2021年09月07日

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向(その2)-Brexit後の英国での検討の動き-

中村 亮一

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6―定量的影響調査の実施

PRAは、2021年7月20日に、ソルベンシーIIレビューの定量的影響調査(Quantitative Impact Study:QIS)について公表7した。ここでは、このQISの概要を報告する。
1|QISの概要
QIS演習では、ソルベンシーIIレビューをサポートするためのデータを収集する。回答の提出期限は2021年10月20日である。

保険会社の貸借対照表で定量化できる領域に焦点を当てている。QISでテストされるシナリオは、それ自体が改革提案を表すものではないことに注意することが重要だとしている。
QISは、次の3つの主要な領域をカバーしている。

(i)マッチング調整の計算
(ii)リスクマージン
(iii)技術的準備金の移行措置(TMTP)

QISには、定量的に評価するのが簡単ではないソルベンシーII改革のいくつかの領域の開発をサポートする情報を収集するための定性的な質問も含まれる。

QISへの参加は任意ではあるが、英国の保険業界におけるソルベンシーIIレビューの重要性を考えて、全てのセクターの英国の保険会社が参加することを強く推奨している。
2|7月20日付けでのPRAのExecutive DirectorのCharlotte Gerken氏の書簡
なお、同じく7月20日付けで、PRAのExecutive DirectorのCharlotte Gerken氏により、各社のCEO宛に、QISへのアプローチと、その下で評価されている2つの主要な領域であるリスクマージンとマッチング調整(MA)についての考え方を説明した書簡を発行されている8

この書簡は、ソルベンシーIIレビューの定量的影響調査を紹介し、その下で評価されている2つの主要分野であるリスクマージンとマッチング調整に関するPRAの考え方を説明している。

この中で、Charlotte Gerken氏は、「政府が証拠要請に対して7月1日に公表した回答の一環として、政府はPRAに対して、『どのような改革の組み合わせが政府の目的を最も達成でき、全体としてどのような影響があるかをよりよく理解するために、異なる選択肢をモデル化すること』を要請した。QIS演習では、このモデリングを実行するために必要なデータを収集する。質的な質問の更なるセットは、来月、参加者に送られる。」と述べている。

さらに、「我々は、潜在的な政策オプションをモデル化し、技術的準備金に関する移行措置の推進要因が貸借対照表の他の部分の変更の結果としてどのように変化するかを理解するために、これらの分野のデータを収集している。」と述べている。

また、ソルベンシーIIのレビューでは、QISに含まれていない他の多くの分野についても、定量的又は定性的な質問を通じて取り上げており、これには、報告義務の改革、新保険会社のための動員体制、ソルベンシーIIにおける規制の臨界値、外国保険会社の支店に対する所要自己資本、連結グループのソルベンシー資本要件(SCR)の計算方法が含まれている。これらについて、「我々は、これらの分野において改革案を作成するために追加的な証拠が必要であるかどうかを検討しており、必要に応じて、貴殿及びその他の利害関係者と協力する。」と述べている。なお、「7月8日に、ソルベンシーIIの報告義務の改革の第一段階に関する協議を開始した。」と述べている。

なお、リスクマージンとMAについては、以下のように述べている。

リスクマージン
リスクマージンは、負債が他の事業に移転可能な価値で貸借対照表上に保持されることを確保するために重要な役割を果たす。これは、特に企業が困難に陥る状況において、保険契約者保護に重要な貢献をする。政府、PRA、及び証拠要請に対する回答者の間には、現状のリスクマージンがあまりにも不安定で、現在の低金利環境では高すぎる、という広範なコンセンサスがある。これは意図しない歪曲的で先循環的な影響を与える。

リスクマージンを金利の影響を受けにくくすることには強い論拠があるが、改革版をどのように設計し、調整すべきかについての決定はまだなされていない。「証拠要請」に対する殆どの回答者は、設計についての選好を表明しておらず、PRAは、異なる改革オプションの相対的なメリットについての定まった見解を持っていない。

