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米国のFRB IPACによるICS(保険資本基準)の評価-2022年6月報告書の概要報告-
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ICS IRR(Interest rate risk:金利リスク)チャージは、人為的に低い開始金利環境を想定して測定され、その結果、最低金利保証とマイナス金利の影響を過大に見積もっている。また、経済環境の短期的な変化に非常に敏感な非経済的なボラティリティを示している。
ICS NDSR(non-default spread risk:非債務不履行スプレッドリスク)チャージは、ICS計算における非経済的ボラティリティの原因となっている。また、信用スプレッドの変化の一時的な性質を適切に反映していないICS MAV負債割引率手法の構成要素となっている。
観察 7:前のセクションで述べた、一般及びミドルバケットの負債割引率における過度の保守主義は、ICS IRRチャージの測定に追加の保守主義をもたらす。具体的には、IRR チャージが人為的に低い開始金利環境を想定して測定され、その結果、最低金利保証とマイナス金利の影響を過大に見積もっている。
観察 8:ICS MAV負債の割引率の変化とICS IRRチャージの測定との間には、大きな相互作用がある。例えば、2020年3月31日のシナリオで ICS MAV負債割引率が上昇した結果、ICS IRRチャージが大幅に減少した。対照的に、2020年6月30日のシナリオでの ICS MAV負債の割引率のその後の減少は、ICS IRR チャージの大幅な増加をもたらした。
観察 9:適用比率の使用は、資本リソースの測定だけでなく、ICS IRR チャージの測定にも影響を与える重大な非経済的ボラティリティを導入する(適用率が100%に調整された時、IRRチャージは、ベースラインに対して9億ドル(9.4%)減少する。付録CのシナリオASを参照)。
評価 4:IPACモデルは、ICS IRRチャージが、経済環境の短期的な変化に非常に敏感な非経済的なボラティリティを示すことを示している。これは最終的に、規制監視のツールとしてのICSの有効性を低下させる。特に、契約期間が長いほどボラティリティが大きくなる可能性がある長期契約に関して当てはまる。
評価 5:ICS NDSRチャージは、ICS計算における非経済的ボラティリティの原因である。具体的には、ショックスプレッドシナリオの下で定量化され、ICS NDSRチャージに反映される時に、ICS MAV負債割引方法による資産と負債の測定の間の人為的な断絶が悪化する。
観察 10:上記の IRRセクションのコメントと一致して、ICS MAV負債の割引率の変化とICS NDSR チャージの測定との間には大きな相互作用がある。例えば、2020年6月30日のシナリオでの MAV 負債の割引率の低下は、2つのシナリオ間でスプレッドが圧縮されたにもかかわらず、2020年3月 31日のシナリオに比べてICS NDSRチャージの増加をもたらした。
評価 6: ICS NDSRリスクチャージは、信用スプレッドの変化の一時的な性質を適切に反映していないICS MAV負債割引率手法の構成要素である。IPACモデルの結果からも明らかなように、NDSR チャージは、スプレッドが一時的に大きく変化する市場環境では、不適切なシグナルを発生させる傾向が非常に高くなる可能性がある。
パーライフ商品に適用される割引率は、経営行動を通じてリスクを転嫁する能力という観点から、これらの商品のリスクプロファイルが低いことを考えると、過度に保守的である。
ICS IRRチャージの決定において、経営行動から想定できるリスクのパススルーの量を人為的に制限する結果、パーライフ商品に関するICS IRRチャージは過大評価されている。
観察 11:ICSが将来の裁量給付の評価予測の調整を適切に提供しているにもかかわらず、パーライフ商品に適用される割引率は、これらの商品のリスクプロファイルが低いことを考えると、過度に保守的である。MAV負債割引率を決定するために使用される負債バケットに商品を割り当てるために使用される基準は、経営行動を通じてリスクを転嫁する能力という観点から、パーライフ契約のリスクプロファイルが低いことを認識していない。その結果、パーライフ契約は、資産と負債のミスマッチリスクが低い商品に適したミドルバケットとトップバケットではなく、一般バケットに割り当てられる。
観察 12:保守的な一般バケット割引率の使用は、ICS IRRチャージの決定における経営行動から想定できるリスクのパススルーの量を人為的に制限する。その結果、パーライフ商品に関するICS IRRチャージは過大評価されている。
評価 7:IPACモデル分析は、MAV割引率の決定におけるパーライフの取り扱いが、この契約の実際のリスクプロファイルと一致していないことを示している。より低いリスクプロファイルに比べて誇張されていると、低金利環境でICSが不適切なシグナルを提供するリスクが高まる。
IPACは、ICS割引設計に対する修正提案として、例えば以下のようなものを挙げている。
(1)バケット基準の潜在的洗練化-基準と現行ALM実務との整合-
・トップバケット要件は、厳格なキャッシュフローマッチングを超えたALM戦略を評価するため、拡大されるべき
・トップ及びミドルバケットの将来の保険料に関する制限は、実質的な将来保険料リスク軽減が実証されている商品について削除すべき
・ミドルバケット基準のリスクフリー・レートに基づく過度に保守的な要件を削除すべき
(2)負債割引構造の洗練化
・裏付け資産の予想信用スプレッドを反映するために、スプレッド認識におけるヘアカット(適用比率100%未満)は削除すべき(→これにより、資本リソースが8%増加する)
・一般バケットやミドルバケットのWAMP(複数ポートフォリオの加重平均)スプレッド計算で使用される代表スプレッドでは、保険会社独自の資産ポートフォリオか、より適切に設計された代表ポートフォリオを使用すべき
