2024年04月19日

年金将来見通しの経済前提は、内閣府3シナリオにゼロ成長を追加-2024年夏に公表される将来見通しへの影響

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任 中嶋 邦夫

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2 ―― 今回の経済前提の特徴:(1)内閣府等に準拠した4ケース、(2)実質運用利回り(対物価)の上昇

1|今回の経済前提の特徴(1):内閣府等に準拠した4ケース
今回の経済前提の第1の特徴は、内閣府が2024年4月に公表した2060年度までの長期推計などに準拠して、4つのシナリオが設定された点である。

前回までは、当面10年間の前提には内閣府の中長期試算を使いつつ、10年後以降は社会保障審議会年金部会の下に設置した専門委員会が設定を検討していた。例えば、シナリオの基軸となる全要素生産性上昇率(経済成長のうち、技術進歩など生産性の向上による部分)は、内閣府の中長期試算における2とおりの設定(成長実現ケース、ベースラインケース)を基準にしつつ、将来の不確実性を考慮して、過去の実績をもとに低めの設定が加えてられていた(図表6下段)。

今回は、内閣府の2060年度までの長期推計で示された「成長実現ケース」「長期安定ケース」「現状投影ケース」という3つのシナリオに、(独法)労働政策研究・研修機構が2024年3月に速報を公表した労働力需給推計の「一人当たりゼロ成長・労働参加現状ケース」に相当する「1人当たりゼロ成長ケース」を加えた、4とおりのシナリオが設定された(図表6上段)。
図表6 経済前提(長期の前提)における各シナリオの仮定と設定値
内閣府の長期推計は、2024年1月に公表された中長期試算を延伸したもので、中長期試算の正式なシナリオである「成長実現ケース」(全要素生産性上昇率=1.4%)と「ベースラインケース」(全要素生産性上昇率=0.5%)に加えて、同試算の「参考ケース」(全要素生産性上昇率=1.1%)も正式なシナリオとして扱われた。この結果、今回の経済前提では、前回のように内閣府の「成長実現ケース」と「ベースラインケース」の間に専門委員会が独自のシナリオを設ける扱いが行われず、内閣府の長期推計の3ケースがそのまま使われる形になった。また、内閣府の「ベースラインケース」よりも全要素生産性上昇率が低いシナリオについては、前回は専門委員会が独自に2つのシナリオを設けたが、今回は前回の全要素生産性上昇率が最も低いシナリオ(ケースVI)と同じく全要素生産性上昇率を過去30年間の最低値に設定したシナリオだけが設けられた。

これらの結果、経済前提におけるシナリオの数が前回の6ケースから4ケースへと減った一方で、全要素生産性上昇率の範囲は前回の0.3~1.3%から0.2~1.4%へ、実質賃金上昇率(対物価)の範囲は前回の0.4~1.6%から0.1~2.0%へと広がった。物価上昇率の前提は、前回は過去30年の平均値である0.5%から日本銀行の目標である2.0%の範囲でシナリオごとに異なる値が設定されていたが、今回は内閣府の長期推計に合わせて「成長実現ケース」と「長期安定ケース」では2.0%に設定されたため、全体で3とおりの設定にとどまった。

なお、年金の将来見通しの経済前提において、各ケースに設定の概要を類推できる名称が付けられたのは今回が初めてである。設定の概要を類推できる名称の付与は、社会保障審議会 年金数理部会で委員から提案されていた事項であり7、内閣府の長期推計に準拠した3ケースでは同推計での名称と同じ名称が付けられた。全要素生産性上昇率が最も低いシナリオは、前回と同じ考え方で専門委員会が設定したものだが、労働力率の設定に用いられた労働力需給推計のシナリオ名を参照する形で名称が付けられた。
 
7 社会保障審議会 年金数理部会 (2022.11.28)で、「経済前提がケーIVとか、出生率が中位とかいっても、この道の専門家以外にはなかなか分からない」「具体的にイメージしやすいような形に焼き直した表現にできないか」という指摘があった。
2|今回の経済前提の特徴(2):実質運用利回り(対物価)の上昇
今回の経済前提の第2の特徴は、すべてのシナリオの運用利回りが過去の運用利回りの実績(10年移動平均)に基づいて設定され、実質運用利回り(対物価)が全般的に上昇した点である。

運用利回りの設定は、前回の将来見通しの際に、経済モデルで推計した将来の長期金利に株式などへの分散投資の効果を加える方法から、過去の運用利回りの実績に経済モデルで推計した利潤率の伸び(将来の利潤率の推計値÷利潤率の実績)を適用する方法に切り替えられた8(図表7)。ただし、全要素生産性上昇率が最も低いシナリオでは、低金利が長期化している状況を考慮して、イールドカーブから求めた長期金利に分散投資効果を加える方法が使われていた。
図表7 2019年に行われた運用利回りの設定方法の変更
今回は、国内債券への資産配分が25%にとどまることやイールドカーブからの推計が不安定であることを理由に、全要素生産性上昇率が最も低いシナリオでも過去の運用利回りの実績(10年移動平均の最低値)に基づく方法に変更された9。また、利用する過去の運用利回りの期間が、前回の2001~2017年度(年度単位)から、今回は2001年4-6月期~2023年9-12月期(四半期単位)へと変更され、近年の好調な運用実績が10年移動平均の中に反映された10。この結果、実質運用利回り(対物価)の10年移動平均の下位20%の値が前回の1.8%から2.6%へ、下位30%の値が2.3%から3.1%へ上昇した。ただし、将来の運用利回りの設定に使う利潤率の伸びは、計算基礎となる総投資率の設定方法が変更されたことによって11、前回よりも抑えられた。なお、検討の過程では、過去の運用実績の代わりに現行の株式比率が大きい資産構成を過去に遡及した値を利用することが委員から提案され12、採用されれば運用利回りの前提を前回より上げる要因となりえたが、最終的には採用されなかった。

これらの結果、全要素生産性上昇率が最も低いシナリオの実質運用利回り(対物価)が前回の0.8%から1.4%へと上昇し、他のシナリオの値も前回の全要素生産性上昇率が同等のケースと比べて上昇した13(図表6の右端)。
 
8 詳細は、拙稿「年金改革ウォッチ 2019年3月号~ポイント解説:今年の財政検証の経済前提」を参照。
9 当面10年間の運用利回りの設定も、内閣府の中長期推計で示された長期金利に分散投資効果を加える方法から、過去の運用利回りの実績に経済モデルで推計した利潤率の伸びを適用する方法に切り替えられた
10 実績の10年移動平均を利用しているため、近年の運用実績がそのまま反映されているわけではない。
11 過去からの傾向に基づいて推計する方法から、経済モデルにおける前年度の利潤率から推計する方法へと変更された。
12 拙稿「公的年金の財政見通しで使われる経済前提はどうなる?」を参照。
13 例えば、前回のケースIIと今回の長期安定ケースは全要素生産性上昇率がともに1.1%だが、実質運用利回り(対物価)は、前回のケースIIでは2.9%、今回の長期安定ケースでは3.2%になっている。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴
  • 【職歴】
     1995年 日本生命保険相互会社入社
     2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
     2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
    (2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

    【社外委員等】
     ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
     ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
     ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
     ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

    【加入団体等】
     ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
     ・博士(経済学)

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