2023年12月05日

中国フレキシブルワーカーの年金問題

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――「フレキシブルワーカー」の社会への浸透

中国ではフレキシブルワーカー(中国語では「霊活就業人員」)としての働き方が社会に浸透する中で、それを支える社会保障をどうするかが大きな課題となっている。多くがオンライン上のアプリを通じて直接業務を引き受けるため、雇用契約などを結んでいないケースが多く、医療、失業、労災、年金といった社会保険に加入できていない、または加入していたとしても保険料を支払えていない点が課題とされている。政府も対策に乗り出しており、特に力を入れているのがプラットフォームを通じて働くフレキシブルワーカー1だ。

中国ではプラットフォーム経済(中国語で「平台経済」)、シェアリング経済(中国語で「共享経済」)といったオンラインを通じたモノやサービスの取引が拡大し、消費全体を大きく支えている2。例えばEC(電子商取引)、フードデリバリー、ネット上で購入した商品の配達、オンライン配車などプラットフォームを通じて働く人々である3。国家統計局によると、こういったフレキシブルワーカーは2021年時点で2億人とされ、中国の就労者のおよそ27%を占めるに至っている。また、民間の研究所によると2036年には4億人まで増加するとの予測もある4

フレキシブルワーカーは、中国の新しい経済や人々の生活を支え、その規模も大きい。加えて、新型コロナウイルス禍以降、経済成長が鈍化し、多くの企業が正規雇用を控える中で雇用の調整弁としても機能している。昨今では大学や大学院卒業生の就職難が社会問題となっているが、その一時的な受け皿としての機能にも注目されている。フレキシブルワークを取り巻く課題は、新たな就業形態として社会に浸透し、新たな経済を支えている存在にもかかわらず、就労中の事故や病気に際しての保障や老後に向けた備えといった基本的なリスク保障が不十分である点にある5。本稿ではフレキブルワーカーについて、特に老後保障である公的年金に着目し、政府による措置、加入状況、今後の課題などを確認する。
 
1 中華人民共和国人民政府「広東:全面取消霊活就業人員戸籍参保門檻」、2021年5月11日、https://www.gov.cn/xinwen/2021-05/11/content_5605734.htm、2023年11月27日取得。フレキブルワーカーそのものには、個人事業主、パートタイム就業者に加えて、新たな就業形態としてプラットフォームを通じた雇用などが含まれている。
2 人力資源社会保障部によると、2022年の中国における小売販売総額が前年比0.2%減の44.0兆元。ネットを通じた小売販売額が前年比4%増の13.8兆元、シェアリング経済による取引額が前年比3.9%増の3.8兆元。
3 注釈1参照。
4 第一財経資訊「報告:中国霊就業人員約2億人、過半数呈現金融脆弱性特征」、2023年9月24日、https://www.163.com/dy/article/IFDGAU520519DDQ2.html?spss=dy_author、2023年11月28日取得。
5 雇用主や派遣元と契約や協議を交わしている場合は社会保険や民間保険会社が提供する団体保険商品に加入しているケースが多い。

2――フレキシブルワーカーによる年金加入要件の緩和

2――フレキシブルワーカーによる年金加入要件の緩和

中国の社会保険制度は加入する制度が戸籍(都市/農村)によって峻別され、市単位で給付内容が異なるなど、戸籍や地域の制限を受けやすい佇まいとなっている。フレキシブルワーカーの多くが出稼労働であることを考えると、社会保険への加入はハードルが高いと言えよう。

通常、都市の就労者を対象とする都市職工年金に加入する場合、加入者は当該地の都市戸籍を保有し、雇用主との間で雇用契約が締結されていることが前提とされている。しかし、フレキシブルワーカーの増加にともなって、地方政府によっては戸籍の制限を緩和し、雇用契約がない場合でも現在働いている地域の都市職工年金に加入することができるなどの措置を導入し始めている(図表1)6。なお、フレキシブルワーカーは都市職工年金以外にも都市・農村住民年金への加入も可能である。対象者はいずれかを選択の上、任意で加入することになる。
図表1 フレキシブルワーカーが加入可能な公的年金制度
ただし、フレキシブルワーカーが都市職工年金に加入する場合、正規雇用者とは条件が異なる点には留意が必要であろう。フレキシブルワーカーが都市職工年金に加入する場合、個人で保険料率20%分を負担する必要がある。正規雇用者(強制加入)の場合は、雇用主が保険料率16%分を負担し、個人の負担は8%となっている。正規雇用者の場合の保険料負担率の合計は24%であるのに対して、非正規雇用は20%と軽減されているものの、全て個人で支払うとなると負担感は重いと言えよう。
 
6 戸籍の規制は各市によって異なる。

3――フレキシブルワーカーの公的年金制度への加入

3――フレキシブルワーカーの公的年金制度への加入は正規雇用と比較しても大幅に低い状況

では、フレキシブルワーカーの年金への加入状況はどうであろうか。ここでは国際労働機関(ILO)と中国の人力資源社会保障部(MOHRSS)による「中国の社会保険の手続きに関する行政サービス能力の向上と皆保険の実現(2019-2022)」7(以下、「調査」)を参考に確認する。調査では対象を(1)プラットフォームでの正規雇用、(2)プラットフォームでの非正規雇用(フレキシブルワーカー)、(3)プラットフォーム以外の業種での非正規雇用(フレキシブルワーカー)に分類しており、特にプラットフォームでの雇用に注目した調査となっている。

