2023年02月21日

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1―はじめに

米国のNAIC(全米保険監督官協会)は、2023年2月13日に、2023年の規制上の優先事項を公表している1。また、英国のPRA(健全性規制機構)も2023年1月10日に保険会社のCEO宛の書簡の中で、2023年の規制当局の目標を概説している。

今回のレポートは、これらのNAICやPRAの2023年における監督・規制上の優先事項について、報告する。

2―NAICの2023年の規制上の優先事項

2―NAICの2023年の規制上の優先事項

NAICは、2023年2月13日に、2023 年の戦略的優先事項を発表した。

NAIC の会長兼ミズーリ州商務保険局長の Chlora Lindley-Myers 氏は、以下のように述べている。

「2023 年に向けた私たちの計画は、私たちを現在の困難な問題に対する州ベースの解決策を引き続き推進するための有利なポジションにつけることになる。州の保険規制当局は、密接な協力、慎重な分析、協調的な行動を通じて、進化する世界で消費者と競争市場を保護することに尽力している。」

NAIC の2023年の規制上の優先事項は、アルファベット順で、以下の通りとなっている。

気候リスク/自然災害とレジリエンス
気候リスクの増大は、何百万人もの米国人の命、財産、生活に脅威をもたらす。NAICメンバーは、補償の必要性と保険の州部門が提供できるサポートの意識を高める継続的な消費者教育キャンペーンを通じて、気候リスク関連の保護のギャップを埋めるために取り組む。その他のイニシアティブには、安定した長期の全国洪水保険プログラムの提唱や、災害モデリングセンターオブエクセレンス(COE)の立ち上げが含まれ、リスク分析と緩和の取り組みにおいて州にさらに権限を与える。

データ/人工知能、サイバーセキュリティ、及びイノベーション
NAIC メンバーは、保険セクターにおける責任ある消費者志向のイノベーションを促進することに取り組んでいる。NAICは、モデル法を更新し、国内外の利害関係者と連携し、保険会社の責任あるデータ/人工知能 (AI) の使用とサイバーセキュリティ対応に関する新しいフレームワークとガイダンスを作成することにより、規制が新たに出現する技術及び関連するプライバシーの問題に遅れずについていくだけでなく、先行していくことを確実にする。

保険会社の財務監視と透明性
消費者への約束を守る、支払能力があり説明責任のある市場を確保することは、州の保険規制当局にとって引き続き中心的な焦点である。特に、低金利環境が長引くと、保険会社のポートフォリオに利回りが求められ、セクターでのオルタナティブ資産運用会社の存在感の高まりとともに、平均以上の市場や信用リスクにつながっている。計画には、プライベートエクイティ関連の保険会社や伝統的な生命保険会社、及び関連する投資活動に関する財務の透明性に対処するための、マクロプルーデンシャルワーキング(E)グループによって進められた多くの検討事項の解決が含まれる。

長期介護保険(LTCI 
LTCIは引き続き、脆弱な消費者と健全な市場の両方に影響を与える問題である。NAIC は今年、より一貫した規制環境を構築するために、業界と連携してマルチステートアクチュアリアル(MSA) レビューフレームワーク2を実施することを含む、より長期的な戦略への移行を検討する。州の保険規制当局は、消費者が約束された利益を確実に受け取れるようにするための目標の中でも特に、「減額給付オプション」に対する消費者の意識を高めるための追加の可能性を検討する。

保険商品のマーケティング
州の保険規制当局は、欺瞞的で誤解を招く保険マーケティングとの闘いについて、全国的な議論をリードし続けている。2023 年にNAICは、健康保険を販売する保険会社のライセンスステータスにアクセスするためのカスタマイズされた検索ツールを作成することで、消費者にさらなる装備を提供する。NAICはまた、州の保険部門が、消費者を誤解させたり、商品を偽って伝えたりする個人や団体に関する情報を広めるのを支援するために、情報共有を強化する。追加の措置には、連邦政府機関との継続的な調整と、州の保険部門にサードパーティのマーケティング組織と保険リードジェネレーター3に対する規制権限を与えるためのモデル法の修正が含まれる。

