2023年12月19日

中国NSSF、投資規制を緩和へ【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(60)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――低迷する株式市場へのアナウンスメント効果を企図か。

中国財政部は12月6日、全国社会保障基金の国内投資に関する改定案(意見募集稿)1を発表した。株式など投資規制を緩和するとした内容であるが、低迷する株式市場へのアナウンスメント効果を期待してのことと考えられる。その理由は、発表されたのがあくまで意見募集稿であり、発効までは社会からの意見募集、更なる改定、規定の発出と一定の時間が必要となるからである2

今回の発表を聞いた瞬間、2015年に政府が類似の策をとったことを思い出した3。2015年前半の中国株式市場の低迷に際して、政府は6月に年金積立金の株式投資解禁の意向を示したからである。その際も今回と同様、意見募集稿であった。政府は国が管理する全国社会保障基金(2.6兆元/52兆円)、年金積立金(7兆元/140兆円)をその時々で活用することによって、株式市場の回復に向けた機運を高めようとしている。
 
1 財政部(2023)「全国社会保障基金境内投資管理弁法(征求意見稿)」。
2 意見募集の締め切りは2024年1月5日までとなっている。
3 片山ゆき(2015)「偶然か必然か、怪我の功名か。-年金積立金の株式投資解禁へ」、基礎研レター、ニッセイ基礎研究所。

2――全国社会保障基金の役割と運営状況

2――全国社会保障基金の役割と運営状況

全国社会保障基金(以下、「社保基金」)は、少子高齢化によって年金など社会保障給付が膨らみ、財源が不足した際に備えるための基金である。社保基金の財源は主に中央財政からの予算、国有企業の株式売却益、宝くじの収益金、社保基金の運用収益などで構成されている。つまり、公的年金の積立金(年金積立金)とは全く別物となる。運営は全国社会保障基金理事会(National Council Social Security Fund,PRC、略称はNCSSF、社保基金会)が担っている。

社保基金の運用は自家運用と委託運用があり、海外での運用も可能となっている。その一方で社保基金会は年金積立金の一部の運用も引き受けており、中国における老後の生活を支える資金を管理・運用する上で重要な役割を果たしている。

社保基金の2022年の財源について確認してみると、政府から社保基金への拠出金は合計641億元となっている。その内訳は一般公共予算(一般会計)から50億元、国有資本経営予算から100億元、宝くじの収益金が402億元、その他889億元となっており、宝くじの販売収益が大きく寄与していることが分かる。

一方、2022年末時点の社保基金の総資産は前年比4.7%減の2兆8835億元(57兆円)であった。総資産から運用期間中に発生した短期負債、人件費など(合計2819億元)を差し引いた実質的な資産は2兆6016億元(52兆円)となった(図表1)。2022年の公的年金の積立金が7兆元(140兆円)であることを考えると、そのおよそ半分の規模となる。

なお、社保基金の運用は総資産のうち66.8%が外部の運用機関への委託運用、33.2%が社保基金会による自家運用となっており、海外投資は資産全体の9.8%と1割ほどであった。2022年の運用状況は株式市場の低迷を受けて収益が1381億元の損失となっており、投資収益率も-5.07%となった。
図表1 全国社会保障基金の資産状況(2022 年)

3――20年ぶりの運用規定の大幅改定

3――20年ぶりの運用規定の大幅改定。経済・金融市場の成長に適した内容へ。

冒頭で、意見募集稿を公表するタイミングについて述べたが、運用規定の改定そのものについては2022年から段階的に準備が進められていたようである。そもそも社保基金の運用規定の端緒は2001年にまで遡る4。その後、経済・金融市場の成長とともに、投資範囲や上限など細かな部分をその都度緩和してきた。2006年には社保基金の海外への委託投資も開始している。

今回の大幅改定は2022年8月から旧規定の改定に着手し、それを基に意見募集稿の初稿を起草している5。その後、関係する政府機関や監督当局などからも意見を集めたようだ。2023年3月以降、関係部署から集めた意見を基に、人力資源社会保障部(労働問題や社会保障制度を担う政府機関)と社保基金会の間で検討が重ねられ、今般の意見募集稿が作成された。当初の規定から20年を経て、現在の金融市場に適し、社保基金の運用能力を高めつつも、より実体経済に貢献できるよう改定されている。主に投資商品の拡充、投資上限の調整、各種費用の引き下げとなっている。

内容をみると、対象となる運用商品については2001年の規定よりも大幅に拡大した。運用商品は当初、安全性や流動性が重視されていたが、今般の改定では収益性や長期にわたる投資によってリスクを吸収する点により重きが置かれている。運用商品については銀行間預金、政府債、地方債、エクイティ投資、資産証券化商品、優先株、ETF(上場投資信託)など、2001年の規定では盛り込まれていなかった商品やその投資上限についても規定された。

安全性・流動性が高い銀行預金については1行あたりの投資上限が50%から25%に引き下げられる一方、債券、ファンド、株式やPE投資など収益性の確保や新たな産業育成といった分野の投資はその種類を細分化し、上限も引き上げられている。例えば、今般の意見募集稿では、直接PE投資・非上場企業の優先株への投資の上限を20%、産業投資ファンド・PE投資ファンド(創業投資ファンドを含む)への投資上限を10%とし、当初の全体で20%から10%ほど上限が引き上げている。

一方、社保基金の長期・安定的な投資といった特性を活かし、財政の厳しい地方の地方債への投資や、政府系投資会社である中央匯金投資の債券(匯金債)などへの投資も可能とした6。中央匯金投資はこれまでも株式市場への支援策として相場を短期的に買い支えたこともあり、社保基金に対しても側面的な支援が期待されていると考えられる。政府による大型の財政出動が難しく、更に少子高齢化で老後の年金保障及びその持続可能性が重視される中で、社保基金の金融市場でのプレゼンスは向上し続けている。中国の社会保障関係の資金運用動向は、社会保障制度の持続可能性にとどまらず、中国の株式市場の動向ひいては中国の経済動向へと幅広く影響を与えうるものである。日本の関係者の関心も高いと思われることから、引き続きその動向を注視していきたい。
 
4 財政部・労働保障部(2001)「全国社会保障基金投資管理暫行弁法」。
5 中国証券網「財政部発布≪全国社会保障基金境内投資管理弁法(征求意見募集稿)≫」2023年12月6日、https://news.cnstock.com/news,bwkx-202312-5159787.htm、2023年12月11日アクセス。
6 銀行預金、銀行間預金、国債、政策性・開発性銀行債券、地方債、中国国家鉄道集団による鉄道債、中央匯金投資の債券を含め上限は40%に設定されている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2023年12月19日「保険・年金フォーカス」)

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