2022年09月14日

EU内で統一された、保険会社の再建と破綻処理の検討の方向性-予防計画から破綻処理のバリエーション等まで、EIOPAが今後の方針に関する文書を公表

保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩

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はじめに

EIOPA(欧州保険・年金監督局)が、7月6日に「保険会社の再建と破綻処理指令に関する提案の概要」と題する検討文書1を公表した。以下にその概要を紹介する。

1――(背景)整然とした再生と破綻処理の必要性

1――(背景)整然とした再生と破綻処理の必要性

欧州においては、各国ごとにセーフティネットがあるとのこと2なのだが、保険監督全体の動き同様、保険会社の再建と破綻処理についても欧州共通の仕組みを作る検討が進んでいる。

近年の経験や調査研究の結果として、保険会社は、金融システムの中で多くの保険契約者、他の金融関係会社、それに一般企業に重要なサービスを提供しているので、仮に、保険会社やさらに広く保険グループが無秩序に破綻するような場合、いわゆるシステミックリスクが顕在化した時の影響が非常に大きい、とされている。

これを一般事業会社の倒産手続きと同様の方式で処理することも、ひとつの考え方としてありうるが、保険会社の破綻の際には、それで果たして整然と対処できるかどうか疑問とされている。例えば保険契約者の請求に対する処置や和解3などは、数年を要することも想定され、その間に破綻保険会社のみならず、保険セクター全体の信用までも損なう恐れがある。

従って、保険監督当局は平常時から、保険会社の破綻処理といった課題にも精通していることが求められ、万一の場合の手続きを準備しておく必要がある。すなわち実際に窮地に立つ保険会社が現れた時、まず、できれば再生のための手続きを適用し、最悪の場合にも整然と最善の手段を尽くせるようにしておくことが期待される。そして何よりも、公的な資金、すなわち納税者のお金をできるだけ使用することがないようにして、破綻を防ぐか市場からの秩序だった撤退を促進することが重要である。
 
2021年9月には、欧州委員会がそうした仕組みにつき「保険会社の再建と破綻処理指令についての提案」4という文書を既に公表しており、EIOPAもそれを踏襲しながら最終的にはEU指令に反映されるような仕組みを検討している。今回の文書もその検討段階にあるものである。

EIOPAが欧州委員会の提案内容に賛同し踏襲する点としては、

・予防的なアプローチに焦点をあてていること、
・再生と破綻処理において、考慮すべき全ての構成要素を検討している点、
・当局間の調整や協力にも焦点をあてていること

などである。今後は仕組みをさらに具体的に設定し、それがうまく機能するかを検討するなど、より技術的な問題の議論が進んでいくことになる。
 
2 国毎の事例を確認したわけではないが、この提案書ではその統一を目標にしていることから、そう推察される。
3 損失の規模に応じて保険金額や解約返戻金額をどう削減するか、などの決定を指すと思われる。
4 Proposal for an Insurance Recovery and Resolution directive(IRRD) (2021.9.22 European Commission)
https://finance.ec.europa.eu/insurance-and-pension-funds/insurance/insurance-recovery-and-resolution_en

2――文書の内容

2――文書の内容

1全体の枠組み
今後あるべき再建と破綻処理指令(IRRD)は、EIOPAの技術的なアドバイスにほぼ全般的に対応し、進化させたものとなり、再建、破綻処理、予防措置、破綻後の受け入れ先、関係者の協力と調整など全ての関連要素を考慮したものである。また保険事業特有の事情を十分考慮したものとする。

加盟国はEU共通レベルで定められた目的や原則に適合する範囲内であれば、自国の固有の状況に応じて追加の措置や権限を導入して柔軟な対応ができるようにする。複数の国にまたがって活動する保険会社や保険グループにとって有益なものとなろう。
 
2予防のための計画
欧州委員会の提案においては、まず再建計画については、主だった保険会社自身があらかじめ作成しておくことを提案している。これはより幅広い保険会社が作成する必要があるが、加盟国の市場の80%はカバーされるべきとしている。保険会社の規模などによっては簡素化されたもので充分ではないかとの提案もある。根底にあるのは「破綻の危機が起きないようにすることの方が、起きてしまった危機的状況を管理するよりも、はるかに安価でかつ効果的であろう」という考え方である。
 
3破綻処理のための専門機関の設置
IRRDは最小限の一連の権限を有する機関の設置を提案している。誰がその役割を担うべきかということにはまだ言及されていないが、保険監督機能と破綻処理機能の間の利益相反を回避するための、機関や権限など構造的な取り決めを整備する必要が指摘されている。

