2021年01月27日

2021年度の年金額は、現役賃金と同様に0.1%の減額 (前編)-2021年度から変わる年金額改定ルールの経緯や意義

保険研究部 上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任   中嶋 邦夫

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1 ―― 年金額の改定ルール:本来のルールと年金財政健全化のための調整ルールの2つを適用

1|改定ルールの全体像:現在は2つのルールを適用
公的年金の年金額は、経済状況の変化に対応して価値を維持するために、毎年度、金額が見直されている。この見直しは改定(またはスライド)と呼ばれ、今年度の年金額が前年度と比べて何%変化するかは改定率(またはスライド率)と呼ばれる。ただ、現在は年金財政を健全化している最中であるため、年金額の改定率は、常に適用される改定率(以下、本来の改定率)と年金財政健全化のための調整率(いわゆるマクロ経済スライド)を組み合わせたものとなっている(図表1)。
図表1 年金額改定ルールの全体像
2|本来の改定ルール:年金額の実質的な価値を維持するため
(1) 基本的な考え方:年金額の実質的な価値を維持しながら、少子化・長寿化にも配慮
本来の改定ルールは、年金財政の健全化中か否かにかかわらず常に適用されるルールを指す。経済状況の変化に対応して年金額の実質的な価値を維持する、という年金額改定の基本的な役割を果たすための仕組みである。

2000年改正以前は、新しく受け取り始める(新規裁定の)年金額も受給開始後の(既裁定の)年金額も、約5年ごとの法改正によって、賃金水準の変化に連動して改定されていた2。これは、おおまかにいえば、年金受給者の生活水準の変化を現役世代の生活水準の変化、すなわち賃金水準の変化に合わせるためである。言い換えれば、現役世代と引退世代が生活水準の向上を分かち合う仕組みといえる。また、この仕組みは年金財政の観点からも合理的である。年金財政の主な収入は保険料で、これは賃金の水準に連動して変化する。このため、年金財政の支出である給付費も賃金に連動して変化させれば、年金財政のバランスは維持される。

しかし、この財政バランスが維持される話は、現役世代と引退世代の人数のバランスが変わらない場合にしか成り立たない。少子化や長寿化が進む社会では、現役世代の人数が減って保険料収入が減り、引退世代の人数が増えて支出である給付費が増えるため、財政バランスが悪化する。そこで2000年改正後は、受給開始後の年金額は物価水準の変化に連動して改定されることになった。過去の経済状況では賃金の伸びよりも物価の伸びの方が低かったため、この見直しによって給付費の伸びを抑え、保険料の増加を抑えることが期待された。さらに2004年改正では、従来は法改正を経て行われていた年金額の改定を、予め法定したルールで毎年度自動的に行うことになった。具体的なルールは、図表2のように規定された。
図表2 本来の改定ルールの原則
 
2 毎年度の年金額は物価上昇率に連動して改定され、5年目に過去5年分の賃金変動率に合わせて改定される方式だった。
(2) 特例:2020年度までは受給者の生活に配慮、2021年度からは将来の給付に配慮
2004年の改正では、上記の原則的なルールに加えて特例ルールも規定された。従来は賃金水準の伸びが物価水準の伸びを上回ることが一般的だったが、2000年代に入ると賃金水準の伸びが物価水準の伸びを下回る場合も想定されるようになってきた。そこで、賃金水準の伸びが物価水準の伸びを下回る場合には、現役世代の賃金の伸びと年金額の伸びとのバランスや既に引退している受給者の生活への影響を考慮して、原則とは異なる特例的なルールが設定された(図表3の中央)。

この特例的なルールのうち(4)と(5)の場合には、年金財政の支出を左右する年金額の改定率が年金財政の収入を左右する賃金上昇率よりも高くなるため、年金財政が悪化する方向に働く。年金財政が悪化すると、後述する年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)をより長期に行う必要がでてくるため、将来の給付水準(所得代替率)は特例がない場合(図表4右側の赤線)よりも低下する(図表4右側の黒線)。その一方で、特例に該当した時点の給付水準(所得代替率)は、分子の年金額の伸び率(改定率)が分子の現役世代の賃金の伸び率(賃金上昇率)よりも高くなるために上昇する(図表4左側の黒線)。つまり、「特例に該当した時点の高齢者は特例がない場合と比べてより高水準の給付を受け取れる一方で、将来の高齢者はより低水準の給付を受け取ることになる」という意味で、世代間のバランスが悪化する。

これらの特例に該当する場合が稀であれば大きな問題はないが、制度開始後に多くの年度で該当した(図表3左の◆)。そこで2016年の法改正で、図表3のうち(4)と(5)の場合も(6)と同じルールを適用して年金財政を悪化させないように見直された(図表3の右)3。この改正を盛り込んだ法案は野党から「年金カット法案」と呼ばれたが、カットというよりも前述した給付水準の上昇を抑える内容である。この改正により改正前と比べて年金財政健全化のための調整(マクロ経済スライド)を早めに停止でき、将来の給付水準が上昇する(図表4右側の丸い吹き出し)4
図表3 本来の改定ルールの全体像(原則と特例)
図表4 本来の改定率の特例によって、年金財政の健全化に必要な調整期間が長引いたり、当面の給付水準(所得代替率)が上昇する一方で将来の給付水準が低下するイメージ
なお、この見直しは年金財政や世代間のバランスにとって大変有意義だが、施行は2021年度からと遅めになっている。この理由は、年金額の改定に使う賃金変動率(名目手取り賃金変動率)に、2017年まで続いた保険料率の引上げが影響しなくなってから実施するため、と説明されている5。これは、年金受給者に対する配慮と理解できる。保険料率の引上げが影響しない賃金変動率は、影響している賃金変動率よりも高いため、影響しなくなってから実施することで今回の見直しによる改定率の低下の影響を抑える効果がある。早期に実施された方が、財政悪化の懸念が減って将来の給付水準の低下を防ぐ効果があるが、現在の受給者は既に退職しているため、制度の見直しで予定外に年金給付が目減りした場合に家計をやりくりする余地が小さくなっている。遅めの施行時期は、将来への配慮と現在への配慮のバランス、言い換えれば世代間の思いやりが重要であることを示唆している、と言えるだろう。
 
