- シンクタンクならニッセイ基礎研究所 >
- 保険 >
- 中国・アジア保険事情 >
- ギグワーカーの社会保険適用問題-中国フードデリバリー大手美団の取組み
2025年04月16日
文字サイズ
- 小
- 中
- 大
中国でもギグワークやフリーランスといった非正規労働が増加している。こういった働き方をする就労者は2億人を超え、特に、フードデリバリーやライドシェアの運転手など、スマートフォンのアプリケーションを通じて仕事を引き受ける者はおよそ8,400万人(全就業者の21%、2023年)に達している。問題はその多くが社会保険に加入できておらず、セーフティネットの外に置かれている点にある。中国ではこの課題に対して、政府・当局・企業が一体となったサポート体制の構築が進められている。
今般、フードデリバリー最大手の美団が新たな措置を発表した。それは、福建省の泉州市と江蘇省の南通市で働くドライバーを対象に、年金保険料の補助を支給するという実験的な取組みだ。補助支給への参加はドライバー自身が決定し、美団に申請する形となっており、自由参加である。2市のドライバー数は22,000人で1、そのおよそ8割が対象となると見込まれており、ドライバーにとっては大きな支援となる。
補助支給の対象者は比較的給与の少ないドライバーとなる。条件としては直近6ヶ月の給与のうち3ヶ月以上が、社会保険料の最低納付基準額(前年の当該地の在職職員の平均給与の60%)2に達していない場合である。これまでも給与が社会保険料の最低納付基準以下であっても保険料は最低納付基準に基づいて計算されており、所得の低い加入者が相対的により重い負担を強いられていた3。特に年金保険料率はその他の社会保険と比べても高く、支払いが困難なドライバーも多かった。今回はその年金保険料に対して補助金を支給し、加入に対する心理的なハードルを下げ、老後の生活に対する準備をサポートする措置となる。
今回の措置では、美団から年金保険料の50%が補助される。どれくらい支給されるのかを概算してみると、例えば2024年の泉州市の最低納付基準額は月額4,433元(約89,000円)であり、20%の保険料率で支払うと、1人当たりの保険料は886.6元(約18,000円)となる。ドライバーはそのうち半分の443.3元(約9,000円)を補助として受け取ることができる。
中国の江西財経大学の調査では、南昌市のドライバーなど非正規雇用者を対象に負担可能な保険料額が調査され、20%の保険料率を想定した場合、その金額は635元とされた。美団はこういった調査を参照しながら、ドライバーの年金保険料負担の心理的なラインを500元と想定し、各地の最低納付基準額を勘案した上で、補助金の支給基準を決定している。
また、年金の加入場所(保険料をどこで積み立てるか)もドライバーが選択できるように配慮されている。美団によると、ドライバーのうち81.6%が出稼ぎ労働者であることから、本籍地(戸籍地)での加入と現在働いている勤務地での加入のいずれかを選べる仕組みとなっている。中国では年金制度を都市ごとに運営しており、保険料が都市によって異なる点や制度間や都市間での移転手続きが煩雑である。短期間で別の都市で働くケースや、現在は勤務地で働いているとしても年金を受給する老後は本籍地に戻るといったケースを考慮し、ライフプランに合わせて選択できる柔軟な措置としている。加えて、補助金の受給には勤務年数や業務量などの条件は設けられておらず、自由参加かつ給与水準のみで判断される。美団はこの取組みを全国の対象地域、およそ100万人に適用していくとしている。
美団は社会保険への加入促進について3年前から取り組んでいる。主務官庁である民政部・人力資源社会保障部や中華全国総工会などの政府機関に加えて、自社のドライバーの声を反映させるためのドライバー会議とも連携しながら、ドライバーの日々の業務リスクをいかに軽減し、セーフティネット内に採り込むかを模索してきた。
中国の社会保険には、医療・年金・労災・失業・介護(試行中)に加えて住宅補助金があり、企業側の保険料負担が大きい制度設計となっている。業務を委託するプラットフォーム側と、アプリを通じて単発・短期で仕事を請け負うドライバーの間には雇用契約が存在しないこと4、ドライバーも複数のプラットフォームを活用して兼業をしていること、また、将来的に継続的な就労を前提としていないことが多い。これらの点からもプラットフォーム側がフルスペックの社会保険料を負担するのは難しいと考えられた。よって、美団はドライバー会議と協議の上、ドライバーが最も必要とする労災・年金・医療の3分野に重点を置いてサポートすることとなった。