人種と保険/保護のギャップと金融包摂
NAICは、2023 年も保護のギャップを埋め、特に過小評価されているマイノリティコミュニティのギャップを埋め、アクセスの障壁に対処し、NAIC財団を通じて保険セクターの機会を拡大することを約束する。

なお、2022年の規制上の優先事項としては、以下の項目が挙げられていた。

H」委員会によるサイバーセキュリティ、消費者データ/AI、イノベーション
・介護保険
・人種&保険
・気候リスク/自然災害とレジリエンス

従って、2023年はこれらの項目に加えて、「保険会社の財務監視と透明性」、「保険商品のマーケティング」の項目が新たに加わった形になっている。不透明な市場環境が想定され、顧客への適切な情報提供が求められている中にあって、保険会社の健全性の確保等を通じての消費者保護のための各種取組を行っていくことが志向されている。
 
2 MSAレビューフレームワークの詳細については、以下のレポートを参照
 https://content.naic.org/sites/default/files/documents/ltci-msa-framework.pdf
3 保険リードジェネレーションは、マーケティング活動を通じて、保険契約の潜在的な顧客を特定して育成するプロセス。

3―PRAの2023年の監督上の優先事項

3―PRAの2023年の監督上の優先事項

PRAの保険監督のエグゼクティブディレクターであるCharlotte Gerken氏とディレクターであるCharles Woods氏は、2023年1月10日に保険会社のCEO宛の書簡4の中で、2023年の規制当局の目標を概説している。

これによると、「保険部門は、リスクプーリング、長期投資、退職所得の提供を通じて、大規模な経済活動を支援する上で重要な役割を果たしている。私たちの包括的な監督上の目的は、保険部門がストレス時を含めて、常に保険契約者に財務上の保護と安全を提供できるようにすることである。」、「保険会社は、実体経済に不可欠な保険サービスを継続的に提供する結果となる高いガバナンス、リスク管理、レジリエンスを維持しながら、ビジネスモデルを混乱させる恐れのある変化に適応する必要がある。」と述べて、「2023年の主な焦点は、財務上のレジリエンス、リスク管理、金融改革の実施、再保険リスク、オペレーショナル・レジリエンスと保険会社の撤退規制の緩和、である。」と述べている。

具体的な2023年の監督上の優先事項の概要は、生命保険業界関連する事項を中心に、例えば以下の通りとなっている。

1.財務上のレジリエンス
イングランド銀行 (英中央銀行) の金融政策委員会による最新の予測では、英国経済の見通しは非常に厳しいものとなっており、CPI(消費者物価指数)の上昇が短期的に続き、長期にわたって景気後退に陥ると予想されている。厳しい経済見通しは、生命保険部門と損害保険部門の両方に異なる課題を提示する可能性が高い。

生命保険会社にとっては、特に内部で格付け・評価されている資産への集中度が高まると、信用リスクや集中リスクへのエクスポージャーが大きくなる可能性がある。我々(PRA)は、生命保険会社が長期化する不利な信用シナリオに照らして、資本計画のストレステストを積極的に行うことを期待する。

2.リスク管理
保険会社が直面する複数の外部不確実性を考慮すると、会社はリスク管理と管理の枠組みの妥当性を評価するための積極的な措置を講じることが重要である。会社は、長い間一般的であったものとは異なる市場リスクと信用リスクの状況に対応できるべきである。会社は、新たなリスク、リスク相関の変化、ディストレス資産の増加に備える必要がある。我々は、会社が信用スプレッドの拡大、格付けの格下げ、デフォルトを考慮して、信用リスク及びカウンターパーティ信用リスク管理能力を評価することを期待する。

