2023年10月20日

米国における連邦による保険資本規制-FRBが保険業務に大きく関与する預貯金取扱機関持株会社に対する資本規則を最終決定-

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1―はじめに

米国における保険会社の監督・規制は、基本的には州をベースに行われている。ただし、2008年の金融危機を契機として、2010年にドッド・フランク法が成立し、連邦による規制が導入されることになった。

この結果、現在、(1)NBFC(ノンバンク金融機関)でありながら、SIFI(Systemically Important Financial Institutions:金融システムの安定に重大な影響を与えるような会社)に指定された保険会社(Systemically Important Insurance Companies)、(2)保険業務に大きく関与している預貯金取扱機関持株会社(Depository Institutional Holding Company significantly engaged in insurance activities)(以下で、「保険預貯金取扱機関持株会社(Insurance Depository Institution Holding Companies)」とも言っている)1の2つに該当する会社については、FRB(連邦準備制度理事会)による検査、規制、監督を受けることになっている。

FRBは、2023年10月6日に、保険業務に大きく関与している預貯金取扱機関持株会社に対する資本規則を最終決定したと発表2しているので、この概要を報告する。また、併せて、FRBは、2022年9月に、保険業務に大きく関与している預貯金取扱機関持株会社に対する、FRBによる監督枠組みに関するガイダンスを公表しているので、これについても報告する。
 
1 SLHCs(Savings and Loan Holding Companies:貯蓄貸付持株会社)又はBHCs(Bank Holding Companies:銀行持株会社)として組織化される会社であるが、現在BHCでこれに該当する会社はない。2021 年末時点で、FRB は保険業務に大きく関与している預貯金取扱機関持株会社 6 社(これらはすべてSLHCs))を監督しており、2021 年 9 月 30 日時点での 6 社の総資産は約 8,000 億ドル、うち 3 社は総資産が 1,000 億ドル超、5 社は保険付き預金資産が総資産の半分未満となっていた。
2 https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/bcreg20231006a.htm

2―これまでの経緯等

2―これまでの経緯等

FRBは、連邦による監督下にある保険会社に対するグループ資本規制に対するアプローチ等について、2016 年6 月に、以下の2つの提案を行った。

(1) SIFI に対する強化された健全性基準を適用する規則案

(2) SIFI 及び保険業務に大きく関与している預貯金取扱機関持株会社に適用される規制上の資本要件に対するアプローチについてのANPR(規制制定案事前通知)3

(1)のSIFI に対する規制に関しては、コーポレート・ガバナンスやリスク管理基準および流動性リスク管理規準等が提案された。(2)のANPR がグループ資本基準の算出に関するものである。

このうちの、グループ資本規制に対するアプローチについては、保険会社のタイプにより、SIFI に適用される「CA(連結アプローチ)」と、保険預貯金取扱機関持株会社のための「BBA(ビルディング・ブロック・アプローチ)」と呼ばれる2 つのアプローチが提案された。

この提案の内容については、基礎研レポート「米国における連邦による保険資本規制FRBが金融システムの安定上重要な保険会社等に対する資本規制のアプローチ等を公表-」(2016.6.14)で報告した。

その後、FRBは、2016年6月のANPRに対するコメントを踏まえて、2019年9月にNPR(規制制定案通知)を発行4、10月に「規制資本規則:保険業務に大きく関与している預貯金取扱機関持株会社に対する RBC要件」を公表5して、パブリックコメントを求めた6。ここでは、ANCRで説明されていたBBAの枠組みの下で、既存の州ベースの保険資本基準に基づいて、連結要件に集約する方式が提案された。なお、2018 年10月以降、SIFIに指定された保険会社が存在していないことを考慮して、CAの開発は延期された。

FRBは、2023年10月6日に、この提案に対するコメントを受けて、一定の変更を行ったが、実質的には提案と同等の規則を最終決定し、2024年1月1日から発効すると発表した。
 
3 ANPRは、FRB が検討の初期段階で、正式の提案を出す前にフィードバックを求めているものである。
4 https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/bcreg20190906a.htm
5 https://www.federalregister.gov/documents/2019/10/24/2019-21978/regulatory-capital-rules-risk-based-capital-requirements-for-depository-institution-holding
6 FRBは、2019年9月時点で、自身が監督する貯蓄や融資を保有する相互保険会社8社(USAA、TIAA、ステート・ファーム、アメリプライズ、AAA、ミューチュアル・オブ・オマハ、オハイオ・ファーマーズ、ファースト・アメリカン)をターゲットにしていると発表していた。

3―連邦による保険会社の資本規制の概要

3―連邦による保険会社の資本規制の概要

この資本規制の概要は、以下の通りとなっている。
 

(1) グループ全体の会社を、同じ資本制度の下でカバーされる「ビルディングブロック」にグループ化する。

(2) 各ビルディングブロックの資本リソースと要件を、各ビルディングブロックの資本制度を適用して計算する(例えば、米国保険会社にはRBC制度、預託機関には銀行の規制資本要件。さらに、金融危機の経験を踏まえて、規制のギャップと裁定取引のリスクに対処するために一般に重要な非銀行/非保険には銀行の規制資本要件を適用する)。

