2022年11月09日

インドの保険監督規制を巡る動向-IRDAIによる一連の改革の状況(その1)-

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1―はじめに

インドの保険監督当局であるIRDAI(Insurance Regulatory and Development Authority of Indiaインド保険規制開発局)は、2022年3月14日に、新しい長官として、Shri Debasish Panda氏を迎えたが、その後IRDAIは新長官の下で、数多くの規制改革の動きを推進してきている。IRDAIの長官の席は、前任のSubhash Chandra Khuntia 氏が2021年5月に任期満了を迎えて退任した後、空席となっていたが、9か月後にDebaish Panda 氏が3年の任期でIRDAI長官に任命された。Shri Debasish Panda氏は2022年1月に財務省長官を退職していた。

今回は、Shri Debasish Panda氏の長官就任後のここ8カ月におけるIRDAIの規制改革等の動きについて、2回に分けて報告する。まずは今回のレポートでは、IRDAIの改革に向けてのスタンスやその具体的な改革項目等について報告する。

2―IRDAIによる保険市場活性化策の公表等

2―IRDAIによる保険市場活性化策の公表等

ここでは、IRDAIが今後の保険市場活性化等のために企図している改革やそのスタンス等を述べてきている、IRDAI主催のセッションやカンファレンスの状況を報告する。
1|保険業界との間の対話型セッション(46日、47日)
新長官就任後1カ月と経たない2022年4月6日と4月7日に、IRDAIは、全ての生命保険会社、損害保険会社、健康保険会社、再保険会社のCEO やその他の主要な官僚が出席した保険業界との間の対話型セッションをムンバイで開催した1。このセッションは、保険業界の健全な成長を支援し、規制の枠組みを合理化し、コンプライアンスの負担を軽減するために、短期、中期及び長期的に講じる必要がある措置を特定することを目的として開催された。こうした措置により、インドが独立100周年を迎える2047年には、全てのインド人が適切な生命、健康、財産の保険に加入し、全ての企業が適切な保険ソリューションによってサポートされるように、保険普及率が指数関数的に増加することが期待されている、とした。

この目的に向けてということで、以下の領域が、既存の法律/規制アーキテクチャにおける確認のために特定されている。

・新しい事業体がインドの保険市場に参入できるようにするためのフレームワークの作成
・キャプティブ保険会社、独立したマイクロ保険会社、ニッチプレーヤー、地域企業の保険業界への参入を促進する。
・保険仲介業登録更新の免除
・Bank MitraのラインでBima Mitra2の立ち上げを検討し、あらゆる玄関先に保険を届けることを目的として、販売範囲を拡大する。
・保険商品の広範な利用可能性を確保することを目的とした、新しい販売チャネルの導入と既存の販売チャネルの範囲の拡大
・保険補償範囲のギャップを特定し、市場のニーズを評価するためのデータ分析を促進し、保険会社による保険サービスの提供の効率を改善するために、新しいテクノロジーを採用する。
・保険代理店の技術的能力と保険会社の現場力の強化を支援する。
・保険の監督を、国際基準に沿った結果ベースの技術主導型に移行
・規制の枠組みを合理化することにより、規制対象の会社のコンプライアンスの負担を軽減する。
・IRDAIによって定められた幅広い原則が、保険会社が商品を設計する際に遵守されるような、保険会社による商品認証に向けての動き
・保険会社に適用される投資規範の合理化
・保険契約者のコスト削減を目的として、運用コストの削減と保険商品の手数料/報酬体系の見直しを促進する。
・定義されたTATs(ターン・アラウンド・タイム)で他の規制上の承認をスピードアップ
・保険会社による関連サービスと付加価値サービスの許可
・顧客の問題点の理解、根本原因の分析及び是正措置に重点を置いて、既存の保険契約者の苦情処理システムを刷新する。
・既存の保険オンブズマン制度の有効性の見直し
・ニーズ、満足度を測定し、問題領域を特定するための顧客調査を含む保険意識向上キャンペーンを実施する。
・ソーシャルメディア/マルチメディアを効果的に活用して、保険の認知度を高める。
・保険規制当局と保険業界との対話を2か月に1回行い、保険の普及と保険契約者の福利厚生に向けた進展について話し合う。
・毎月15日に IRDAI本社でオープンハウスを開催し、保険の普及率を高めるための提案を募集する。

なお、Shri Debasish Panda長官は、自由化から20年で業界は成熟し、現在は変曲点にあり、規制当局は保険業界への参加を増やすために発展的な役割を果たす必要がある、と語っている。
 
1 https://www.irdai.gov.in/ADMINCMS/cms/whatsNew_Layout.aspx?page=PageNo4672&flag=1
2 Bima Mitra は、生命保険代理店向けの最もユーザー フレンドリーとして知られている生命保険ソフトウェア。
2|保険業界との間の対話型セッション(55日、56日)
2022年5月5日と 6 日に、ハイデラバードのIRDAI本部で、IRDAIのShri Debasish Panda長官と当局の常勤メンバーが、損害保険会社及び生命保険会社の非常勤会長と面会した3

