2022年10月26日

米国のFRB IPACによるICS(保険資本基準)の評価-2022年6月報告書の概要報告-

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1―はじめに

IAIS(保険監督者国際機構)は、現在、国際的な保険資本基準であるICS(保険資本基準)の開発を進めている。これについては、引き続きいくつかの課題が存在しているが、最も注目されているテーマの1つは、米国が主張するAM(Aggregation Method:集計法)のICSとの同等性評価となっている。

米国はかねてから、欧州のソルベンシーIIをベースにしているICSに対して、各種の課題意識を有して、ICSそのものの適用に関しては、消極的な態度を示してきている。

これに関連して、米国においては、2022年6月に、FRB(連邦準備制度理事会)の保険政策諮問委員会(Insurance Policy Advisory Committee:IP AC)が、「IAISのICSの米国における生命保険業界、保険契約者及び市場への潜在的影響(Potential Impact of the International Association of Insurance Supervisors' Insurance Capital Standard on the Life Insurance Industry ,Policyholders and Markets in the United States)」というタイトルの報告書1をFRBに提出している。

報告書が提出された日から、かなりの日数を経ているが、米国のICSに対するスタンス等を窺い知ることができるものなので、今回のレポートでは、原文の筆者翻訳に基づいて、その概要を報告する。

2―FRBのIPAC(保険政策委員会)と今回の報告書

2―FRBのIPAC(保険政策委員会)と今回の報告書

1|IPACとは
IPAC(保険政策諮問委​​員会)は、経済成長、規制緩和及び消費者保護法のセクション 211(b) により、2018 年に理事会で設立された。IPAC は、国際的な保険資本基準及びその他の保険の問題について、理事会に情報、アドバイス及び推奨事項を提供する。

IPACのメンバーは、米国の保険業界、業界団体、学界及び消費者擁護団体からということで、保険会社の幹部、コンサルティング・アクチュアリー、保険法の大学教授等で構成されている。
2|今回の報告書について
IPACは、2020年5月に、ICSワーキンググループ(Insurance Capital Standard(ICS)Working Group)の創設を決定し、IAISのICSの採用が米国の保険会社、保険契約者及び市場に与える具体的な影響をモデル化するための分析の実施を命じた。

今回の報告書の目的は、特に長期の生命保険と退職商品に焦点を当てて、ICSの影響を評価することにある。この目的を達成するために、IPAC ICSワーキンググループは、いくつかの大手生命保険会社2から自発的に提供された匿名化されたデータを含む、ICSの主要な要素を組み込んだ様式化(stylized:単純化・類型化・定型化)された保険会社モデルを構築した。このモデルにより、様々な経済シナリオ及び時点での様式化された保険会社に対する ICSの影響の分析が可能になっている。
 
2 会社名はデータの機密性を確保するために差し控えられているが、IPACメンバー内外の会社が含まれる。

3―今回の報告書の概要

3―今回の報告書の概要

今回の報告書の概要は、以下のようにまとめられている。

1|ICSと今回の報告書で評価されるもの
この報告書の目的は、IAIS のICS が米国の保険業界、保険契約者及び市場に及ぼす潜在的影響を評価することであり、特に長期の生命保険と退職商品(long-duration life insurance and retirement products)に焦点を当てている。より具体的には、評価されるICSの主要構成要素には次のものが含まれる。

1. MAV(市場調整評価)基準
2. 適格資本リソースの特定基準
3. ICS 資本要件の計算のための(内部モデルの使用とは対照的な)「標準的方法」

ICSのこれら 3 つの構成要素は、IAISの公開文書及び本書で「参照方法」又は「参照 ICS」と呼ばれている。これらの用語は、IAISがその期間にわたってパフォーマンスを監視することに同意した単一の方法を定義するために、5 年間のモニタリング期間の文脈でも使用される。この用語は、現在設計及び調整されているこの方法がベンチマークであること、又は最終的に ICSの最終バージョンになることを意味するものではない。

