2023年12月22日

東南アジア経済の見通し~輸出と製造業が持ち直して景気回復局面続く

経済研究部 准主任研究員 斉藤 誠

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1.東南アジア経済の概況と見通し

(図表1)実質GDP成長率 (経済概況:輸出低迷による成長鈍化が継続)
東南アジア5カ国(マレーシア、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム)の経済は成長ペースが鈍化している。昨年は各種コロナ規制の緩和に伴う経済活動の正常化やインバウンド需要の回復、ペントアップ需要の顕在化により対面型サービス業を中心に回復して、景気は順調に推移したが、10-12月期以降は世界経済の減速や資源価格の下落により輸出が低迷している。インバウンドの回復によるサービス業を中心とした労働市場の改善や政府主導のインフラ開発、そして足元のインフレ鈍化を受けて内需は底堅さを保っている。もっとも昨年からの金融引き締めの累積効果が家計や企業の活動の重石となるなど、内需の拡大では輸出の落ち込みを相殺できず、各国の経済成長ペースは鈍化している。

2023年7-9月期の実質GDP成長率(前年同期比)をみると、フィリピン(同+5.9%)とマレーシア(同+3.3%)、ベトナム(同+5.3%)の3カ国が前期から上昇した一方、インドネシア(同+4.9%)とタイ(同+1.5%)の2カ国が前期から低下した(図表1)。なお、7-9月期に成長率が上昇した3カ国は4-6月の成長率の水準が低かったこともあり、回復へのはっきりとした動きはみられない。コロナ禍前(2019年)の成長率と比べると、インドネシアとフィリピンは堅調さを保っているが、輸出主導経済であるタイとマレーシア、ベトナムは輸出低迷に苦しんでいる。また中国からの観光客の戻りが遅く、主力の観光業の回復が遅れているタイは5カ国中最も低い成長が続いている。
(物価:引き続きエルニーニョ現象による食品価格上昇が上振れリスクに)
東南アジア5カ国の消費者物価上昇率(以下、インフレ率)は2022年後半から2023年初にかけてピークをつけた後、鈍化傾向にある(図表2)。昨年はウクライナ危機によりサプライチェーンが混乱して国際商品価格が幅広く上昇、また米国の利上げ開始により東南アジア通貨が減価して輸入インフレが生じたほか、国内では経済活動の正常化が進み需要面からの物価上昇圧力が働いて各国インフレが加速した。しかし、2022年後半からはエネルギー価格の下落や各国中銀の金融引き締め、そして年明けからは国内経済の減速も加わりインフレ圧力が後退している。
(図表2)消費者物価上昇率 先行きのインフレ率は短期的にはベース効果の剥落により下げ止まるだろう。ロシア・ウクライナ戦争に伴う供給途絶によるエネルギー価格と食品価格の値上がりはほぼ解消している。しかし、ほとんどの国で景気回復が勢いに欠けることや金融引き締め策を当面継続することから概ね各国中央銀行の物価目標圏内で緩やかな物価上昇が続くだろう。米国が利下げに踏み切る2024年はドル安傾向が強まり、アジア通貨の下落圧力が弱まることも物価の安定に繋がるだろう。なお2024年もエルニーニョ現象の影響で農作物の収穫が減少した場合には食品価格が高騰してインフレ率が予想外に上振れる可能性がある。
(図表3)政策金利の見通し (金融政策:来年半ばから利下げ局面に)
東南アジア5カ国の金融政策は、昨年コロナ禍からの国内経済の回復とインフレの加速、米国の利上げによる自国通貨安を受けて金融引き締めを開始した(図表3)。10月の金融政策会合では、インドネシアが米利上げの長期化観測、フィリピンがインフレ再燃を警戒して、それぞれ+0.25%の追加利上げを実施したが、現在各国中銀は概ね利上げ局面を終了している。なおベトナムについては輸出低迷により経済の減速傾向が強まる中、今年3月から4カ月連続で政策金利を引き下げるなど周辺国に先行して金融引き締めを開始している。

先行きは金融緩和を開始する国が増えると予想する。短期的には政府の成長率目標を下回る景気動向が続くベトナムが先行して追加利下げを実施するだろうが、その他の国は米国の金融緩和を待って政策金利の引下げに動くだろう。当研究所では2024年5月に米国が利下げサイクルに転換すると予測している。昨年から積極的な金融引き締めを実施してきたインドネシアとフィリピンは米国に追随する形で2024年半ばに金融緩和に踏み切ると予想する。現行の政策金利が低めの水準にあるタイとマレーシアは景気・物価動向を見極めながら2024年末にかけて金融政策を据え置くと予想する。
(経済見通し:2024年は輸出と製造業が持ち直して景気回復局面が続く)
2024年の東南アジア5カ国は輸出と製造業が持ち直して景気回復局面が続くものの、サービス業の増勢が鈍化して実体経済は盛り上がりに欠ける展開となるだろう。

