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汎欧州個人年金制度の開始-欧州の、公的年金、企業年金に次ぐ、3柱目の年金貯蓄手段
保険研究部 主任研究員 年金総合リサーチセンター・気候変動リサーチセンター兼任 安井 義浩
1――PEPPの開発の背景と経緯
PEPPについてはこれまで10年近くの検討の中で、法律(PEPP規則)は2019年に制定されていたが、2022年3月22日に適用が開始された。まもなく実際の制度運用も始まるのでここで紹介する。
欧州において退職後に備えとなる貯蓄制度は、以下の3つの柱(pillar)からなっている。
・一本目の柱(first pillar) 各国の公的年金
・二本目の柱(second pillar) 職業年金制度(occupational pension)
・三本目の柱(third pillar) 個人年金商品
PEPPは、このうち三本目の柱、個人年金商品に属するものであり、3つ併せて退職後に向けた十分な貯蓄を準備できる1、とされる。あるいは、国をまたいで移動する機会の多い人々や、職域年金の恩恵を受けられない人に対しては、退職後貯蓄として国が支援できる唯一の年金制度であるともいえる。
とはいえ、今般何らかの新しい規制を設けるようなものではなく、より正確に言うと、
・欧州各国で販売されているか、これから販売される個人年金商品が、一定の要件(後述)を満たせば、それを「汎欧州個人年金(PEPP)」という枠組みの商品として認める。
・プロバイダーに対しては、その取扱い商品の欧州全域での販売を認める。一方加入者にとっては、国を超えて居住地を変更した場合でも、引き続き加入が可能2である。
といった意味で、「汎欧州」的なものである。
この制度が普及していけば、各国の監督当局の個人年金に関する取り扱いが収斂してくることが予想され、結果的にEU域内共通の個人年金商品が提供されるようになる、との目論見もあるようだ。
1 このあたりは、日本の年金制度と同じイメージをもって見てよいと思われる。
2 制度上なんらかの制約により、そのまま加入できない場合でも、無料で他のプロバーダーに切り替えることができる、といった説明もされている。
欧州委員会は、EU域内の各国民に適切で安全かつ持続可能な年金を提供することを目指して、2013年にEIOPA(欧州保険・年金監督局)に対し、「職業年金の枠組みとは別に、EU単一の個人年金市場の可能性を検討すること」を要請した。
この要請に対しEIOPAは、既に各国の国内にあるそれぞれの個人年金を補完する形で、標準化された欧州統一の個人年金商品を作成することを推奨した。
その後、これに関連する規則は2017年頃から欧州委員会での提案がなされ、具体的なPEPPの規則の策定、税務取り扱いに関する各国への勧告が行われ、PEPP規則は2019年8月に欧州議会で制定に至った。
具体的な運用の開始は、当初は2021年とされていたが少し遅れて、2022年中には始まろうとして現在に至っている。
2――PEPPの特徴
PEPPにおける一定の要件とは以下のようなものであり、そのまま個人加入者のメリットでもある。
・5年毎にプロバイダーを切替えることができ、その際かかる手数料には上限(移管金額の0.5%)がある。
・モビリティ:この制度を用いて貯蓄する者は、たとえEU内での居住地を変更したとしても、同じ商品で貯蓄を続けることができる。
・コストと手数料を含む商品の完全な透明性など関連情報は、この制度に加入する前に、簡易なキー情報文書(KID :Key Information Document)を用いて開示される。制度の加入期間中には、個別の給付明細書において追加開示される。
・年金資金の運用に関しては6つのオプションを事業者が提示できることになっている。その中の一つは固定されたもので「基礎PEPP(Basic PEPP)」と呼ばれ、そこでは、コストは貯蓄残高(accumulated capital)に対して年1%を上限とする。
・投資資本の保護:基礎PEPPでは、元本が保証される。
一方、PEPPを提供できる企業などには、以下のようなものがある。
・銀行
・生命保険会社
・退職年金基金(IORP)(ただし個人年金の提供を当局に認可され監督をうけるもの)
・ポートフォリオ管理を提供する投資会社(investment firms)
・投資会社または管理会社
・EUオルタナティブ投資ファンドマネージャー(EU AIFM)
PEPPを取り扱う適格性を得たいプロバイダーは、各国当局にPEPPの登録を申請できる。その後3か月以内に、各国当局が基準を満たしているかどうか、登録できるかどうかを審査し決定する。
プロバイダーはPEPPをオンラインで販売でき、EU域内では当局に一つの商品を登録すれば、複数の加盟国で販売することができる。
現時点では、個人年金市場は保険会社が大部分を占めているが、上記の通り資産運用会社などが新規に市場に参入できる。
税制上の取り扱いについては各国ごとに異なるようで、PEPPに対して優遇措置が設けられるかどうかはそれぞれの加盟国次第である。
とはいうものの、2017年6月には、欧州委員会から加盟国に対し、PEPPに対して各国国内の既存の個人年金と同じ税務取扱いを、多少適格要件が異なっていても認めるよう奨励している。これにより、今後個人年金商品に対する各国の税法が共通のものに近づくことが期待されている。
3――PEPPの監督、EIOPAの役割
・整合性と透明性を確保するために、PEPPプロバイダーと商品についての報告に関する作成基準を作成する。
・新規プロバイダーの登録。EIOPAは欧州のすべてのPEPPに関する情報を得るための中央データベースを提供する。このデータベースに登録されたプロバイダーは欧州全域でPEPP商品を販売できるようになる。
・効率的なPEPP市場を実現するための強力な監視機能を利用して、市場の発展を監視する。
・一定の条件下では、EU内全域における特定のPEPPの販売、などを禁止または制限する。
4――おわりに
そうした状況から、まもなくPEPPが実際に利用可能になると想定されるが、当局の審査などに、今しばらく時間がかかるとのことである。
(2022年04月27日「基礎研レター」)
03-3512-1833
- 【職歴】
1987年 日本生命保険相互会社入社
・主計部、財務企画部、調査部、ニッセイ同和損害保険(現 あいおいニッセイ同和損害保険)(2007年‐2010年)を経て
2012年 ニッセイ基礎研究所
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
・日本証券アナリスト協会 検定会員
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