ICSには、調整付きGAAP(GAAP Plus)と呼ばれる別の評価方法や、ICS資本要件を計算するためのその他の方法(その他の方法)も含まれている。モニタリング期間中に IAISが検討しているそのようなその他の方法には、内部モデル、ダイナミックヘッジ及び監督者が所有及び管理する信用評価(SOCCA)プロセスがある。SOCCAプロセスを国の裁量としてICS標準手法の一部にするか、その他の手法に含めるかについての決定は、モニタリング期間の終わりまでにIAISによって行われる。2024 年後半に採用予定のICSの一部として GAAP Plus 又はその他の方法を含めるかどうかも、モニタリング期間の終わりまでに決定される。
2|この報告書がカバーする範囲
IAISの米国メンバーは、関心のある他の管轄区域のメンバーと共に、AM(集計法)と呼ばれるICSに代替するアプローチを開発している。IAISは、モニタリング期間の終わりまでに、AMがICSの代替実施と見なすことが出来るほどに、ICSに匹敵する結果を提供するかどうかを評価する。AMは、この報告書では直接評価されない。ただし、ここに含まれる調査結果と結論は、AMの比較可能性に関するIAISの評価に関して関連性がある可能性がある。

GAAP Plus、その他の方法及びAMは、この分析の範囲には含まれていない。 むしろ、この報告書は、国際的に活動する保険グループ(IAIGs)の規定資本要件(PCR)として、参照ICSを仮想的に採用することが、米国における長期の生命保険及び退職商品の継続的な実行可能性に与える影響に焦点を当てている。この報告書の焦点を決定する際に、IPACは、ICSフィールドテストに参加した IPAC ICSワーキンググループに代表される保険グループの経験と、ICS関連の公開協議に対する利害関係者の回答を考慮した。

この以前のパブリックフィードバックは、参照方法に基づいて得られた ICS比率が、既存の自己資本指標又は内部分析と一致しておらず、米国の保険商品及び保険監督の主要な特徴を反映していないという懸念を強調していた。むしろ、現在指定されているICSは、米国以外の管轄区域における商品及び保険監督の特徴に大きく基づいている。さらに、ICSの構造により、ICS比率は保険グループ、特に一部の他の管轄区域よりも米国ではるかに目立つように特徴付けられている長期の生命保険や退職商品を提供する米国のグループの財務力を誤って表す可能性がある。公開協議のフィードバックは、保険負債のMAV評価アプローチの設計、特に予測される将来のキャッシュフローに適用される割引方法が、ICS比率測定におけるこの歪みの多くの原因であることも示唆している。この歪みは、金利リスクや非債務不履行スプレッドリスクなどの市場リスクに対する結果として生じる資本要件によってしばしばさらに悪化させられる。

ただし、MOCE(現在推計を超えるマージン)と特定の生命保険リスクの計算も、ICS比率の歪みに寄与していることも指摘されている。この分析では、これらの主要でない歪みの原因に関する議論は、IPAC ICSワーキンググループによって、考慮されていない。
3|この報告書における分析手法等
この報告書には、米国の大手生命保険会社から自発的に提供されたデータから作成された、架空の、又は「様式化された」保険会社の定量モデルの結果と調査結果が組み込まれている。IPAC ICSワーキンググループのメンバーは、理事会スタッフ、IPAC ICSワーキンググループに代表される生命保険グループの技術スタッフ及びデータボランティア企業からの支援を受けて、このモデルを特にICSフィールドテストの米国参加者及び他の利害関係者によって観察されたICSアウトプットの明らかな歪みを説明する参照ICSの特定のコンポーネントを分離するために開発した。

様式化された保険会社モデルを設計し、この報告書にも貢献したIPAC ICSワーキンググループのメンバーは、資本モデル全般、特に ICSに関する幅広い知識と経験を有している。生命保険会社と彼らが代表する業界団体は、ICSに関する作業が 2014年に開始されて以来、フィールドテスト及びモニタリング期間のボランティアとして、利害関係者として、又は米国の保険業界の擁護者として、ICSに関する IAISの作業に貢献してきた。IPAC ICSワーキンググループの参加者、技術チームのメンバー及び理事会のプロジェクトサポートスタッフのリストは、報告書の付録Aに含まれている。