まず外需については、低迷していた財輸出が底打ちすると予想する。世界的な製造業の調整局面が一巡するほか、シリコンサイクルも回復し始めており、各国で電気・電子機器を中心に財輸出が増加するとみられる。またアジア地域はインバウンドがコロナ禍からの回復の途上にあり、2024年もサービス輸出の持続的な増加が続くだろうが、リベンジ旅行の一巡により大幅な増加は見込みにくい。そして2024年は世界経済の減速が予想されるため、財・サービス輸出の増勢は緩やかなものとなりそうだ。

内需は堅調を維持すると予想する。民間消費はインフレの軟化や観光業と製造業の回復に伴う労働市場の改善により家計の購買力が向上して堅調に推移するが、ペントアップ需要の一巡により増勢は鈍化するだろう。また投資は各国政府の大型インフラ整備計画の継続や輸出型製造業の設備投資の持ち直し、そしてサプライチェーンの多様化による東南アジアへの直接投資の流入などが下支えとなり底堅い伸びが続くと予想する。2024年はベトナムに続いてインドネシアとフィリピンが金融緩和に舵を切ると予想するが、利下げは段階的に実施されるため、その景気浮揚効果は2025年に顕在化すると考えられる。従って、ベトナムを除く4カ国は2024年も金融引き締めの累積効果が家計・企業の活動を圧迫するだろう。
(図表4)実質GDP成長率の見通し 以上の結果、2023年はコロナ禍の反動で高成長だった2022年から成長率が低下する国が多いが、2024年は輸出と製造業が持ち直して各国成長率が上昇すると予想する(図表4)。2024年の成長率の上昇幅は輸出主導経済であるベトナム、マレーシア、タイで高くなる。一方、内需主導経済のインドネシアとフィリピンは堅調な成長が続くだろう。
 

2.各国経済の見通し

2.各国経済の見通し

2-1.マレーシア
マレーシア経済は2023年7-9月期の成長率が前年同期比+3.3%となり、4-6月期の同+2.9%から加速したものの、緩慢な成長を示すにとどまった。昨年はコロナ禍からの経済活動の正常化が進む中、7-9月期の成長率が前年比+9.2%(2021年:同+3.1%)と大きく上昇したが、その後は輸出低迷やペントアップ需要の押し上げ効果の剥落により成長ペースが鈍化している(図表5)。

7-9月期は堅調な内需が輸出低迷を相殺して成長率が上昇した。民間消費(同+4.6%)はインフレの軟化や雇用・所得の改善により前期の同4.3%から加速した。また総固定資本形成(同+5.1%)は堅調を維持した。外需悪化や借入コストの上昇などにより設備投資(同+4.0%)が伸び悩む一方、複数年にわたる投資プロジェクトの継続的な実施により建設投資(同+6.9%)が加速した。しかし、純輸出は悪化した。財輸出(前年同期比▲16.0%)は海外需要の低迷により電気・電子産業をはじめとする輸出志向の製造業が振るわず大きく減少した。サービス輸出(同+21.2%)はインバウンド需要の回復により大幅な増加が続いたものの、財輸出の落ち込みを相殺するには至らなかった。

先行きのマレーシア経済は、2023年内は外需の停滞を内需が下支えする形で緩やかな成長が続き、2024年は堅調な内需と輸出の底打ちにより回復すると予想する。外需は半導体サイクルの回復を受けて電気電子製品を中心とした財輸出が回復するほか、外国人観光客の増加によるサービス輸出の持続的な回復が見込まれる。もっとも世界経済の減速により財・サービス輸出の増勢は緩やかなものとなるだろう。民間消費は観光業の回復による労働市場の安定や賃金上昇、政府の低中所得層に対する生活支援策が下支えとなり堅調に推移するとみられる。また投資は東海岸鉄道線(ECRL)およびセントラル・スパイン・ロード(CSR)など進行中のインフラ計画の進展や政府の新産業マスタープラン(NIMP2030)の下でのイニシアチブの実施が追い風となり景気の牽引役となるだろう。

金融政策は、マレーシア中銀が昨年5月から段階的に利上げを実施し、政策金利を1.75%から3.00%まで引き上げたが、その後は3会合連続で据え置かれている(図表6)。11月の消費者物価上昇率は前年同月比+1.5%と、昨年8月から低下傾向にある。先行きは昨年高騰した食品・燃料価格のベース効果により緩やかに推移するが、売上・サービス税の増税(6%から8%に引上げ)や新たな燃油補助金制度の導入(24年7月以降)により加速するだろう。従って、マレーシア中銀は景気とインフレの動向を見極めつつ、24年は政策金利を現行水準で維持すると予想する。

実質GDP成長率は2023年が+4.0%(2022年:+8.7%)と低下するが、2024年が+4.5%まで上昇して巡航速度の成長に回復すると予想する。
(図表5)マレーシアの実質GDP成長率(需要側)/(図表6)マレーシアのインフレ率・政策金利
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経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠 (さいとう まこと)

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴
  • 【職歴】
     2008年 日本生命保険相互会社入社
     2012年 ニッセイ基礎研究所へ
     2014年 アジア新興国の経済調査を担当
     2018年8月より現職

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