2021年05月12日

欧州大手保険グループの地域別の事業展開状況-2020年決算数値等に基づく現状分析-

中村 亮一

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6Zurich
Zurichは、世界の215を超える国と地域で、生命保険・損害保険等のサービスを提供している。

Zurich は、事業ポートフォリオの見直しを適宜行っており、非中核事業の撤退を通じて資本を解放する一方で、成長が見込める市場において、買収等に再投資してきている。

(1)地域別の業績-2020年の結果-
欧州では、自国のスイス以外に、ドイツや英国から高い営業利益を上げている他、アイルランド、スペイン、イタリアからの営業利益も有意な水準となっている。ただし、こうした欧州各国からの構成比は全体の66%であり、残りの34%を北米9、中南米、アジア・太平洋が占めている。

他社との比較では、アルゼンチン、ブラジル、チリ、メキシコ等の中南米の位置付けが高くなっているのが特徴的で、営業利益で15%を占めている。Banco Santanderとの提携によるZurich Santanderにおける販売等が貢献している。また、アジア・太平洋のシェアも保険料、営業利益、MCEVにおいて2割弱と高い水準になっている。
生命保険事業(Global Life)の地域別内訳(2020年)
うち 欧州の主要国別内訳
 
9 Zurichの米国子会社グループは、他の米国事業を有する会社の米国子会社グループのような大きな規模を有していない。
(2)地域別の業績-2019年との比較-
Zurichの決算数値は米ドル建で報告されているため、2019年との比較を見る上では、2020年の米ドルの主要通貨に対する状況を考慮しておく必要がある。

営業利益は、アジア・太平洋が引き続き継続的な高成長をベースに32%と大きく進展したものの、欧州・中東・アフリカ及び中南米での減少の影響で、全体でも4%のマイナス進展となった。欧州では、スイス、スペインでプラス進展だったものの、その他の主要国がマイナス進展だった。

なお、MCEVは6%増加したものの、新契約価値は7%減少した。
生命保険事業(Global Life)の地域別内訳(2019年から2020年に向けての増加額と進展率)/うち 欧州の主要国別内訳(2019年から2020年に向けての増加額と進展率)
(3)地域別展開に関する方針及びトピック
Zurichは、2020年に、以下の地域別展開の見直し等を公表してきている。

・2020年10月8日には、Zurichの健康と福祉の新興企業であるZurich LiveWellがオーストラリアに拠点を置くデジタル健康福祉サービスプロバイダーHealthLogixと南アフリカに拠点を置くHealthInsiteを創設者から買収することに合意したと発表した。

・2020年12月11日には、子会社であるFarmers Group、IncとFarmers Exchanges が、MetLifeの米国の損害保険事業を39.4億米ドルで買収することに合意した、と発表した。この取引については、2021年4月7日に完了したことが発表された。
(参考)Prudential
以前のPrudential plcは、2019年10月に、アジアと米国における保険事業を展開するPrudential plc10と欧州における保険事業と投資管理事業を展開するM&G pl11に分割された。これらのPrudential Groupは、米国やアジアの14カ国及びアフリカの5カ国等に加えて欧州の約20カ国を合わせた約40カ国で、生命保険事業を展開している。

なお、Prudentialは、2021年1月に、2021年第2四半期に、米国事業であるJackson Financial Incをグループから分離することを決定した、と公表している。

(1)地域別の業績-2020年の結果-
米国子会社のJackson National Groupは、2020年末の認容資産で、生命保険・健康保険グループで第10位となっていた。なお、2019年における米国とアジアの営業利益はほぼ同水準であったが、2020年においては米国が45%、アジアが55%となって、アジアのシェアが高くなっている。新契約利益については、アジアが米国の約4倍となっている。
生命保険事業(Long-Term Business Operation)の地域別内訳(2020年)/(参考)M&G plc
 
10 分離後のPrudential plcは、英国に本社を置き、ロンドン証券取引所でpremium listingされ、香港でprimary listingされ、ニューヨークとシンガポールに上場している会社となる。また、英国又は欧州の顧客を持たないため、ソルベンシーII制度の対象外となる。
11 M&G Prudentialのグループ全体の監督者は、引き続き英国の保険監督当局であるPRA(健全性規制機構)が務めることになる。
(2)地域別の業績-2019年との比較-
2019年との比較では、営業利益とEEVはアジアで二桁進展したが、米国では大きく減少した。
生命保険事業(Long-Term Business Operation)の地域別内訳/(参考)M&G plc
IFRS営業利益で見た場合のアジア各国の営業利益の状況は、以下の図表の通りである。

2020年については、2019年に引き続いて若干のマイナス進展だったインドネシアを除けば、各国で順調にプラス進展となっている。
IFRS営業利益の地域別内訳(アジアの主要国)
(3)地域別展開に関する方針及びトピック
Prudentialは、2020年以降に、以下の地域別展開の見直し等を行ってきている。