IPAC ICSワーキンググループによって開発されたモデルは、様式化された保険会社を評価する。これは、この文脈では、米国で一般的な長期の生命保険と退職商品及び関連する投資のみを含む単純化された貸借対照表によって表される。投資ポートフォリオは、この分析のためにデータを提供した米国の6つの大手生命保険グループの実際の保有に基づいている。保険負債額は、これらの商品について同じグループから提供された実際の予測キャッシュフローデータに基づいている。モデルの設計、仮定及び結果に関するより詳細な説明は、この報告書のセクションIIIに記載されている。
4|この報告書の構成
この報告書の構成は、以下の通りとなっている。

(1) セクションI:報告書の概要

(2) セクションII:背景
ICSの背景情報を提供している。これには、歴史的な背景や技術設計の概要が含まれる。ICSと多くの類似点を持つ市場価値ベースの資本基準を特徴としている、欧州のソルベンシーIIの保険監督及び資本制度の開発と実施に関する欧州の経験についても説明している。ICSの最も関連性の高い設計要素と、この設計がフィールドテスト段階の過程でどのように進化したかについてのレビューで締めくくっている。

(3) セクションIII:IPACモデルと分析
ベンチマークとの比較及び様々な経済シナリオの下での ICSのパフォーマンスを分析するために、IPAC ICSワーキンググループによって開発された様式化された生命保険グループのモデルの結果を提供している。

(4) セクションIV:ICSの影響の評価
モデルの結果とICS設計のその他の観察結果を検討して、保険グループとより広範な経済に影響を与える可能性を探っている。監督上の視点も提供している。

(5) セクションV:結論
報告書の結論を示している。

4―今回の報告書のエグゼクティブサマリー

4―今回の報告書のエグゼクティブサマリー

今回の報告書のエグゼクティブサマリーは、以下のようにまとめられている。

1|結果のまとめ
IPAC は、国際的に活動する保険グループ(IAIGs)のソルベンシーを評価するグローバルな保険監督者の能力を強化し、他の管轄区域で既に実施されているグループ資本基準間のコンバージェンスを促進するために、ICSを開発する際のIAISの目標を理解している。しかし、IPACは、現在の形式のICS は、米国の長期の生命保険及び退職商品の重要な特徴を十分に反映していないと結論付けた。重要なこととして、ICSは、米国の資本市場の厚みと、米国の保険会社が長期債務をサポートするために利用できる強力なオプションを適切に反映していない。
2|現行のICSの課題
このペーパーは、現在構築されているICSは、規定資本要件(PCR)として米国ベースのIAIGsで使用するのに適切ではないと結論付けている。ICSの市場調整評価方法は、持続的な低金利環境など、市場の構造変化に対応することを目指している。ただし、ICSは、信用スプレッドの一時的な変動など、短期的な市況に過度に敏感であり、保険会社が長期の生命保険及び退職商品に関連して保有するいくつかの資産クラスを反映していない。現在構築されているICSは、必要資本と超過資本の指標に過度の保守性とボラティリティをもたらしている。報告書が詳細に説明しているように、これは不適切なソルベンシーシグナルにつながり、保険会社にこれらの影響を最小限に抑えるために商品や投資を変更するよう促し、潜在的に実際の潜在的なリスクとの不一致を生み出す可能性がある。

ICSは、管轄区域全体での比較可能性と一貫性を確保することを目的としている。保険グループの本社がどこにあるかにとらわれないソルベンシーの評価を容易にするために、グローバル基準の実施による結果は比較可能でなければならない。ICSの現在の試案は、全ての管轄区域における市場、既存の商品及び商品機能を反映していないため、この点で不十分である。また、資産と負債の測定に一貫性がなく、特にストレスの多い時期に不適切なソルベンシーシグナルが発生する可能性がある。さらに、ICSは新しい、複雑でテストされていない計算であり、必要なデータを提出する保険グループの一部と、米国の規制当局がそのデータとICSの結果を評価するために、米国で現在実施されていない新しいシステムと管理とテストと検証に、相当な投資を要求することになる。

IPACは、この報告書で特定された ICS構造の改訂が ICSの最終版に反映され、これらの変更が、今後のAM(集計法)の比較可能性評価でICSとの比較可能性を判断する際に考慮されることを提案している。