(3) 各ビルディングブロックの資本ポジションを合計して、グループ全体の資本ポジションを計算する。

(4) ただし、各ビルディングブロックの計算及びそれらの集計プロセスにおいて、例えば以下の調整が適用される。
・個々の州が認める許可された会計実務に関係なく、NAIC が定めるSAP を均一に適用する。
・会社間取引から生じる可能性のあるダブルレバレッジを含むダブルカウントを回避するための措置を行う。
・ドッド・フランク法のコリンズ修正条項7に準拠して、たとえば、銀行資本規則に基づく基準を満たす金融商品のみが保険持株会社の資本として認められる。

(5) さらに、各ビルディングブロックに調整が適用された後、異なる資本制度下での異なる比率と臨界値の調整を行うために、資本制度に応じたスカラーの設定が行われる。

こうして算出される資本ポジションに対して、保険事業に固有の最低資本要件を設定している。また、保険業務からのリスクを含む会社全体のリスクに比較して資本が不足している場合、資本の配賦や配当支払いを制限できる(最低資本要件に加えての)バッファーがある。

具体的には、以下のBBA 比率について、最低資本要件は250%、バッファーは235%(最低資本要件との合算では485%)となっている8
 

BBA 比率
= 合算ビルディングブロック利用可能資本/合算ビルディングブロック資本要件

このように、BBA は、銀行とは実質的に異なる保険事業に固有のリスクを考慮しており、銀行の自己資本要件に使用される計算とは異なっているが、BBA の下での最低資本要件は、銀行の健全性の主要な尺度であるリスク加重資産の8%に設定されている最低資本要件に相当すると説明されている。

なお、FRB はまた、異なる州ベースの保険資本要件と銀行資本要件の間の差異を調整するために、これらの制度の下での過去の債務不履行を分析することにより、FRBが使用することを提案するスケーリング(スカラーの設定)の方法論を説明する文書9を公表している。

保険預貯金取扱機関持株会社は、一般的に、米国内の事業が中心で、複雑でなく、システム上重要でない。BBA は、既存の単体ベースの規制資本の枠組みを効率的に使用することで、コストや負担を抑えて、迅速に開発、実施できる。また、リスク感応度と簡素化の間のバランスをとりつつ、各社のビジネスモデルや保険リスクに十分対応することが可能となる、としている。
 
7 ドッド・フランク法のコリンズ修正(セクション171)は、とりわけ、FRB が、付保預貯金取扱機関(Insured depository institutions)に現在一般的に適用される資本要件以上で、ドッド・フランク法の制定時に有効なこれらの機関に対して一般的に適用される資本要件よりも量的に低くない、連結のリスクベースの最低資本要件を設定することを要求している。この規定の2014 年の改正では、これらの最低資本要件の適用において、FRB は、州の保険監督当局によって規制される人物または保険事業に従事するそのような人物の規制対象の外国子会社または関連会社を含める必要がないと規定している。
8 250%は、RBCの会社行動段階とトレンドテスト段階の間の水準、235%は、銀行規則の2.5%相当のバッファーに基づいている。
9 様々な規制枠組みにおける資本要件の比較https://www.federalreserve.gov/newsevents/pressreleases/files/bcreg20190906a1.pdf

4―FRBによる2022年9月の監督枠組み

4―FRBによる2022年9月の監督枠組みに関するガイダンスの公表

FRBは、2022年9月28日に、監督対象保険機関と呼ばれる、保険業務に大きく関与している預貯金取扱機関持株会社に対する新たな監督枠組みを採用した。預貯金取扱機関持株会社は、保険引受会社である場合、またはその連結資産の25%以上が保険引受子会社によって保有されている場合に、監督対象保険機関とみなされる。

この枠組みは、銀行と保険の違いを反映するように特別に設計された監督アプローチを提供している。このガイダンスでは、以下が規定されている。

(1) 監督上のガイダンスの適用、リソースの割当および監督上の活動の実施における、リスクベースのアプローチに基づく比例的な適用(監督対象保険機関の複雑さとリスクプロファイルによる)

(2) 監督対象保険機関の格付け(資本管理、流動性管理、ガバナンス・統制の3つの構成要素による)

(3) (監督上の重複を伴う負担軽減のため)他の監督当局(州の保険監督当局等)の業務の組込み

5―まとめ

5―まとめ

以上、FRBによる、保険業務に大きく関与する預貯金取扱機関持株会社に対する資本規則の最終決定等について、報告してきた。

米国における保険グループに対する資本規制としては、NAIC(全米保険監督官協会)がGCC(グループ資本計算)を開発及び導入してきている。FRBは、可能な限り、2つの資本の枠組みの間で一貫性を保つことを目的として、NAIC および州の保険監督当局との対話を通じて調整を行ってきた。関連する監督当局と法律上の義務や制限の違い等の法的環境や目的がやや異なることを尊重しながら、共通性のある分野を特定し、また2つの資本枠組み間で不必要な重複や負担が生じないようしてきた。

この結果として、たとえば BBA と GCC の両方の対象となるグループはなく、代わりに、FRB と州は、ともに監督するグループに関する情報を共有することになっている。

なお、NAIC とFRB は、国内及び国際的なその他の関係する管轄区域と協力して、AM(合算法)を開発している。米国は、AMが、IAIGs(国際的に活動する保険グループ)に対して適用するためにIAIS(保険監督者国際機構)が開発しているICS と同等の結果を生み出す代替手法となることを目指している。

米国における保険グループに対する資本規制を巡る動きについては、関係者の関心も高いことから、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2023年10月20日「保険・年金フォーカス」)

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