また、政府側もギグワーカーなどの非正規労働者の増加を受けて、新たな労災保険の試験的な導入や年金制度の加入条件の緩和を進めている。ギグワークは新たな働き方であると同時に、経済成長の減速や企業経営の悪化による失業、若年層の就職難の中で幅広い年齢層の雇用の受け皿ともなっているからである。
例えば、2022年からはギグワーカー専用の労災保険制度が7地域で試験的に導入されている5。この制度では、プラットフォームが管轄地域ごとに、前月の受注件数に基づいて保険料を支払う仕組みとなっている。フードデリバリーでは1件あたり0.06元のリスク係数を用いて算出される6。付保対象はプラットフォームに登録し、受注を受けたドライバー全員となる。給付は業務中の傷害・障がい・死亡が対象となっており、都市の正社員や就労者を対象とした労災保険にある程度準じた給付内容となっている。美団はこの試験的な取組みに初期段階から参加しており、最大規模の600万人の加入者を抱えている。
年金においても、非正規労働者を対象とした加入条件の緩和や保険料の負担軽減がはかられている。従来、都市の会社員向けの年金制度では、その加入地での戸籍が必要であったが、非正規労働者については戸籍要件をなくし、勤務地での加入を可能とした。これはギグワーカーなどの非正規労働者の多くが出稼ぎ労働であり、本籍地と勤務地が異なるからである。また、年金の保険料率については正社員の場合、雇用主が16%、従業員が8%の合計24%であるが、非正規労働者の場合は20%(実施地域で異なる)に軽減している。
しかし、それでも多くのギグワーカーにとって負担は重く、加入は進んでいなかった。美団の今回の措置は、この非正規労働のケースでの加入(保険料率20%)を前提にした支援制度であり、政府の制度改革と連動した取組みとなっている。
一方、こういった支援制度は多額のコストを伴うことになる。政府側の主導もうかがえるが、制度の加入促進には民間の柔軟な対応も不可欠である。また、競争が激化する中で、プラットフォームの安定運営と競争力の強化をはかる上でも、社会保険は美団にとって重要な戦略の1つであろう。美団は、社会保険への加入を促進したい政府とドライバーを結び、社会保険の加入を後押しし、ドライバーのリスク保障とエンゲージメント向上も果たしている。政府としても、このような取組みが他業種にも波及することを期待している。
1 美団によると、2024年時点でのドライバー数は745万人(1年間のうち、1回でも受注をしたことがある人)としている。
2 社会保険料の納付基準額には上限と下限が設けられており、上限は前年の当該地の在職職員の平均給与の3倍となっている。
3 都市の会社員、非正規労働者を対象とした制度に加入する場合。農村部住民が加入する制度は予め設定された保険料から選択して支払うことから、低い保険料の選択も可能である。
4 美団と直接雇用契約を結んでいるドライバー(従業員)の場合は、従来から運営されている社会保険に加入している。
5 「新就業形態就業人員職業傷害保障弁法(試行)」、試行都市は北京市、上海市、重慶市、江蘇省、広東省、海南省、四川省の3市・4省。管轄している人力資源社会保障部によると、加入者は1,000万人を超えており、今後、試行地域を17地域まで拡大する予定。
6 都市の会社員を対象とする労災保険制度での保険料率は職種の危険度に応じて設定されている。
今般、フードデリバリー最大手の美団が新たな措置を発表した。それは、福建省の泉州市と江蘇省の南通市で働くドライバーを対象に、年金保険料の補助を支給するという実験的な取組みだ。補助支給への参加はドライバー自身が決定し、美団に申請する形となっており、自由参加である。2市のドライバー数は22,000人で1、そのおよそ8割が対象となると見込まれており、ドライバーにとっては大きな支援となる。
補助支給の対象者は比較的給与の少ないドライバーとなる。条件としては直近6ヶ月の給与のうち3ヶ月以上が、社会保険料の最低納付基準額(前年の当該地の在職職員の平均給与の60%)2に達していない場合である。これまでも給与が社会保険料の最低納付基準以下であっても保険料は最低納付基準に基づいて計算されており、所得の低い加入者が相対的により重い負担を強いられていた3。特に年金保険料率はその他の社会保険と比べても高く、支払いが困難なドライバーも多かった。今回はその年金保険料に対して補助金を支給し、加入に対する心理的なハードルを下げ、老後の生活に対する準備をサポートする措置となる。
今回の措置では、美団から年金保険料の50%が補助される。どれくらい支給されるのかを概算してみると、例えば2024年の泉州市の最低納付基準額は月額4,433元(約89,000円)であり、20%の保険料率で支払うと、1人当たりの保険料は886.6元(約18,000円)となる。ドライバーはそのうち半分の443.3元(約9,000円)を補助として受け取ることができる。
