2021年03月31日

中国大手のP2P互助、相次いで閉鎖、進む業界再編

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1――2021年3月、「軽松互助」、「水滴互助」が閉鎖

3月24日、医療保障を提供するP2P互助事業の「軽松互助」が閉鎖を発表した。次いで、26日には同じ形態をとる「水滴互助」も閉鎖を発表している。1月のフードデリバリー美団による「美団互助」の閉鎖もさることながら、多くの会員を抱えるP2P互助事業の閉鎖が相次いでいる。

プラットフォーマーによる金融事業への参入を牽制する方針に伴い、金融監督当局は、保険運営のための免許取得の取り扱いについても一段と強化している。これまでP2P互助事業は保険事業と位置付けられず、それに替わる免許取得のための規定や監督・管理規制も設けられていなかった。

いずれの企業も今般の閉鎖は、事業の成長を見越した‘発展的’な閉鎖であるとはしているものの、一連の牽制への対応も含まれている点は否定できないであろう。
 
軽松互助の閉鎖は、その当日に伝えられた(以下は要約)。

「軽松互助は2016年4月以降、5年にわたり安定した運営をしてきました。この5年間で合計8,934名に給付を行い、病気で最もつらい時期を共に過ごしてきました。皆様に感謝申し上げます。本日、2021年3月24日、18時をもって閉鎖します。」

3月31日までは給付の受付が継続されるが、ネット上では「閉鎖と言ってしまえばそれまでなのか」といった声も上がっている。P2P互助は加入ハードルが低く、負担も少額である反面、保険商品とは異なり、消費者保護を目的とした救済措置が設けられているわけではない。
 
一方、水滴互助の閉鎖は、閉鎖まで5日の猶予をもって発表された(以下は要約)。

「水滴互助は、この5年間で、数千万人の会員と連携し、給付金を全員で負担し、合計21,235の家庭とともに困難を乗り越えてきました。一人ひとりの善意が水滴互助を支えていました。水滴互助は2021年3月31日18時に閉鎖します。」

水滴互助も軽松互助と同様に、3月31日までは給付の受付が継続される。ただし、軽松互助と異なるのは、会員が同意をすれば、水滴が取り扱う医療保険(保険期間1年、最高給付額50万元)に加入ができる点だ。最初の1年の保険料は水滴側が負担する。水滴互助の会員数は最大手の相互宝に次いで多く、およそ8,000万人とされている。会員規模から社会的な影響が大きい点が考慮されたのであろうが、水滴側としては一時的な補償は発生するものの、水滴互助の会員をそのまま引き継ぐこともできる。
 

2――P2P互助事業を取り巻く環境の変化

2――P2P互助事業を取り巻く環境の変化

軽松互助、水滴互助は、これまで治療費が高額な重大疾病や癌などについて、年間数十元の負担で最高30万元などの高額な給付を行ってきた。給付は、会員から予め少額の会費を集めたプール金からなされる。このプール金自体はすべて給付に充てられるため、運用や投資等は行えないことになっている。プール金が不足すれば、会員から一定額を再度徴収する。中小規模の都市の住民や、農村から都市に移住した若者など所得が相対的に高くない層を中心に広まり、軽松互助の(給付を分担する)会員数は1,700万人ほどに達していた。

ニッセイ基礎研究所は2020年8月に実施したアンケート調査において、およそ20種類のP2P互助について加入状況を調べた1。その結果、全体の88.1%が何らかに加入しており、「水滴互助」は「相互宝」に次いで加入者の多い39.3%を占めた。複数加入が多い点もあるが、軽松互助については13.9%であった(図表1)。
図表1 加入状況(複数選択/n=1,234)
P2P互助事業については、2020年後半からの当局によるプラットフォーマーへの牽制や、2020年11月のアント・グループのIPO延期等の影響から運営が不安視され始め、加入者離れが加速していた。加えて、P2P互助市場では、2019年、2020年と加入者が急増したことから給付件数も増加し、1人あたりの負担額にも増加が見られた。例えば、アント・グループによるP2P互助の「相互宝」は1人あたりの年間の平均負担額を公表しているが、2019年が29元であったのに対して、2020年はそのおよそ3倍の91元まで増加している。P2P互助事業の多くは開始当初、‘会員間の助け合い’を主軸に、少額の負担を謳っていただけに、負担が重いと感じる会員が離れるといった現象も出現していた。それと同時に、保険市場においても比較的低額な負担で同様の保障が得られる医療保険、重大疾病保険が増えた点もあろう。例えば、各市が保険会社と提携して提供している「恵民保」や、ネット保険などへの乗り換えも挙げられる。
 