・2020年7月17日には、Athene Holding Ltd による米国事業への5億ドルの株式投資が完了した、 と公表した。

・2021年1月28日には、2021年第2四半期に、米国事業であるJackson Financial Incをグループから分離することを決定した、と公表している。提案された分割により、Prudentialは、Jacksonの分離を加速し、高成長のアジア及びアフリカ事業(医療、保障及び貯蓄市場)に専念するグループへの変革を完了することになると述べている。
 

4―まとめ

4―まとめ

以上、欧州大手保険グループの2020年の保険事業について、生命保険事業を中心に、地域別の事業展開の状況について報告してきた。ここで、今一度欧州大手保険グループの状況を総括するとともに、日本の生命保険会社への示唆について考えてみる。これまでのレポートの繰り返しになる部分もあるが、この1年間の状況を踏まえて改めて述べておく。
1|市場の選別化の動き
各社の自国以外の地域への事業展開の方針等は必ずしも一様ではない。各社毎に、重点を置く事業種類等も考慮した上で、地域選定等に特徴を有した形になっている。その中には、積極的に海外進出するだけでなく、一旦進出した地域からの事業撤退等を行い、高成長市場や自社の強みが生かせる市場等に資源を集中していくケースも含まれている。

前年度のレポートで述べたように、2019年におけるこれらの動きは、2017年までの動きと比べて、2018年同様に比較的落ち着いたものとなっていた。2019年にはそれまでに合意を得ていた取引が正式に完了したケースがいくつか見られたが、新しい買収や売却については、これまでに比べると少なくなったとの印象を受けるものだったと述べていた。またこれは、欧州の大手保険会社が、これまでに先行的に必要な対応を進めてきた結果、既に一次的にはほぼ一定の戦略的対応が図られたことを意味しているものと想定される、と述べていた。ところが、2020年に入ってからも、各社はより積極的な市場の選別化の動きを見せており、その意味では、こうした動きは、今後も引き続き絶えることなく、状況に応じて、行われていくことになるものと推測される。
2|地域毎の展開スタンスや展開状況の違い
これまでの自国以外の保険先進国や新興国への進出を通じて、基本的には各社とも、自国以外での収益機会の拡大を目指してきており、実際にこれらの地域の多くで、着実に一定規模の収益を確保してきている。

(1)欧州
まずは、EUの保険先進国においては、相互に参入しあって、お互いに有意な市場シェアの獲得にしのぎを削ってきている。ただし、これまでの経緯や各国の市場と特性等も反映して、各社ごとの特徴もみられ、各保険先進国での相互の進出状況も異なるものとなっている。さらには各社とも、近年は中東欧の新興国やトルコ等に積極的に注力してきている。これについても、各社が特に注力する国については各社各様となっており、全ての会社が全ての国で一様に取り組んでいるわけではない。

(2)米国
米国においては、2019年にAXAがEquitableを売却して、米国の生命・貯蓄市場から撤退したことから、今回取り上げた欧州大手保険グループ7社の中では、Allianz、Aegon、Zurich及びPrudentialが米国の生命保険市場で一定のプレゼンスを有している状況となった。

改めて、米国は、巨大な魅力的な市場ではあるが、競争の激しい市場であり、自社の強みを生かした分野で成長を目指していくことの重要性を再認識させられる状況になっている。

(3)アジア・太平洋
アジア・太平洋においては、欧州大手保険グループは、基本的には積極的に事業展開を進めることで、収益機会を拡大させてきている。

ただし、一口にアジア・太平洋とはいっても、各市場への取組みについては各社各様である。日本、韓国、オーストラリア等の生命保険が既に高水準で浸透している国においては、撤退ないしは進出をしていないケースも多く、これらの国での欧州大手保険グループのプレゼンスは必ずしも高いものとはなっていない。これらの国では、既にローカルの保険会社のプレゼンスが一定程度確固たるものになっていることや、韓国等では昨今の低金利下での過去の逆ざや契約の存在等が、これらの地域での事業展開やその継続を判断していく上で影響を与えている形になっているものと推測される。

これに対して、東南アジア諸国に対しては、今後の高成長が見込める高いポテンシャルを有する市場として、各社とも高い優先順位を与えて積極的に取り組んできている。これらの国々では、欧州大手保険グループ各社が進出して、一定の市場シェアを確保して、その地位を高めてきていた。ただし、2020年においては、2019年に引き続いて、これらの市場からの撤退を決断しているケースもいくつか見られ、事業の集中と選択がこのような成長市場においても必須になってきている状況が見てとれる。