図表2は調査に基づいて、上掲の(1)~(3)がそれぞれどのような公的年金制度に加入しているかを示したものである。それによると、政府が対策を強化しているプラットフォームのフレキシブルワーカーは、非正規雇用を対象とした都市職工年金への加入が22.1%と最も多く、次いで都市・農村住民年金への加入が19.0%となった。公的年金制度に加入しているのは全体の57.1%と6割にも満たない状況である。一方、プラットフォーム以外のフレキシブルワーカーについては、都市・農村住民年金への加入が19.5%と最も多く、次いで都市職工年金(非正規雇用)が15.8%となった。公的年金制度に加入しているのは全体で41.1%と4割ほどとなった。

プラットフォームを経由して働くフレキシブルワーカーの方がそれ以外の業種で働くフレキシブルワーカーよりも総じて加入率が高く、新たな措置についても部分的に効果が出てきている点がうかがえる。ただし、プラットフォームの正規雇用者の年金加入が全体で78.5%とそれ以外よりも大幅に高く、その多くが都市職工年金(正規雇用)への加入(55.4%)となっている。一方、プラットフォームのフレキシブルワーカーの場合は57.1%と低く、都市職工年金(正規雇用)への加入に至っては16.0%と一段と低くなっている。

また、公的年金制度に加入していたとしても将来受給する年金が十分なのかといった十分性の問題も浮上してくる。その理由は、賃金が不安定なフレキシブルワーカーは都市職工年金に加入したとしても保険料納付の際の基準を自身で選択することができ、その多くが最低基準(加入地域の前年の平均給与の60%)に基づいて保険料を納めているからである。図表3において、プラットフォーム以外の業種のフレキシブルワーカーは70.9%、プラットフォームを経由して仕事をするフレキシブルワーカーは53.6%が最低基準(加入地域の前年の平均給与の60%)に基づいて保険料を算出し、納付していることになる。この場合、将来受給する年金は正規雇用者と比較しても相対的に少なくなる。たとえ受給ができたとしても老後の生活を支える上で十分な金額とは言えない状況となる可能性が高い。
図表2 公的年金制度への加入状況/図表3 年金保険料納付に際して適用した基準額(フレキシブルワーカーの場合)
 
7 報告書は、EUが調査研究の資金を提供し、国際労働機関(ILO)と中国人力資源社会保障部(MOHRSS)が実施。実質的な調査はILOとMOHRSSの委託を受けて、中国労働社会保障科学研究院が行った。アンケート調査(有効回答件数3145件)に加えて、企業への聞き取り(79社、うち70%がプラットフォーマー企業)浙江省、四川省、広東省、北京市の地方政府、社会保障行政部門への聞き取り、現地調査なども実施している。

4――公的年金制度への加入

4――公的年金制度への加入は保険料の負担感の緩和や関連政策の周知が重要

では、フレキシブルワーカーの公的年金制度への加入が進まないのはなぜか。調査では公的年金制度に加入していない対象者に対して、その理由を聞いている。それによると、まず、保険料の負担が重いと感じ、支払いに苦労している点が挙げられよう。例えば「収入が安定しておらず、(加入したとしても)保険料の納付が途切れやすい」がいずれの働き方においても最も多く、「個人では保険料を支払う能力がない」もフレキシブルワーカーの3割ほどを占めた(図表4)。その一方で、フレキシブルワーカーが都市職工年金へ加入が可能となるなどの「関連する政策を理解していない」も多く、昨今の緩和措置などが広く認識されていない可能性がある点も見受けられた。

フレキシブルワーカーは納める年金保険料を一定程度調整することができるが実際の負担感はどれほどなのか、それを示したのが図表5である。都市職工年金に加入しているフレキシブルワーカーは自身が受け取った賃金ではなく、一定の範囲内の基準額を選択し、保険料を納めることができる。納付した年金保険料額が収入全体に占める割合をみると、フレキシブルワーカーの7割から8割が19%以下という結果となっている(図表5)。更に納付した年金保険料額が収入全体の10%未満なのは、プラットフォーム以外の業種の場合は34.8%、プラットフォームのフレキシブルワーカーも28.9%と3割ほどにのぼる。収入が不安定で保険料を継続して支払うことが難しいといった点からも年金保険料を低めに調整し、実際の拠出額を抑えようとする傾向がある点をここからもうかがうことができる。

その背景の1つにはフレキシブルワーカーが若年層を中心としており、業務中のケガや病気といった労災保険や医療保険の優先度が高く、老後の生活への備えである年金についてはそれほど優先度が高くないといった点も挙げられる。ただし、業務中のケガや病気といったリスクに対しては雇用主や派遣元による民間団体保険への加入、企業福利としてのお見舞金制度などの取り組みが進み、自身でも低額の傷害・疾病保険商品の加入も可能である。一方、将来訪れる老後の生活への備えについては自身でその必要性についてより意識し、長期にわたる準備が必要となる。今後さらに進む少子高齢化、長寿化に向けて、フレキシブルワーカーについても更なる意識の向上や対策が必要となる。
図表4 公的年金制度に未加入である理由/図表5 年金保険料の負担感(都市職工年金に加入するフレキシブルワーカー)
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2023年12月05日「基礎研レター」)

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