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気候関連リスクと金融機関の資本規制の検討に関する最新状況(英国)-イングランド銀行の報告書の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
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1 Bank of England report on climate-related risks and the regulatory capital frameworks
https://www.bankofengland.co.uk/prudential-regulation/publication/2023/report-on-climate-related-risks-and-the-regulatory-capital-frameworks
1――英国における気候変動リスクへの監督対応
報告書の前提として、英国における金融分野の監督体制について簡単に触れておく。英国における銀行等の規制は、
金融システム全体の安定化(マクロプルーデンス)は、金融政策委員会(Financial Policy Committee :FPC)、
個々の金融機関の健全性の確保(ミクロプルーデンス)は、健全性監督機構(Prudential Regulation Authority :PRA)、(以上2つはイングランド銀行の内部組織)
金融事業者による業務上の行為の監督は、独立した、金融行為監督機構(Financial Conduct Authority)
が、それぞれ担う体制になっている。
つまり、個々の金融関係機関の監督については、銀行・証券・保険といった業種別でははなく、「健全性」と「業務上の行為」という切り口で分担した監督体制となっている。
そうしたことから気候関連リスクへの対応も、金融全般にわたる共通の方針があって、あとで銀行と保険の違いに着目して、必要ならば対応方針を分けていく、という方針になるようだ。
2021年10月にイングランド銀行は気候変動適応報告書を発行しており。ここで最初の考え方と、銀行と保険会社の規制上の資本の枠組みを示した。この時点では資本モデルや信用格付けなどを通じて、気候リスクをある程度は把握できているとした。
しかし気候リスクの推定が困難であること(能力ギャップ、と称する)、リスクの捕捉が不完全であるために既存の資本規制に課題があること(レジームギャップ、と称する)も認めており、将来に向けた検討が必要であると結論づけていた。
今回の報告書は、その検討の最新状況を示したものである。
2――報告書における主な調査結果
銀行や保険会社には、将来の気候関連損失に備えて十分な資本を備えているかどうかについては不確実性が生じている。このことは金融システム全体も個々の会社についても監督当局がどう規制していくかについて課題があることをも示している。監督当局はリスクをできるだけ定量化し、それがリスク選好の範囲内にあるかどうかを判断する必要があり、その後の政策もそれに左右されるだろう。
2|まずはそれぞれの銀行・保険会社の、能力ギャップへの対処が必要
銀行や保険会社が、十分にリスクをコントロールできるなら、必要資本も少なくて済むが、そうでないならば、十分に資本を準備する必要がある。
まずは、保険会社それぞれが気候関連リスクの特定、測定、その管理方法を発展させることで「能力ギャップ」への対処を確実にすすめていかなければならない。
3|レジームギャップへの対処
気候関連リスクは、従来のリスク分類のどこかに潜んでいるものではあるが、リスクの複雑さ、不確実性、そして前例がないかもしれない現れ方に関連しており、過去のデータが使えなかったり、予測の仕方が不明であったりする特徴がある。これを資本規制に持ち込むには、
・そのモデリングが困難であること、
・気候リスクエクスポージャーの評価に利用可能な企業や個人も含めた経済全体のデータがないこと
・財務会計への反映の仕方が存在しないために、予期される損失が反映されないこと(=資本が過大評価されてしまうこと)
などの問題がある。
気候関連開示の社会全体での基準を作成することや会計基準の整備が必要になってくる。
こうした社会・経済全体での進歩を前提として、規制当局側では、気候シナリオのベースラインやストレステストを引き続き開発していく予定としている。これらの枠組みを開発し、その結果資本要件をどう定めるかを検討する必要がある。その過程において個々の銀行・保険会社のリスク管理も進歩することが期待される。
4|マクロプルーデンス
金融システム全般のレジームギャプがどんなものかについては、ほとんど何もわかっていないに等しく、今後の研究が必要である。
そこでは、気候リスクをどう評価し、企業の行動にどう影響し、どんな意図しない結果がでてくるか、それをどう緩和するかなどについて、いずれは評価していく必要がある。
気候変動リスクが今は不確実であり、社会全体としては、いわゆる「ネットゼロ」(温室効果ガス排出量を実質ゼロにする目標)への秩序ある移行を促進する必要があることを考慮すると、そうした状況下でマクロプルーデンス政策を調整していくことは、有意義ではあるが非常に困難な仕事である。
引き続きレジームギャップの性質と重要性を研究し、対処方針について検討することとする。
5|今後の研究課題
気候関連リスクを資本規制の枠組みに取り入れることについては、イングランド銀行は広く意見募集もしているが、まだ限定された研究に留まっているようだ。上で述べたことの繰り返しにもなるが、以下のような課題について、専門家の論文を募集することも含めて、各分野の分析を進めていく。
・各会社が能力ギャップを埋める進歩を継続できるようにすること
・気候関連リスクに対する金融システムの回復力を判断する能力とツールを構築すること
・気候関連情報開示を強化する動きをサポートすること
・気候関連リスクの説明方法を洗練させること
・資本規制のレジームギャップの理解と対処
・気候変動による金融リスクを管理するための銀行及び保険会社のアプローチの強化
・各テーマについての国際的な議論に参加すること
3――(参考)銀行と保険会社の違いについて
気候関連リスクは、以下のような点で、保険会社には銀行と異なる様相で影響を及ぼす。
〇銀行では資産に影響を与えるが、保険会社に対しては資産・負債両方に影響を与える。例えば預金を払い出すことは気候関連リスクの影響を受けないが、洪水などによる住宅の破損などは、火災保険の対象であって支払う保険金額は大きく増加する。
〇保険会社の負債は、複雑な数理計算に基づくものであり、専門家のモデル化、特別な知識、およびそれに基づく判断に、その評価額は依存している。
〇ソルベンシーII体制は、全体的なバランスシートを用いたアプローチであって、資産と負債の間に複雑な相互作用があることを考慮して設定されている。あるいは、物理的リスクの相関や大きなリスクエクスポージャーをもっている可能性がある。(再保険によるリスク増も考慮する必要がある。)
一言で言えば、保険会社は自然災害などのカバーをすること、それについて将来の評価(特に負債側)をする必要があることから、銀行よりも気候関連リスクに対して脆弱である可能性がある、ということである。
4――おわりに
(2023年04月27日「基礎研レター」)

03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
安井 義浩のレポート
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