・不適格資産(株式や代替資産等)に対するゼロスプレッドは懲罰的であり、少なくとも不適格資産の割合は加重平均計算から除外されるべき
(3)スプレッドの期間構造と資産クラスの粒度
・フラット平均スプレッド調整は単純すぎる。ICSでは、資産の種類と格付けに適した負債の割引率の計算に含まれるスプレッドにおける期間を認識する必要がある。
(4)LTFRとスプレッドアドオン
・LTFRスプレッドは、市場の性質を反映して、通貨別のより大きな差別化が必要であり、20bpsの米国のLTFRスプレッドの前提は過小評価されている。また、LOT(最終観察期間)からLTFRへの収束期間は、60年から40年に短縮されるべき
6―今回の報告書の結論
1|結論の概要
ICS に関して、IPACは、監督者が IAIGsのソルベンシーについて議論するための共通言語を確立し、実施されているグループ資本基準間のグローバルなコンバージェンスを強化するという IAIS の目的を理解している。
しかし、この報告書に記載されている IPACのデータと分析に基づいて、IPAC は、現在の形式の参照ICSは、米国で販売されている長期の生命保険及び退職商品の商品及びリスク軽減機能を適切に反映していないと結論付けた。おそらく同じくらい重要なことは、米国の資本市場で利用可能な投資の選択肢が、そのような長期商品をどのようにサポートしているかを反映していないことである。
現在構築されているようなICSは、米国を拠点とし、国際的に活動する保険グループのPCRとして適切ではない。
この結論は、ICSに関する以下の3つの大まかな観察から得られる。
第1に、市場調整評価アプローチは、例えば「長期にわたる低金利」環境など、市場で観察された構造変化に合わせてより最新のものになっているが、IPACは、とりわけ、いくつかの関連資産を適切に反映できていないことを発見した。長期契約を締結している米国の保険会社が現在保有しているクラスは、信用スプレッドの一時的な変動に過度に反応する。これらの欠点は、ICSが現在の形で、必要資本と超過資本の指標に過度の保守主義と大幅なボラティリティを導入する可能性があることを意味し、規制当局と市場にとって不適切なソルベンシーシグナルにつながる可能性がある。
第2に、特にICS割引方法におけるパーライフの取扱いも、その事業部門の実際のリスク軽減プロファイルと一致せず、パーライフのリスクチャージの測定が低金利環境で過大評価される原因となっている。
第3に、ICSは、参加型又は非参加型の商品を問わず、明確に定義されたダイナミックヘッジプログラムや、負債管理における長期の代替資産の使用を認識していない。これにより、ICSと、多くの企業が準拠している米国の法定規則との間に規制上の矛盾が生じる。IPACは、シグナルにおけるこれらのコンフリクトの多くは、これらの契約の慎重な管理を損なう可能性があり、不適切なリスクや監督上のシグナルを導入する可能性さえある、と考えている。
米国におけるPCRとしての ICS の導入の影響は2つある。
第1に、ICSの対象となるグループは、主にICSによって推進され、長期的なリスクの視点と一致しない方法で、提供する商品や投資戦略を修正するよう動機付けられる可能性がある。これには、資本利益率の低下と、ICSの対象外の競合他社と比較した価格競争力の欠如により、米国の長期保険事業への参加の縮小を余儀なくされることが含まれる可能性がある。
第2に、ICSからの不適切なシグナルにより、米国のグループ監督者は、そうでなければ健全な規制目標に反する時期や程度の介入を余儀なくされる可能性がある。例えば、信用市場に対する流動性主導のストレス期間中の監督介入は、市場における企業の困難を悪化させ、そうでなければ必要であったよりも回復を困難にする可能性がある。
これらの不当な悪影響を生み出すICSの設計上の特徴には、(a)保険負債の割引において、米国の保険会社が長期契約を支えるために通常保有する非流動資産のスプレッドを認識できないこと、(b)スプレッドの認識を低下させる適用比率の使用、 (c)長期平均スプレッドに関する過度に単純化された仮定、が含まれる。
その結果、様々な経済環境で過度の保守主義と非経済的なボラティリティが発生する。過度な保守主義は資本リソースのレベルを低下させ、資本比率の非経済的なボラティリティを増大させ、健全な長期ALM、戦略的資産配分、及び結果として、米国の商品、市場、会計や監督の枠組みに合わせて調整されている米国の保険会社の資本管理慣行との不整合を生み出す。
適切に設計されたICSは、国際市場全体のリスクの尺度として、資本のより均一な評価を提供することにより、監視ツールとしての価値を追加できる。また、監督カレッジに洞察を提供し、IAIGsが事業展開している管轄区域全体のグループ全体のリスクについて、より共通の理解につながる可能性がある。ただし、米国のビジネス慣行、商品、市場及び監督体制に合わせて「適切に設計」されるためには、少なくとも、このIPAC報告書で説明されている改訂案に十分に対応し、組み込む必要がある。
さらに、IPACは、これらの改訂案を、今後のAM(集計法)の比較可能性評価で ICSとの比較可能性を判断する際に考慮することも提案している。具体的には、IPACは、採用された基準が該当する規制の枠組みに合わせて調整されている場合に規制監督が最も効果的であると指摘しており、AM(集計法)の比較可能性評価の文脈では、AM(集計法)をこの報告書で提案されている改訂を反映する ICS のバージョンと比較する必要がある。
7―まとめ
IAISのICSに対する米国のスタンスは、ICSがグローバルな保険資本基準としての位置付けをどの程度確保できるのかという点において、極めて重要な意味合いを有している。また、日本の金融庁はICSに基づいた経済価値ベースのソルベンシー規制の導入を検討していることから、今回のIPACの報告書を受けてのIAISの対応等については、日本の生命保険会社にとっても極めて関心の高い事項となる。
今後ともこれらの動向について引き続き注視していくこととしたい。
(2022年10月26日「保険・年金フォーカス」)
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