モデルがリスク評価を支援する上で中心的な役割を果たすことを考慮すると、我々は、会社がコンサルテーション・ペーパー(CP)6/22‐銀行のモデルリスク管理原則」で示された銀行のモデルリスク管理原則がどの程度適用できるか、特に、現在の検証が複数の同時並行的なストレスに直面しても頑強であるかどうかを考慮して、モデルの継続的な妥当性を再確認することを期待する。我々は、保険会社の資本モデルが、現在のモデリングの多くが開発されたときとは実質的に異なる条件で、どの程度うまく機能しているかに焦点を当てる。

多くの生命保険会社で、一括購入年金(BPA)取引に対するリスク選好度が高まっている。テーマ別レビューを通じて、関連するリスク管理規律がBPA成長の野心の増大に歩調を合わせているという保証を求める。

LDI(Liability-Driven Investment:債務主導型投資)ショック5のような最近の出来事は、保険会社の流動性リスクの枠組みにおけるギャップを浮き彫りにし、健全なリスク管理慣行の重要性をさらに強化している。我々は、保険会社が市場の機能不全に対する流動性供給源のレジリエンスをテストし、リスク管理のためのデリバティブの利用によって生み出される潜在的な流動性需要を再評価することを期待する。

3.金融改革の実施
2022年11月に政府がソルベンシーIIの改革を法制化すると発表したことを受けて、重要な決定は今後、議会で行われることになる。これらの決定は、法制化によって制定されるが、それにもかかわらず、これらを忠実に実施し、運用可能にするためには、広範な詳細な規則制定を必要とする。ソルベンシーIIのレビューの他の多くの側面は、PRAの規則制定によって直接的に実施され、報告要件の改革と内部モデルの見直しプロセスの簡素化に関する作業は既に開始されている。2023年を通じて、我々は、正式な協議に先立ち、改革の技術的な詳細について影響を受ける会社と建設的に関与するよう努める。また、ストレステストの枠組みをどの程度適応させる必要があるかについて、生命保険セクターと連携していく。

我々は、国際的な保険会社の支店の認可が円滑かつ秩序ある状態を維持することを引き続き確保する。我々は、2023年に暫定的な許可制度内にある未処理の支店の評価を完了し、支店に対する我々の提案した監督アプローチを示すことを想定している。これは、「責任ある開放性」の原則と、強力で協 力的な母国監督当局に依存する我々の能力に引き続き支えられている。

4.再保険リスク
我々は、英国の生命市場における高水準の長寿再保険の継続とより複雑な「積立再保険」の出現が、英国の契約者が持つべき保護を、リスク許容度を超えて低下させるかどうかに細心の注意を払っている。特に、急速に増加する再保険の水準から、オフショアのカウンターパーティ集中リスクが生じる可能性を我々は見ている。これらの集中は、個々の会社及びセクター全体に対して発生する可能性がある。我々は、英国の認可された会社が、再保険活動に関連するリスクについて、プルーデント・パーソン原則(PPP)の遵守を検討することを期待する。保険会社は、エクスポージャーの全期間にわたる再保険者のレジリエンスに加えて、大量の集中が少数の取引先に存在する大量再保険イベントによる潜在的な影響を考慮する必要がある。カウンターパーティリスクと集中リスクに関する我々の作業では、保険契約者に対するシステミックリスクを軽減するために、再保険の構造と制限に関する政策措置の必要性を検討する。

5.オペレーショナル・レジリエンス
具体化されたオペレーショナル・インシデントが増加していることを考慮し、オペレーショナルリスクとレジリエンスに引き続き重点を置いている。その大部分は、監督声明(SS)1/21‐「オペレーショナル・レジリエンス:重要なビジネスサービスの影響許容範囲」に示されているPRAのオペレーショナル・レジリエンス・ルールに対する会社の継続的な評価である。この時点で、我々は、保険会社が重要なビジネスサービスを特定し、マッピングし、影響の許容範囲を設定することを期待する。