一方で、中国やインドは、巨大なポテンシャルを有して、高い成長が見込める市場ではあるが、これまでの外資規制等の影響で、ローカルの国営等の保険会社が引き続き高い市場シェアを有している。これらの国では、外資規制の下で、外資系会社も、現地の企業との提携を進める中で、着実にその地位を築き上げてきてはいるものの、そのシェアは、東南アジア諸国における状況と比較すれば、いまだ低い水準にとどまっている。ただし、これらの国では、今後さらなる外資規制等の緩和も期待されていることから、各社ともこれらを絶好の機会と捉えて、市場シェアの拡大を目指していくことになるものと思われる。

いずれにしても、新興国における事業展開においては、各種規制の変化に伴うリスク等も念頭に置いておく必要がある。

(4)中南米
ブラジル、メキシコ等の中南米諸国についても、今後成長が期待できる市場として、欧州保険グループ各社は注目してきている。ただし、これらの地域では、引き続きローカルの保険会社のプレゼンスが高い上に、外資系の会社としては、むしろ米国やカナダの会社が相対的に高いプレゼンスを有しており、欧州の保険グループのプレゼンスはZurich等を除けば高いとはいえず、現時点でのグループ全体の財務面への影響もいまだ限定的な状況にある。
3|グローバル展開に伴うリスクの分散化や業績の安定性への寄与
前年からの地域別の進展率等については、各社毎の異なる地域展開の方針及び地域毎の市場環境の違い等を反映して、必ずしも一様ではない。ただし、これらを合算したグループ全体の数値は、分散効果も一定程度見られる中で、比較的安定した形になっている。2020年においては、新型コロナウイルスのCOVID-19の影響が無視できないものとなっているが、その影響の度合い等についても、「新型コロナウイルスの感染拡大が保険会社に与える影響(2)-欧州大手保険Gの2020年決算発表による-」(2021.4.30)で報告したように、事業部門や地域等によって異なるものとなっている。

昨今は、金融市場がグローバルベースで相互にリンクして、1つの地域での影響が他の地域に与える影響も大きくなってきており、それとの関連で保険会社の収益状況も地域毎に完全には独立しているとはいえない要素が高まってきている傾向もみられるが、グローバル展開は基本的には各国独自の要素に基づく影響の程度を緩和し、安定化に寄与する意味合いを引き続き一定程度有していくものと思われる。
4|日本の生命保険会社への示唆
昨今、日本の生命保険会社も、アジア各国での現地企業との合弁会社を通じた積極的な事業展開に加えて、米国や豪州の会社の買収等を通じて、先進国も含めた海外での生命保険事業の展開を積極化させてきている。ただし、欧州大手保険グループが以前からより積極的に海外事業展開に取り組んできたことに比べれば、日本の生命保険会社の海外事業展開やそのグループの中におけるプレゼンス、さらにはそれぞれの事業展開地域におけるプレゼンスは、まだまだ高いといえる状況にはない。

日本の大手各社が公表している経営計画等によれば、今後海外事業からの収益を拡大していく方向性が示されてきている。この際、グループでのガバナンスやリスク管理、有効な資本政策のあり方等いろいろな意味で、欧州の大手保険グループの先行的な事例に学ぶべきことは多いものと考えられる。

ただし、欧州大手保険グループの海外事業戦略においては、一方的に事業地域の拡大を図るだけではなく、各国の保険市場の特性等を分析する中で、収益状況や成長可能性等を見極めながら、コア事業となりうるものに集中し、コアでない市場からは速やかに撤退する等の方針が明確に示されており、実際にその方針が実行されてきている。

単純な規模やプレゼンスの拡大を目指して、グローバル展開を進めるのではなく、自社の強みを十分に認識した上で適時適切な判断を行っていくことがより重要になってきているといえる。既存保険会社の買収を通じて海外事業を展開していく場合において、買収に伴うプレミアムに見合うリターンをいかに獲得していくのかについて、会社の方針・戦略をより一層明確化していくことが求められてきているものと思われる。

さらに、グローバルに事業展開を進めていく上では、国際的な保険資本規制や国際的な保険会計基準の適用への対応も問われてくることになる。日本と米国はともかくとして、欧州やアジア・太平洋地域においては、基本的にはこうしたグローバルな規制の動きに対応したローカルの規制の見直し等も行われてきている。

日本の生命保険会社は、こうした世界における監督規制の動向及びそれらを通じての日本の監督規制への影響も踏まえつつ、海外事業の積極的な展開に向けた戦略や体制を構築していくことが求められてきている。

以上、ここまで、2020年における欧州大手保険グループの海外事業展開の状況を報告するとともに、これらを踏まえての日本の生命保険会社にとっての示唆について考えてきた。

欧州大手保険グループは、ある意味、最も先駆的にこれらの課題に取り組んできていることから、今後もこうした会社の戦略や方針は、今後のグローバル展開を考えていく日本の生命保険会社にとって、いろいろな点で大変参考になるものがあると思われる。今後とも、その動向については引き続き注視していくこととしたい。
 
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中村 亮一

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(2021年05月12日「基礎研レポート」)

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