インタラクティブなセッションでは、IRDAIは、2047年までに「全ての人に保険を」という目標につながる改革を実行するという確固たるコミットメントを示した。

これらの改革には、とりわけ、新しい保険プレーヤーの奨励、保険におけるニッチプレーヤーの許可、仲介業者の更新基準の緩和、保険会社による商品認証、期限付きの承認、管理上の柔軟性、投資提案の迅速な承認を含んでおり、IRDAI はまた、規制を緩和し、保険会社のコンプライアンス負担を軽減する計画を立てている、とした。

さらに、リスクベースの資本とソルベンシーの必要性、Ind-AS(インド版IFRS)へのコンバージェンス(移行)、管理費の合理化、人材プールの開発、投資基準の更新、業界の持続可能な成長についても協議された。

保険補償のギャップに対処するために、全ての利害関係者の関与の重要性が強調された。生命保険審議会と損害保険審議会の役割と機能を刷新し、より活気のある組織にすることが提案された。また、データと技術主導の保険ソリューションをサポートする上でのインド保険情報局 (IIB) の役割についても議論された。
3|InsurTech カンファレンス(530日)
IRDAI は2022年5月30日に、ベンガルール(旧称バンガロール)で「InsurTech―インスピレーションを与えるカタリスト」をテーマにしたInsurTech カンファレンスを主催した4

IRDAIの Shri Debasish Panda長官が、保険及びInsurTechコミュニティの300人を超えるリーダーに向けて、進歩的で革新的な基調講演を行った。彼は、保険契約者の利益が保護されることを保証しながら、IRDAIがあらゆる技術革新を採用し、可能にし、奨励する準備ができていることを強調した。Shri Debasish Panda長官はまた、保険部門は変曲点にあり、IRDAIは保険エコシステムの技術革新を手に取り、可能にすることで一緒に旅行する準備ができているという信念を伝えた。

Shri Debasish Panda長官は、テクノロジーが全ての目的と課題に対する答えであると述べた。低所得層、脆弱な地域、災害が発生しやすい地域、中小企業、ミレニアル世代のニーズに応えるための拡張武器としてテクノロジーを使用することが、今求められている。また、様々な情報源からのデータポイントを活用して、引受プロセスを強化し、顧客の保険金請求経験を改善し、組み込まれた保険商品や付加価値サービスを設計できるようにする必要があることも述べた。

技術面では、IRDAI は、規制サンドボックスを継続的に活気のあるものにするための改良などの措置を既に開始している。技術主導の分野は、マイクロ保険、作物保険、Ayushman Bharat Digital Mission (ABDM)5で奨励されている。保険会社によるInsurTechの新興企業への投資の自由を可能にすることも検討されている。

終日の会議では、InsurTechに関連するフレームワークに必要な変更、付加価値サービスの役割、InsurTech を使用して十分なサービスを受けられず、権限を与えられていない人々のニーズに対応するための円卓会議が行われた。

IRDAIは双方向の対話に開かれており、革新的な技術ソリューションを奨励して、ラストマイル補償の目的を達成し、保険を通じて全てのインド人に経済的安全を提供する、としている。
 
4 https://www.irdai.gov.in/ADMINCMS/cms/frmGeneral_Layout.aspx?page=PageNo4718&flag=1
5 全国の病院のデジタルヘルスソリューションを相互に接続しているデジタルエコシステム

3―4月以降のIRDAIの規制緩和の対応

3―4月以降のIRDAIの規制緩和の対応

ここでは、4月以降のIRDAIによる規制緩和の動きの中から、いくつかを抜粋して、現在の状況を報告する。あくまでも抜粋したものであり、IRDAIによる全ての動きを網羅するものではない。
1|保険商品審査における「Use and File」方式の適用拡大
業界が初期段階にあった時には、保険会社が保険商品を発売する前には事前承認を取得することが義務付けられていたが、業界が成熟するにつれて、必要な緩和が行われていくことになる。これにより、これまでは、「File and Use」(登録後使用)であったものが、「Use and File」(使用後登録)へと変更されていくことになる。

IRDAIは、インドの完全保険化に向けて取り上げられた改革アジェンダに沿って、2022年6月1日に、全ての健康保険商品とほぼ全ての損害保険商品の「Use and File」手続きを拡大6した。さらに6月10日には、殆どの生命保険商品の「Use and File」手続きを拡大7した。

これにより、生命保険会社は、市場のダイナミックなニーズに応じて、IRDAI の事前承認なしに、殆どの商品(個人貯蓄、個人年金、年金を除く)をタイムリーに発売できるようになり、保険会社のビジネスのしやすさが向上し、保険契約者が利用できる選択肢の拡大にもつながることになる。