回答の幅が広いため、QISはオープンなアプローチをとっている。それは、可能な設計と校正の範囲を独自にモデリングできるように、いくつかの「入力データ」を提供するように企業に依頼する。また、2つの代替的なリスクマージン構造に基づく貸借対照表データの提供も求めている。この2つの構造がQISの対象として選ばれたのは、PRAや政府が他の可能なアプローチに閉ざされているからではなく、リスクマージン改革の最も有力な候補であるからである。我々はまた、データ収集の目的のために、これらの構造のための較正を指定したが、ここでの我々の選択は、いかなる方法でも政策決定を示すものではない。較正がどこで行われるべきかについての定まった見解がない。また、様々な経済シナリオの下でデータを収集し、そのサイクルを通じて将来の潜在的な政策オプションをモデル化している。これら2つの仕様から得られたデータは、可能性のある設計と較正を比較し、独自のモデリングを検証できる関連証拠を提供する。

マッチング調整(MA
MAは、年金商品の効果的な市場を促進し、バランスシートの安定化を助け、保険会社が特定の長期資産に投資する強いインセンティブを提供する制度の重要な部分である。それは、保険会社が資産から受け取ると期待するキャッシュフローを、保険契約者に支払う必要があるキャッシュフローと一致させることを要求している。これは、一致した資産の市場価値が上下するにつれて、保険会社が一時的な市場の混乱を乗り切ることができることを意味する。

MAは保険業界にとって非常に価値がある。2020年末と同様、英国企業のソルベンシー・ポジションは810億ポンド改善した。この数字を説明すると、同じ日に英国の保険業界全体の必要自己資本は1,160億ポンドだった。したがって、保険契約者保護と企業の投資選択の両方の重要な推進力として、保険の価値の完全性は重要である。このため、慎重かつ適切に較正しなければならない。また、MA適格資産の範囲を改善するためには、適切なMAの水準調整が必要である。

MAのソルベンシーIIの水準調整では、対応する資産の資産スプレッドのうち、予想信用損失引当金を超える大部分が、資金を束ねることに対する報酬(「流動性プレミアム」)であると仮定している。これにより、保険会社はその「超過」スプレッドの全てを、現金と同じ品質の資本として事前に認識できるようになる。

PRAは、流動性プレミアムとして扱われるリターンの一部が、将来の信用損失の変動に対する補償となるリスクを懸念している。長期的にみても、条件にマッチした投資家はこの変動性にさらされる。したがって、現在のMA設計は、保険会社が実現しないかもしれない将来のリターンを資本として事前に認識することを可能にするリスクがある。上述したように、保険契約者保護のためには、保険負債を他の事業に移転するためには、会社の技術的準備金が十分であることが重要である。このため、市場リスクや信用リスクに対するリスクマージンが存在しないことに留意しつつ、期待損失だけでなく、会社が保有するリスクも反映しなければならない。MAには、長期投資家であるために会社がさらされていないリスクに対する報酬を反映する資産スプレッドの構成要素のみを含めるべきである。

ソルベンシーIIは欧州全体の「フリーサイズ」制度として設計されたため、英国市場に部分的にしか適合していない。さらに、英国市場は、制度が設計されて以来、大きく変化している。ソルベンシーII以前では、年金引受会社は、会社の負債に焦点を当てた、より狭い範囲の資産を保有する傾向があった。会社の負債は、MAを測定するために使用される資産クラスである。MAの枠組みの詳細が合意された2014年には、英国の年金事業を支える資産の約65%が社債、20%がソブリン、15%が住宅ローンとローンだった。保険会社は現在、より広範な資産を保有しており、近年、流動性の低いオルタナティブ資産への投資が着実に増加している。2020年末までに、MAポートフォリオにおける非流動資産の割合はほぼ40%に達したと推定される。加えて、MAの計算は各資産の信用格付に大きく依存しており、会社の内部格付への依存度が高まる中で、不整合や不適切なリスク・マッピングなどのリスクをもたらす。