通常、保険会社の破綻を扱わない清算人の「いつもの手段」では通用しない場合であっても、このような特別な破綻処理機関は、保険事業そのものの専門知識を有することにより、保険市場への影響、保険会社の縮小時の対応、他の保険会社や他の金融セクターとの関係など、全体をみて対応できることが期待されている。
 
4破綻処理の目的
これについては、1)保険契約者の保護、2)財政の安定性の維持、3)重要な機能の継続、4)公的な資金の保護、の4つが重要な目的であるが、個々のケースの状況次第で、その優先順位は変わり、バランスをとっていく必要がある。
 
5|破綻処理に取り掛かる条件
1. 会社がすでに破綻しているか、または今後破綻する可能性がある状態
2. 合理的に待てる期間内に破綻を防ぐための措置をとれる見込みがない状態
3. 公共の利益のためには破綻はやむをえないと判断できる場合

保険会社が再建できる充分な可能性がある場合には、すぐに破綻させる処理に向かうべきではないとされているが、事態の悪化を避ける意味では、早めの決断も必要である。これらの条件のバランスを見極めることが求められている。
 
6破綻処理の方法
伝統的なやり方(ランオフやポートフォリオの移転)に加えて、次のような新しい方法も検討する。

・ベイルイン(負債の削減や株主がシェアを受け取れないなど、株主や債権者が損失を負担する方法)
・ソルベントランオフ(認可の撤回とランオフ)
・事業の一部または全部の第三者への売却
・一時的なつなぎの機関の活用(負債と資産両方を一時的に管理する公的機関の設立)
・資産と負債の分離(問題のある資産や負債を別の管理会社に移すこと)
・国の指導による追加のツールや強制力の発揮 (フレームワーク全体との整合性が保てる場合)
 
7破綻処理における各国の協力
各国の保険監督者の調整や協力が必要である。特に国をまたぐ保険会社やグループに対する場合はこれが重要になる。
 
8IRRDの理論的根拠
EIOPAの見解によれば、こうした保険会社の破綻処理機関を設置する背景・根拠には以下の3つが考えられるという。
 
1. 2008年の金融危機以来、保険会社を含む金融セクターの各セグメントでそれぞれ再建と破綻処理の枠組みが整備される必要性が認識されていて、次の3つの点を満たすようにすること。
a. 保険会社の破綻の可能性を減らすこと
b. 実際の破綻が起きた場合でも影響を軽減すること
c. 税金への依存を最小限とすること
 
2. 保険会社が破綻もしくはそれに近い状況に陥ることはこれまでも珍しくなかった。ソルベンシーIIが機能するようになった現在でも可能性はゼロではないと考えられること。
 
3. 最近の国際的な動きとしても、金融安定理事会(FSB)や、保険監督者国際機構(IAIS)の保険コアプリンシプル(ICP)などによって、法律の強制力や、システム的に重要な金融機関の効果的な破綻処理を促進する計画、そのための国をまたぐ協力体制、資金調達の取り決めなどのツールが整備されつつある。そうした中にあっては、EU加盟国の国内のスキーム整備が遅れている面があり、フランスやオランダなどのように、国としての枠組み整備の強化を始めているところもある。
 
9銀行における再建と破綻処理の仕組みとの関係
一部では保険の再建と破綻処理スキームが、銀行のものをそっくりそのまま流用しすぎている、との批判もある。EIOPAの見解では、金融機関としての大きな共通点がある部分では、もとより大きく異なる必要はない。むしろ金融機関全体の一貫性を確保できていると評されるべきだと考えているが、実際に指摘を受けるように相違点も多い。そうした保険特有の状況に対しては、独自の方法を検討することになるだろう、としている。

3――おわりに~EIOPAの役割

3――おわりに~EIOPAの役割

EIOPAの役割としては、具体的な規定やガイドラインの整備などの、「一時的かつ迅速」に行うべき処理と、その有効性の検証といった「永続的な」処理の両方を考える必要があることを認識しつつ、今後検討していく、と結んでいる。
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保険研究部   主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任

安井 義浩 (やすい よしひろ)

研究・専門分野
保険会計・計理、共済計理人・コンサルティング業務

経歴
  • 【職歴】
     1987年 日本生命保険相互会社入社
     ・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
     2012年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     ・日本アクチュアリー会 正会員
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員

(2022年09月14日「基礎研レター」)

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