2023年02月28日

複数の国にまたがる年金基金の状況(欧州2021年末)-EIOPAが公表した報告書(2022年12月)の紹介

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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1――はじめに

EUでは、年金基金(IORP : Institutions for Occupational Retirement Provision)のうち、本拠を置く本国の他にEU内の他の国でも活動するものがあり(以下本稿では、「クロスボーダー年金基金」と呼ぶことにする。)、EIOPA(欧州保険年金監督機構)がその状況(本国、受入国、資産状況、DB・DCの内訳など)を定期的に報告書として発行している。最も新しい報告書1が2022年12月(前回はその1年前)に発行されているので、その概要を紹介する。

2――EUにおける、クロスボーダー年金基金の状況

2――EUにおける、クロスボーダー年金基金の状況

1基金の数と規模
ここでいう、クロスボーダー年金基金は、スポンサー企業と基金加入者や年金受給者との関係において、自国以外の国の社会・労働に関する法律に準拠する必要がある年金基金のことを指す。

EEA(欧州経済領域 脚注2参照)内のクロスボーダー年金基金には、2021年末時点で、加入者と年金受益者あわせて93,000人(2020年末:70,000人)がおり、130億ユーロの資産(2020年末:113億ユーロ)があり、前年に比べて大幅に増加している。基金数は31で、2020年末の33基金からは2基金(マルタとアイルランドを本国とする1基金ずつ)が消えている。

年金基金全体の中では、クロスボーダー年金基金は、加入者と受益者については全体の0.2%、資産については全体の0.4%に過ぎないものではある。
 
これらは依然として少数の国7か国(2020年末の8か国から、マルタ1か国減)に集中して存在している。

実施国の数は、イタリアとスウェーデンを受入国とする基金が加わったので、増加している。
2本国と受入国の関係
年金基金の本国についてみれば、ベルギーが15か国をカバーする最大の母国であり、受入国についてはオランダが最大(13か国を受け入れ)である。1年前の前回報告でも言われていたことだが、複数の国にまたがる年金基金の数は2010年頃から増えておらず、今後大きな増加も見込めない状況にある。
本国・受入国の関係
報告書内に記載された図を、筆者が改めて作成
もともと、クロスボーダー年金基金を設立するメリットは、一貫したリスク管理やコスト管理がなされること、従業員が国を超えて移動した場合でも一元的な年金制度を提供できることなどであるとされ、ICT革新によってさらに容易にシステム管理できるであろうといった見通しもあった。

ところが実際には、デメリットとしての、受入国の年金関係の法律を本国とは別に適用する必要があること、逆に管理が複雑になりコストがかさむこと、リスク管理的にもオペレーショナルリスクが増大すること、国によってそれらの度合いも異なること、といった点が、メリットを上回っていると認識されているということであろう。
 
2 リヒテンシュタインはEU加盟国ではないが、EEA加盟国であり、今回の調査に含まれている。
(参考)現在の欧州の主要な枠組み(外務省HPによる。)
EU加盟国27か国 オーストリア ベルギー ブルガリア クロアチア キプロス チェコ デンマーク エストニア フィンランド フランス ドイツ ギリシャ ハンガリー アイルランド イタリア ラトビア リトアニア ルクセンブルク マルタ オランダ ポーランド ポルトガル ルーマニア スロバキア スロベニア スペイン スウェーデン
EEA(欧州経済領域) 30か国  上記27か国に加え リヒテンシュタイン アイスランド ノルウェー
EFTA(欧州自由貿易連合) 4か国  リヒテンシュタイン アイスランド ノルウェー スイス
ちなみに
NATO(北大西洋条約機構) (EUに加え)英国、トルコ、アルバニア、モンテネグロ、北マケドニア、米国、カナダ、ノルウェー、アイスランド
3年金基金で取り扱う年金のタイプ
取り扱う年金のタイプを大きく分けると、確定給付年金(DB)と確定拠出年金(DC)とがある。これについては、2020年の英国のEU離脱以来、EU内の様相は変化している。

もともと、前々回調査の時期の2017年末には、複数の国にまたがるものに限らない年金基金すべて約16万件の15万件近くはDCのみを取り扱う年金基金であった。

それらの中には英国の小規模の年金基金が多く含まれていたので、英国のEU離脱後は、DCはさらに件数に占める割合が小さくなり、さらに資産ベースでみるとDBの資産規模が大きいため、逆にDCはわずかだった。実際、2021年末における状況をみると、件数ベースではDCは4分の1程度。資産ベースではさらに小さく1割程度でしかなくなっている。そういった意味ではDBが依然として主流であり、近年DCが増加傾向にあるようではあるが、今後の動向をみていく必要がある。

また、複数の雇用主によるクロスボーダー年金基金が増加している。逆にみれば、クロスボーダー年金基金のほぼ半数が、複数の雇用主に年金制度の利用を提供している。

こういう状況もあってか、クロスボーダー基金の数が2つ減少したにもかかわらず、スポンサー企業は約40%増加している(主にベルギーとリヒテンシュタインを本国とするものが増加)。

ところで、4つのクロスボーダー年金基金(2つがベルギー、2つがルクセンブルク)は、自国ではサービスを提供していないことがわかった。こうしたケースにはどんなリスクがあるのかにつき、今後の監督において、より注意していく必要があるかもしれない。
4資産・負債
クロスボーダー年金基金の資産については既に触れた通り130億ユーロ(2020年末:113億ユーロ)であった一方、負債の方は合計で114億ユーロ(2020年末:105億ユーロ)であった。

クロスボーダー年金基金のうち、DBにおいては保有資産が負債をカバーできているかを常時チェックする必要があるが、DBを有する5つの本国で、その条件は満たされている。

3――おわりに

3――おわりに

クロスボーダー年金基金は今後さほど増加しそうにはないとの認識だが、複数の国にまたがる仕組みとなると、政治・法律上あるいは監督上様々な問題が生じるであろうことは容易に想像される。また全体に占める割合がわずかであっても1基金の規模は大きいものが多いので、情報の把握、規定の取扱いの整備は引き続き重要であると考えられる。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2023年02月28日「保険・年金フォーカス」)

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