我々は、保険契約者保護を保障し、他の変化が起こることを可能にするために、見直しの一部としてこれらの問題に対処することを検討することが賢明であると考える。特に、MAが、長期的な成長を支える資産に投資するセクターの能力を高めることができるような変化を行うための適切に強固な基盤を提供することを確保する必要がある。「証拠要請」への回答者は、我々が検討できると考える多くのそのような変化を特定した。これには、投資適格以下の資産から得られるMA便益に対する自動的な制限を取り除くこと、資産適格性ルールを改革すること、MA承認プロセスを改革すること、現在のルールにおけるインセンティブの一部を再調整すること、例えば、コール及び期限前返済機能を有する資産、建設段階にあるインフラ資産に対するより有益な取扱いを可能にすることが含まれる。

これらの理由から、我々はMAへの改革を探求する事例を見る。QISでは、2つの可能な設計バリエーションに関するデータを収集している。これらの変動は、MAの目的を認識し、その価値ある安定化効果を維持しつつ、個々の資産のリスク・プロファイルをより明確に認識し、資産リターン内の信用リスク・プレミアムをより多く考慮することになろう。これらの設計のどちらが望ましいか、又はどのように設計を調整すべきかについては、まだ見解がまとまっていない。QISの演習を通じて、我々は様々な可能性のある調整に関するデータを収集しており、また、広範な経済シナリオにわたるデータも収集している。このデータを使用することで、潜在的な政策オプションをモデル化し、それらがサイクルを通じてどのように実行される可能性があるかを理解して、MAが適切なレベルのメリットを提供できるようになる。

3|ヴァーチャル円卓会議の開催
8月3日には、QISサポートとテンプレートに関する一般的な質問をカバーするために、ヴァーチャル円卓会議を開催した。続いて、QISのリスクマージン要素に焦点を当てた議論が行われた。

8月5日には、QIS内でのMA、VA、及びTMTPの計算について話し合うためのヴァーチャル円卓会議が開催された。
4|定性的アンケートの実施
8月13日には、7月20日に開始されたQISの最初のパーツを補足するための定性的な情報を収集することを目的とし、メインのQISテンプレートに含まれていない他の領域の政策開発をサポートするために、定性的アンケートが公開された。なお、これについても、回答の提出期限は2021年10月20日である。

定性的アンケートは、定量的なバランスシートへの影響を超えて、改革の分野のより広範な分析を行うことを可能にすることにより、QISを補完する。具体的には、アンケートは以下の3つの主要な目的のために情報を収集する。

ⅰ.制度をより合理化及び/又は柔軟にするための改革の開発を支援するため
これにはマッチング調整(MA)要件、内部モデル承認フレームワーク、及び技術的準備金に関する移行措置(TMTP)が含まれる。

ii.潜在的な政策設計オプションのビジネスへの影響、特に会社がMA、リスクマージン及び内部モデル承認フレームワークに対する規制の変更にどのように対応するか、そして、これらの変更がレビューの目的をどのようにサポートするか、を理解するため

iii.現在の制度に準拠するためのコスト、及び、例えばリスクマージンとMAの計算のような潜在的な政策設計オプションの実施コストを理解するため

なお、これについても、同じく8月13日付けで、PRAのExecutive DirectorのCharlotte Gerken氏により、各社のCEO宛に書簡を送って、政府によるソルベンシーIIレビューの一環として、費用便益分析を含む潜在的な改革の開発を支援することを目的とした定性的アンケートを紹介している。

この中で、Charlotte Gerken氏は、「アンケートは、様々な潜在的な政策オプションを分析するための関連情報を収集し、それらがレビューの目的の達成にどのように役立つかを理解するために作成された。」とし、次のステップの中で、「QIS及び定性的アンケートからのデータを入手した後、我々は財務省と緊密に協力し、他の情報と共に結果を分析し、政策提案を作成する。」と述べている。