中国の江西財経大学の調査では、南昌市のドライバーなど非正規雇用者を対象に負担可能な保険料額が調査され、20%の保険料率を想定した場合、その金額は635元とされた。美団はこういった調査を参照しながら、ドライバーの年金保険料負担の心理的なラインを500元と想定し、各地の最低納付基準額を勘案した上で、補助金の支給基準を決定している。
また、年金の加入場所(保険料をどこで積み立てるか)もドライバーが選択できるように配慮されている。美団によると、ドライバーのうち81.6%が出稼ぎ労働者であることから、本籍地(戸籍地)での加入と現在働いている勤務地での加入のいずれかを選べる仕組みとなっている。中国では年金制度を都市ごとに運営しており、保険料が都市によって異なる点や制度間や都市間での移転手続きが煩雑である。短期間で別の都市で働くケースや、現在は勤務地で働いているとしても年金を受給する老後は本籍地に戻るといったケースを考慮し、ライフプランに合わせて選択できる柔軟な措置としている。加えて、補助金の受給には勤務年数や業務量などの条件は設けられておらず、自由参加かつ給与水準のみで判断される。美団はこの取組みを全国の対象地域、およそ100万人に適用していくとしている。
美団は社会保険への加入促進について3年前から取り組んでいる。主務官庁である民政部・人力資源社会保障部や中華全国総工会などの政府機関に加えて、自社のドライバーの声を反映させるためのドライバー会議とも連携しながら、ドライバーの日々の業務リスクをいかに軽減し、セーフティネット内に採り込むかを模索してきた。
中国の社会保険には、医療・年金・労災・失業・介護(試行中)に加えて住宅補助金があり、企業側の保険料負担が大きい制度設計となっている。業務を委託するプラットフォーム側と、アプリを通じて単発・短期で仕事を請け負うドライバーの間には雇用契約が存在しないこと4、ドライバーも複数のプラットフォームを活用して兼業をしていること、また、将来的に継続的な就労を前提としていないことが多い。これらの点からもプラットフォーム側がフルスペックの社会保険料を負担するのは難しいと考えられた。よって、美団はドライバー会議と協議の上、ドライバーが最も必要とする労災・年金・医療の3分野に重点を置いてサポートすることとなった。
また、政府側もギグワーカーなどの非正規労働者の増加を受けて、新たな労災保険の試験的な導入や年金制度の加入条件の緩和を進めている。ギグワークは新たな働き方であると同時に、経済成長の減速や企業経営の悪化による失業、若年層の就職難の中で幅広い年齢層の雇用の受け皿ともなっているからである。
例えば、2022年からはギグワーカー専用の労災保険制度が7地域で試験的に導入されている5。この制度では、プラットフォームが管轄地域ごとに、前月の受注件数に基づいて保険料を支払う仕組みとなっている。フードデリバリーでは1件あたり0.06元のリスク係数を用いて算出される6。付保対象はプラットフォームに登録し、受注を受けたドライバー全員となる。給付は業務中の傷害・障がい・死亡が対象となっており、都市の正社員や就労者を対象とした労災保険にある程度準じた給付内容となっている。美団はこの試験的な取組みに初期段階から参加しており、最大規模の600万人の加入者を抱えている。
年金においても、非正規労働者を対象とした加入条件の緩和や保険料の負担軽減がはかられている。従来、都市の会社員向けの年金制度では、その加入地での戸籍が必要であったが、非正規労働者については戸籍要件をなくし、勤務地での加入を可能とした。これはギグワーカーなどの非正規労働者の多くが出稼ぎ労働であり、本籍地と勤務地が異なるからである。また、年金の保険料率については正社員の場合、雇用主が16%、従業員が8%の合計24%であるが、非正規労働者の場合は20%(実施地域で異なる)に軽減している。
しかし、それでも多くのギグワーカーにとって負担は重く、加入は進んでいなかった。美団の今回の措置は、この非正規労働のケースでの加入(保険料率20%)を前提にした支援制度であり、政府の制度改革と連動した取組みとなっている。
一方、こういった支援制度は多額のコストを伴うことになる。政府側の主導もうかがえるが、制度の加入促進には民間の柔軟な対応も不可欠である。また、競争が激化する中で、プラットフォームの安定運営と競争力の強化をはかる上でも、社会保険は美団にとって重要な戦略の1つであろう。美団は、社会保険への加入を促進したい政府とドライバーを結び、社会保険の加入を後押しし、ドライバーのリスク保障とエンゲージメント向上も果たしている。政府としても、このような取組みが他業種にも波及することを期待している。