ただし、生命保険会社は、取締役会が承認した商品管理及び価格設定政策(BAPMPP)を持つことが期待されることになる。取締役会はまた、保険会社のアポインテッドアクチュアリー、チーフリスクオフィサー、チーフマーケティング/ディストリビューションオフィサー、チーフテクノロジーオフィサー及びチーフコンプライアンスオフィサーをメンバーとして有し、また保険会社の上級管理職の他のメンバーを招待者として含めるオプションも有する、商品管理委員会 (PMC)を設置しなければならない。PMC は、BAPMPP に沿って商品/特約を審査し、承認する。

生命保険業界は、この機会を利用して、保険商品の設計と価格設定の観点から、新興市場のニーズに迅速に対応することが期待されており、これにより保険契約者により多くの選択肢がもたらされ、インドでの保険普及率の向上にさらに役立つことが期待されている。
2|PMJJBYの資本要件の緩和
インド政府は、手頃な価格で生命保険や年金の契約を購入可能な新しいスキームを提供することで、低・中所得層への保険の浸透を図ろうとしてきており、例えば2015年に、PMJJBY、PMSBY、APYといった3つの新しい社会保障スキームが導入された8

このうちのPMJJBY(Pradhan Mantri Jeevan Jyoti Beema Yojana)は、18歳から50歳までの貯蓄口座保有者に対して、低コストで生命保険を提供するものである。具体的には、330 ルピー (495円)の年間保険料で、200,000ルピー(30万円)の保障が得られる。これにより、地方や郊外での保険ニーズを喚起させ、保険普及率を高めることを企図している。

IRDAIは、PMJJBYへの保険会社の参加を促進するため、2022年5月31日に、PMJJBYを提供する保険会社の対応する必要資本をほぼ50%削減(具体的には、RSM(必要ソルベンシーマージン)の第2ファクターを0.10%から0.05%に引き下げ)9すると公表した。これにより、生命保険会社はこの制度の下でより多くの保険を提供できるようになり、生命保険を通じてインドの人口ピラミッドの底辺にいる人々に経済的保証を提供できるようになる、としている。

なお、インド政府は、保険金請求の実績を踏まえて、2022年6月1日から(制度導入後初めて)PMJJBYとPMSBYの保険料率を引き上げている。

IRDAIによる資本要件の緩和は、インドでの生命保険の浸透を加速し、政府が設定した目標を達成するために生命保険会社を支援することになる。
 
8 これら3つの制度の概要については、例えば、「アジアの生命保険市場Ⅱ」(ニッセイ基礎研究所編)文眞堂 を参照のこと。国が内容を定めた保険を民間保険会社が保険者として販売している。その他に、政府による説明は、以下による。
 https://financialservices.gov.in/insurance-divisions/Government-Sponsored-Socially-Oriented-Insurance-Schemes/Pradhan-Mantri-Jeevan-Jyoti-Bima-Yojana(PMJJBY)
9 https://www.irdai.gov.in/ADMINCMS/cms/frmGeneral_Layout.aspx?page=PageNo4726&flag=1
3|保険会社が提出する規制報告書の見直し、合理化
IRDAIは、インドの保険会社のビジネスのしやすさを促進するための継続的な努力の中で、保険会社が提出する規制申告書(Regulatory Returns)を見直し、合理化した10

2022年6月10日付の最新の通達で、IRDAIは、生命保険会社が提出するオフラインの報告書の数を40から4に減らし、オンラインの報告書の数を8から5に減らした。さらに3つの個別の認証要件も1つに統合した。

これは、2022年5月12日及び 2022年5月23日付の通達に基づき、損害保険会社及び健康保険会社に拡張された同様の緩和に続くものである。IRDAI はまた、2022年5月11日付の通達又は数理評価・再保険に関連する報告書、申告書又はその他の文書のハードコピーによる提出(の手続き)を取りやめた。

コンプライアンスの負担が軽減されることで、保険会社は、補償範囲と普及率の向上という最終的な目標に向けて、全てのインド人に手を差し伸べるための努力に、時間をより集中できるようになると期待されている。
4|新しい保険会社の登録申請の処理の短縮
IRDAIは、世界と国内の投資家の両方にとって、保険部門でのビジネスのしやすさを確保することを目的として、「2000年IRDAI(インドの保険会社の登録)規則」に基づく新しい保険会社の登録の要求と申請を処理するための新しいメカニズムを設定するために、大きな一歩を踏み出した11。新しいプロセスは、保険関連活動のための新しい事業体の設立と、保険事業を開始するための登録証明書の付与の所要時間を短縮する。

新しいプロセスは、世界中の投資家と国内の投資家が保険セクターに容易に投資するのに役立ち、保険の普及、特に十分なサービスを受けていない人々への普及に貢献することになる。
5|その他
資産運用規制に関しては適宜見直しが行われてきているが、2022年4月29日には、金融及び保険活動への投資に関する上限が25%から30%に引き上げられている。
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中村 亮一

研究・専門分野

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【インドの保険監督規制を巡る動向-IRDAIによる一連の改革の状況(その1)-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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