上すると予想される。

銀行では、融資の決定が金融リスク管理の中核を成す。信用リスク管理におけるAIの活用は、まだ初期段階にあるものの、事前審査、企業状況を点数化するスコアリング、価格設定、引受けの可否判断など融資プロセスの様々な段階においてAIの活用が始められている。

保険分野では、保険料設定や保険引受の判断を支援するAIモデルの利用が拡がりつつある。

投資分野でも、SNS等から得られる代替データセットを分析することや、経済金融分野においてAIを利用して未知の相関を発見することによる新たな投資戦略の開発が可能になることなど、AIの活用が期待される。
 
2金融安定性に関わるリスクと影響
他方でAIは、金融の安定に対する便益だけではなく、以下のように各種のリスクをもたらす可能性もある。
 
・金融機関の意思決定におけるAI活用の拡大により、金融システム全体の健全性に関わるリスクが懸念される。ミクロでの(各金融機関それぞれの)リスク管理が実施されていても、ショック事象が実際に起きた時、同じ行動をとること(collective behavior)になれば、全体として何が起きるのか、など全体としての脆弱性は残るものと考えられる。
 
・多数の金融機関が共通のオープンソースのデータやモデルに依拠していた場合、金融システム全体が同時に悪影響を受けるといった脆弱性につながる可能性が考えられる。
 
・AIによる自動的な資産運用により、個別金融機関どうしのポジションや、戦略の相関が大きくなり、経済的ストレスが発生した場合、資産の投げ売りなどの影響が現在よりも激しくなる可能性がある。
 
・自動的な資産運用を行うAIが「資産価格への経済的ストレス事象があると、それを利用した収益機会が拡大する」と学習し、ある種のショックを、自ら積極的に発生させるような行動にでる懸念がある。
 
・AIサービスを提供する会社が(競争による淘汰などで?)少数に留まると、当該サービスが混乱した場合に、金融システム全体が同時に混乱するリスクが生じる可能性がある。こうした場合、サービスを他社に乗り換えることが困難になっている、と考えられるので、影響は拡大する可能性がある。
 
・サイバー攻撃において、AIが悪用されることにより、重大な被害が広範囲に起きる可能性がある。

サイバー攻撃は、金融機関が直面する重大なリスク要素であり、AI関連リスクの中でも、サイバーセキュリティは、関係者に常に上位に認識されている。AIは悪意のある攻撃者の能力と機会を増大させる一方で、金融機関の対抗能力をも向上させる、いわば「技術的な軍拡競争」ともいえる事態が今後起こりうる。
3AIに関連するリスクの監視に対するFPCの取り組み
マクロプルーデンスをみる政策当局としてのFPCは、金融安定リスクに注目しており、リスクの実現とそれに対する方策が、最終的に、家計や企業業績に影響を及ぼす可能性がある。上記の通り、たとえ、ミクロ的に個々の企業の安全性や健全性に対するリスクが、適切に管理されていたとしても、集団行動の結果として金融安定を脅かすリスクが発生することがあることに留意しておく必要がある。

AIの進化については、その発展の速さや到達水準が極めて確実であると考えられる。そのことを踏まえて、マクロプルーデンス的な影響を継続的に検討する必要がある。
 
こうしたリスクに対して、FPCは、AIが金融安定に及ぼす影響のモニタリングを強化していく必要があるが、これには、イングランド銀行、PRA、FCA(金融行動監視機構)の活動、あるいは平時の監督情報活動の中でAI関連の動向に焦点を当てていくことが必要であると考えている。具体的な項目としては、以下のようなものを、既に実施、あるいは予定している。
 
・金融安定性に関するリスクを追跡するために、FPCが既に現時点でも日常的に行なっていることとしては、金融市場データを含む幅広い規制データや商業データソースの活用が挙げられる。
 
・英国金融サービスにおけるAIに関する調査。関連するメリットとリスクについて、回答者である金融機関等関係者の見解を得て、それぞれのセクターにおけるAI利用の現状と将来の予測範囲を想定する。
 
・AIコンソーシアムの活用。これは英国の金融サービスにおけるAIの能力、開発、展開、利用についての関係者からの意見を収集するための、官民連携プラットフォームとして設立されたものである。
 
・市場情報の活用。実際の金融市場参加者との議論を通じて、各業界の動向に関するタイムリーな詳細情報を得ることができる。
 
・監督機関からの情報の活用。PRAやFCAの規制対象企業や、銀行の規制対象FMI(金融市場インフラFinancial Market Infrastructure)を含む、AIの開発と利用に関する詳細な知見を得ることができる。
 
とはいえ、技術革新のスピードを考慮すると、AIが金融安定性に与える影響は、急速かつ予期せぬ変化をきたす可能性が大いにあるため、将来を見据えた柔軟なアプローチをとる必要がある。

また、AIが利用される社内プロセスなどは、機密情報が多いことから、公表(あるいは外部への提供)しにくいデータが含まれ、影響が業績データや指標にすぐには現れない可能性が高い。AIに関する調査を行う際には、イングランド銀行やFCAと協力して、できる限りの追加情報を得て、知見を高めていく必要がある。

3――おわりに

3――おわりに

AIの金融システム上の役割は増大し、もたらす便益も拡大していくと予想される。当然その発展を業務に活用しない手はない。しかし、付随して関連リスクの方も増大していく。むしろそのリスクの内容やその大きさについては、これから観測され、検討されていくというのが現状であろう。監督当局側も引き続き、AI関連技術の進化の状況を調査したり、何らかのトラブル事象の調査を行う、あるいはその体制や組織を整備したりしていくといった状況下にあるようである。

それに加えてサイバー攻撃者が現れ、それに対処していく必要があるというのも厄介な課題である。金融機関の財務健全性の維持は、最重要課題であることには疑いはないが、一方で、利用者や保険契約者の利便性や、本人確認等の手続きが複雑になり利用者の利便性が低下するという事態は、できる限り回避したいところであろう。

AIの効能とリスクについては、金融機関だけではなく、企業から個人まで誰にでも関わりあるテーマであろう。今後も関係分野の動向を追っていくこととしたい。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年05月23日「基礎研レター」)

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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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