今後3年間、保険会社は、サイバー攻撃を含む、厳しいが妥当なシナリオの範囲で、これらの影響の許容範囲内で業務を行う能力を示す必要がある。比例原則を適用することで、我々は会社と緊密に協力して、影響の許容範囲の妥当性、依存関係の特定、テスト計画の堅牢性をレビューする。保険会社は、第三者プロバイダーに依存している場合でも、重要なビジネスサービスが影響の許容範囲内に収まるようにしなければならない。そのために、会社はまた、SS 2/21‐「アウトソーシングとサードパーティのリスク管理」に示されているアウトソーシングと第三者リスク管理に関する期待を満たしていることを示すことができるべきである。

6.保険会社の撤退のしやすさ
「2022/23事業計画」で掲げているように、保険会社の撤退のしやすさの向上に注力している。この分野では、大規模な保険会社によっていくつかの作業が行われてきているが、多くの小規模会社は、撤退計画がないままとなっている。保険会社は、基本規則86によって、必要に応じて秩序ある方法で市場から撤退できるように、破綻処理の準備をすることが求められており、我々は2023年中に、より具体的な期待を提供できるように、保険会社が(保険会社の規模と影響に見合った詳細なレベルまで)撤退計画を準備するための要件について協議する。その間に、我々は、会社が、必要が生じた場合にどのように市場から撤退するのか、どのような障害があるのか、どのようにしてそれを克服する のかを検討し始めることを期待している。これらの計画は、適時に実行可能であり、適切に慎重であるべきである。特に、ランオフブックを他の会社に譲渡することを検討している会社は、処分の前に、それらのブックに含まれるリスクを十分に認識し、それらのリスクが取得会社によって十分に理解されていることを確認する必要がある。

7.その他の重点分野
その他の重点分野としては、「非自然カタストロフィリスク」、「気候変動から生じる金融リスク」、「多様性、公平性及び包摂性(ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン)(DE&I」、「監督上のアプローチ」が挙げられている。

なお、2022年の監督上の優先事項としては、以下の項目が挙げられていた。

1.財務上のレジリエンス
2.オペレーショナルリスクとレジリエンス
3.気候変動から生じる金融リスク
4.規制の変更
5.英国で認可を求める第三国の支店
6.ダイバーシティ&インクルージョン

従って、ほぼ同じ項目が挙げられているが、2023年には、規制を巡る市場環境の変化等に応じて、新たに「4.再保険リスク」、「6.保険市場の撤退のしやすさ」等の項目が追加されている。
 
4 https://www.bankofengland.co.uk/-/media/boe/files/prudential-regulation/letter/2023/insurance-supervision-2023-priorities.pdf?la=en&hash=9ABF6B8EB633A02308D0D9692374867A3109E8ED
5 2022年9月下旬に発生した英国債市場の混乱に伴い、LDIファンドが大きなマイナスの影響を受けた事象。「LDI」は、将来の支払いを約束している確定給付型の年金基金等が、基金ごとに将来の年金支払額の見込みを作り、それに運用収入が見合うように債券を中心に運用する仕組み。
6 https://www.bankofengland.co.uk/-/media/boe/files/prudential-regulation/new-bank/Fundamentalruleprinciples.pdf

4―まとめ

4―まとめ

以上、今回のレポートでは、NAICやPRAの2023年における監督・規制上の優先事項について、報告してきた。

前回の保険年金フォーカスで報告したEIOPA(欧州保険年金監督局)の2023年の監督上のコンバージェンス計画における課題を含めて、今回のNAICやPRAが掲げている課題のいくつかは、基本的には世界各国の保険業界に共通する課題であり、そのためグローバルレベルでのIAIS(保険監督者国際機構)においても、同様のトピックに関する検討が行われてきている。

これらの課題は、日本の保険会社にとっても極めて重要な課題であることから、これらの検討を巡る動向等については、今後も引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2023年02月21日「保険・年金フォーカス」)

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【NAICやPRAが2023年の監督・規制上の優先事項を公表】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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