また、QISと同様に、9月上旬には、定性的アンケートに関する一般的なコメントや質問をカバーする円卓会議が開催される。

(参考)MA資産及び負債情報のリクエスト
なお、QISの一部ではないが、ソルベンシーIIのレビューをサポートするその他の依頼として、PRAは、6月16日に、MAの承認を得ている会社に対して、既存のソルベンシーⅡ制度の下での関連会社のMAポートフォリオに関連する詳細な資産データと資産及び負債のキャッシュフローデータの両方を要求している。

7―まとめ

7―まとめ

以上、ここまでで、2020年10月に出された英国政府によるソルベンシーIIレビューの証拠要請に対する意見を踏まえての英国政府の反応、さらには、ソルベンシーIIにおけるRFRのLIBORからSONIAへの移行、報告要件のレビュー及びQIS(定量的影響調査)等を巡る動向について報告してきた。

前回のレポートでも報告したように、リスクマージンやマッチング調整の改革については、英国政府やPRAは強い課題意識で取り組む姿勢を見せており、この点はEIOPAとはスタンスが異なるようにもみえる。一方でPRAは、ソルベンシーIIに完全に背を向けた独自の規制を構築していく可能性は低いことを示唆している。また、ABIも英国とEUのソルベンシーIIが大きく異なることについての懸念を表明している。その意味で、英国とEUのソルベンシーIIが大きく解離していく可能性はかなり低いものと考えられている。

ただし、リスクマージンンの問題を取り上げてみても、英国とEUの取組姿勢には少なからぬ差異があるようであり、これがどのような形で調整され、収束していくのかについては大変注目されるところとなる。このテーマについては、ABIが提案しているような、「IAIS(保険監督者国際機構)が開発を進めているICS(保険資本基準)におけるMOCE(現在推計を超えるマージン)そのものを採択する」ことの是非や、それとは異なる方式を採用するとした場合のICSとの関係をどう整理していくのか、も気になってくることになる。

いずれにしても、英国とEUで規制が異なる部分は出てくることは一定程度避けられないことであり、それがある意味でBrexitの目的でもあったということになる。英国の保険業界にとっては、リスクマージンやマッチング調整の改革等、保険業界にとって歓迎されるレビューもあるが、一方でPRAの考え方に基づいて、保険業界にとってEUのソルベンシーII以上に厳しい規制が課される可能性もあることになる。そもそもマッチング調整の改革についても、実際の適用要件の緩和等に対する考え方自体はPRAと保険業界とで必ずしも一致しているわけではない。

重要なことは、これらの結果として、レビュー後の英国のソルベンシーII制度が本当にEUのソルベンシーII制度との同等性が確保できるのかということになってくる。英国の保険業界にとっては、ある意味でこれが最も関心が高い事項ということになる。これが認められなければ、英国さらには(英国政府のスタンスによっては)EUの保険会社にも余分な負担を強いることになりかねないことになっていく。

英国の立場から言えば、前回のレポートでABI規制担当理事のHugh Savill 氏がそのコメントの中で述べていたように、現在のソルベンシーIIについては、英国の資本規制であった「ICA規律に基づいて」おり、その制度構築に当たっては多くの基礎数値が英国からのデータに因っていることから、自分たちが保守本流だとの考え方がベースにあるようである。従って、自らのソルベンシーII制度がEUから評価されるという立場に置かれることについては忸怩たる思いもあるかもしれない。

英国におけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向は、そのEUソルベンシーIIとの同等性評価に絡む問題、それがさらにはICSにおける米国のAM(合算法)を始めとする各国の資本規制に対する同等性評価等にも関わってくる問題でもあることから、EUにおけるソルベンシーIIのレビューの動向(この秋に欧州委員会によるレビュー内容の提案が想定されている)と合わせて、極めて関心の高い事項である。

日本における新たなソルベンシー規制の検討の上においても、参考になることが多いと思われることから、今後ともその動向を引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2021年09月07日「基礎研レポート」)

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