運営側としても、主力事業が別にある中で、P2P互助事業の継続を目的とした保険経営免許の取得は、資金面や取得条件が厳しいことからも、現実的ではないであろう。保険経営による収益の確保や、保険関連法における保険に該当するいった点からも、これまでのような少額で、年齢にかかわらない定額制または事後拠出制の負担金での運営は難しくなる。また、運営当事者は保険者に相当する者として保険給付に係るリスクを負う必要もでてくる。
 
そもそも既存の保険事業と同一の規制を適用することが難しいP2P互助事業について、日本のような規制のサンドボックス制度といった特例措置は設けられておらず、P2P 保険プラットフォームに対する少額短期保険業者のような位置づけも用意されているわけではない。現状では、結果的に、事業を閉鎖または手放さざるを得ない状況にある。アント・グループが2020年9月、上場に関する目論見書で、「相互宝については監督管理規制の発出を待っているが、最終的に、規定・規制の条件を満たすことができなかった場合、相互宝の業務を切り離すことも辞さない」とした。この点も、P2P事業の一連の閉鎖に少なからず影響を与えていると考えられる。
 
1 本調査の調査対象者は、中国における一線都市から四線都市に居住し、1960年代生まれ~2000年代生まれの各世代(主に10~50代)の男女で、株式会社インテージの提携会社のモニター会員。性年代別の割付は中国の国勢調査に基づいている。調査期間は2020年8月7日~8月20日。有効回答件数は1,400。
 

3――経営形態の変容、P2P事業の閉鎖

3――経営形態の変容、P2P事業の閉鎖。今後は、最大規模の「相互宝」の動きを注視

軽松互助、水滴互助の事業は、もとはクラウドファンディング事業から発展したものだ。癌や重大疾病による高額な治療費の支払いが困難な患者個人に、ネットで寄付を募るための場を提供していたのだ。P2P互助事業は、これらクラウドファンディング事業のユーザーや会員向けに、低額での医療保障の提供を可能にしようとするものであった。これまでは、クラウドファンディング事業、P2P互助事業に加えて、収益化をはかるべくユーザー向けの保険販売を目的とした保険ブローカー事業が事業の柱となっていた。

美団互助が本業のデリバリープラットフォーム事業への回帰を目指したのと同様に、軽松互助、水滴互助も今後は、医療費の寄付を募るクラウドファンディング事業と保険ブローカー事業を中心とした医療保障、更にはヘルスケア事業を中心とするプラットフォーマーとして歩むことになるであろう。
 
翻って、今後は、加入者が最大規模の相互宝の動きが注目される。相互宝は、水滴互助とともに、保険監督当局によって名指しで批判されている2。内容としては、相互宝、水滴互助とも保険経営の許可を得ていないこと、水滴互助は事前に費用を徴収した上でプールしており、 その資金が別途利用され、管理を正しくしなければ社会にリスクを与えるとしていた。水滴互助は上掲のような幕引きとなったが、最大規模であるおよそ1億人の会員を抱え、これまでP2P互助事業の旗手であった相互宝がどのような対応をとるのか。社会的な反響が大きいだけに、その動向が注目される。
 
2 2020年9月、中国銀行保険監督管理委員会(銀保監会)の非合法金融活動取締り局が中国保険保障基金の機関誌『保険業リスク観察』に、「非合法の民間保険活動の分析及び対策提案の研究」とした内容の文書を発表。文書としては、保険事業全体について触れているが、社会に甚大な危害を与える内容として、相互宝、水滴互助の名前を挙げている。特に、プラットフォームによる金融サービスについては、‘4無’(監督官庁がない、監督・管理規制がない、業 界基準がない、規範化されていない)の状態とした。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2021年03月31日「基礎研レター」)

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