5―今回の報告書の分析からの抜粋

5―今回の報告書の分析からの抜粋

ここでは、報告書の「III.IPACモデルと分析」からの分析結果の抜粋とICS割引設計に対するIPACによる修正提案を報告する。

1|ICS MAV割引
ICS MAV割引については、以下の観察結果と評価で示されているように、過度な保守主義を生み出している、としている。

観察1: 一般及びミドルバケットの負債の割引率は、殆どの期間にわたってシングルAの割引率より有意に保守的である(低い)ため、ICSの資本リソースは、シングルAの方法論を使用して計算されたものよりも大幅に低くなる。特に長期債務については、適用比率の影響と、LTFR(長期フォワードレート)に対する保守的な20 bpsのスプレッドの使用は、非常に懲罰的である。

観察2:ICSの結果は、各バケットに割り当てられたビジネスミックスに依存し、一般及びミドルバケットの保守性は、トップバケットの保守性が低いことによって相殺される。一般バケットとミドルバケットの資本リソースは、同等のシングルA割引曲線を使用した場合よりも、それぞれ 33%と 5%低くなっている。トップバケットの資本リソースは、シングルAの同等物よりも 16%高くなっている。
 
観察3:ICS負債バケット配分基準を適用した結果は、米国の長期契約のALM慣行と一致しない明示的な資産/負債キャッシュフローマッチングに重点を置いている。その結果、米国の生命保険商品の大部分は、観察2で述べたように、過度に保守的な負債の割引率をもたらす一般バケットに割り当てられる。

観察 4: ほぼ全ての期間(25~34 年を除く)で、トップバケットはシングルA曲線よりも著しく高くなっているが、このバケットに該当する米国の生命保険商品は殆どない。

これらの観察に基づいて、以下の評価がなされている。
 

評価 1:米国の保険会社の実際のALM慣行と比較しての3つのバケットへの負債の配分の不整合及び負債バケット間の固有の相殺レベルの保守主義により、ICSが規制当局や市場に対して不適切なシグナルを与える可能性が高くなる。これは、ICSが米国でPCRとして効果的に機能する能力に疑問を投げかけている。この問題については、セクションⅣでさらに説明している。

また、以下の観察と評価が行われている。
 

観察 5:2020年第1四半期の非常にストレスの多い市場環境にもかかわらず、ICSの資本リソースはこの期間にわたって比較的変化がなかった。これは、ICS負債バケット間の影響を相殺した結果であり、ミドルバケットと一般バケットの資本リソースの減少は、トップバケットの資本リソースの増加によってほぼ完全に相殺された。

観察 6:トップバケットの負債の変化は、(このバケットが高度にキャッシュフローマッチすると予想されることを考えると、期待されていたように)トップバケットの資産の市場価値の変化と一致することはなかった。トップバケットの負債は、トップバケットの資産の市場価値よりも大きく減少したため、トップバケットの資本リソースが増加した。

この結果は主に、2020 ICS Technical Specifications のパラグラフ155(及びパラグラフ142に従ってトップバケットに適用)で指定されたICS平均スプレッド計算の制限によるものである。最終的に、平均スプレッドの計算は単純化されたものであり、スプレッドに大きな平行でない動きがある市場環境では十分に堅牢ではない。

評価 2:一般バケットとミドルバケットの「代表的な」スプレッド、適用比率及びリスクフリーを上回る平均スプレッド計算に関する上記の問題は全て、非経済的なボラティリティの原因である。報告書の表2に示されているように、2020年3月31日のシナリオでは、バケットごとの資本リソースの四半期ごとの変化は、全てのバケットを合わせたベースでほぼ相殺されているようである。様々なバケットにわたるICS 資本リソースへの結果的な影響は、ストレスのかかる市場環境において、ICSが米国の長期契約に意味のあるソルベンシーシグナルを提供する能力に疑問を投げかけている。

評価 3:「代表的な」スプレッド、適用比率及びリスクフリーを上回る平均スプレッド計算の影響は、平行でなくスプレッドが減少するシナリオの下で適用され、非経済的なボラティリティの原因を提供し続けた。2020年3月31日のシナリオの結果とは対照的に、2020年第2四半期の市況の大幅な改善と比較して、2020年6月30日のシナリオの結果ははるかに深刻だった。

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中村 亮一

研究・専門分野

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