1 美団によると、2024年時点でのドライバー数は745万人(1年間のうち、1回でも受注をしたことがある人)としている。
2 社会保険料の納付基準額には上限と下限が設けられており、上限は前年の当該地の在職職員の平均給与の3倍となっている。
3 都市の会社員、非正規労働者を対象とした制度に加入する場合。農村部住民が加入する制度は予め設定された保険料から選択して支払うことから、低い保険料の選択も可能である。
4 美団と直接雇用契約を結んでいるドライバー(従業員)の場合は、従来から運営されている社会保険に加入している。
5 「新就業形態就業人員職業傷害保障弁法(試行)」、試行都市は北京市、上海市、重慶市、江蘇省、広東省、海南省、四川省の3市・4省。管轄している人力資源社会保障部によると、加入者は1,000万人を超えており、今後、試行地域を17地域まで拡大する予定。
6 都市の会社員を対象とする労災保険制度での保険料率は職種の危険度に応じて設定されている。
(2025年04月16日「基礎研レター」)
このレポートの関連カテゴリ

03-3512-1784
経歴
- 【職歴】
2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
(2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
(2019~2020年度・2023年度~)
・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
・千葉大学客員教授(2024年度~)
・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
日本保険学会、社会政策学会、他
博士(学術)
片山 ゆきのレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
---|---|---|---|
2025/04/16 | ギグワーカーの社会保険適用問題-中国フードデリバリー大手美団の取組み | 片山 ゆき | 基礎研レター |
2025/03/18 | 中国で求められる、働きやすく、子育てしやすい社会の整備【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(68) | 片山 ゆき | 保険・年金フォーカス |
2025/02/18 | 中国版iDeCo、全国実施へ【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(67) | 片山 ゆき | 保険・年金フォーカス |
2024/12/23 | 医療保険ウォレット、試行開始(中国) | 片山 ゆき | 研究員の眼 |
新着記事
-
2025年05月01日
米GDP(25年1-3月期)-前期比年率▲0.3%と22年1-3月期以来のマイナス、市場予想も下回る -
2025年05月01日
ユーロ圏GDP(2025年1-3月期)-前期比0.4%に加速 -
2025年04月30日
2025年1-3月期の実質GDP~前期比▲0.2%(年率▲0.9%)を予測~ -
2025年04月30日
「スター・ウォーズ」ファン同士をつなぐ“SWAG”とは-今日もまたエンタメの話でも。(第5話) -
2025年04月30日
米中摩擦に対し、持久戦に備える中国-トランプ関税の打撃に耐えるため、多方面にわたり対策を強化
レポート紹介
-
研究領域
-
経済
-
金融・為替
-
資産運用・資産形成
-
年金
-
社会保障制度
-
保険
-
不動産
-
経営・ビジネス
-
暮らし
-
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)
-
医療・介護・健康・ヘルスケア
-
政策提言
-
-
注目テーマ・キーワード
-
統計・指標・重要イベント
-
媒体
- アクセスランキング
お知らせ
-
2025年04月02日
News Release
-
2024年11月27日
News Release
-
2024年07月01日
News Release
【ギグワーカーの社会保険適用問題-中国フードデリバリー大手美団の取組み】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。
ギグワーカーの社会保険適用問題-中国フードデリバリー大手美団の取組みのレポート Topへ