3 この改正により、本来の改定ルールは、受給開始までの改定率(新規裁定年金の改定率)は常に賃金上昇率、受給開始後の改定率(既裁定年金の改定率)は賃金上昇率と物価上昇率のどちらか小さい方、と単純化される。
4 新聞などでこの利点が解説され、各紙の世論調査での同法案に対する賛成の割合は、法案審議から審議後にかけて上昇した。拙稿「『年金カット法案』は全国紙3紙でどう報道されたか」参照。
5 社会保障審議会年金部会(2016年3月14日)議事録。保険料率の引上げは図表2の可処分所得変化率に影響する。3年度前の値が用いられるため、最後の引上げとなった2017年度の影響は2020年度の改定に影響した。
3|年金財政健全化のための調整ルール(いわゆるマクロ経済スライド)
(1) 基本的な考え方:保険料の引上げ停止に伴い、少子化・長寿化への対応策として導入
年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)は、年金財政が健全化されるまで実施される仕組みである。このルールは、2004年改正で導入され、2015年度から適用が始まった。2004年の改正では、年金財政の基本的な仕組みが大きく変わった。2004年改正より前は、大まかに言えば、少子化や長寿化の進展にあわせて将来の保険料を引き上げ、給付水準を維持する仕組みだった。しかし、2002年に公表された試算では、当時の給付水準を維持するには厚生年金の将来の保険料を当時の2倍近い水準(労使合計で年間給与の23.1%)へ引き上げる必要がある、という結果になった(図表5左)。そこで、2004年改正では、将来の企業や現役世代の負担を考慮して保険料(率)の引上げを2017年に停止し6、その代わりに将来の給付水準を段階的に引き下げて年金財政のバランスを取ることになった。この給付水準を引き下げる仕組みが年金財政健全化のための調整ルールであり、「マクロ経済スライド」と呼ばれるものである。この仕組みは年金財政が健全化するまで続くが、年金財政がいつ健全化するかは今後の人口や経済の状況によって変わる(図表5右)。
図表5 保険料率(厚生年金)の推移と、今後の給付水準の見通し(2019年公表の将来見通し)
この仕組みでは、原則として、保険料を支払う現役世代が減少した影響と、年金を受給する引退世代が増加する影響にあわせて、年金額の改定率が調整(実質的に削減)される。具体的な仕組みは、図表6のとおりである。このような仕組みになっている理由は、次のような単純化した年金財政で考えると大まかに理解できる(図表7)。年金財政を単純化して、保険料収入と年金給付費だけを考える。保険料収入は、加入者(被保険者)の人数とその給与に保険料率を掛けたものになる。一方、年金給付費は、受給者の人数と1人当たりの年金額を掛けたものになる。この両者がバランスしていれば、年金財政は安定しているということになる。これを変化率で考えてみると、保険料収入では、保険料率は2017年度から固定されているので、加入者数の増加率と賃金の上昇率が収入の増え方に影響することになる。支出は、受給者の増加率と、年金額の変化すなわち年金額の改定率に影響を受ける。
図表6 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の原則
この図表7の3番目の式を「年金改定率=」という形で組み替えると、図表7の4番目の式になる。年金改定率は、賃金の上昇率に、加入者数の増加率から受給者の増加率を引いたものを加える、ということになる。ここで、受給者数の増加率は引退世代の寿命の伸び率に近いと考えることができる。すると、年金改定率は、賃金上昇率に、加入者数の増加率と引退世代の寿命の伸び率の差を加えることになる。このうち、賃金上昇率が本来の年金改定率であり、加える部分が年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)に相当する。加入者数の増加率は少子化の影響で基本的にマイナスになるので、年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は基本的にマイナスになる7

前述した本来の改定ルールと、この年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)との関係は、次のように整理できる。前述したように、本来の改定ルールは現役世代と引退世代のバランスが変わらない場合に年金財政のバランスを維持する仕組みであり、この仕組みだけでは少子化や長寿化という人口構成の変化には対応できない。そこで、本来の改定ルールに、人口構成の変化に対応する年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)を組み合わせることで、少子化や長寿化の下でも年金財政のバランスを維持できるようにしている、と言える。
図表7 単純化した年金財政で考える、年金財政健全化のための調整率のおおまかな意味合い
 
6 厚生年金の保険料率は18.3%で固定された。国民年金の保険料(額)は2017年度に実質的な引き上げが停止され、以降は賃金上昇率に応じた改定のみが行われている。この改定は、厚生年金において保険料率が固定されても賃金の変動に応じて保険料の金額が変動することに相当する仕組みと言える。
7 年金財政健全化のための調整率(マクロ経済スライドのスライド調整率)は、少子化の影響で基本的にマイナスになるが、高齢者の就労増加などで公的年金の全被保険者(加入者)数の増加率(2~4年度前の平均)が+0.3%以上になった場合には、この調整率はプラスになり得る。2016年の法改正では、この調整率が2018年度以降にプラスになる場合はゼロとする(すなわち年金額を増やす方向のマクロ経済スライドの調整は行わない)という規定が追加された。
(2) 特例:受給者の生活に配慮
基本的な考え方は上記の通りであるが、年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)にも、特例ルール(いわゆる名目下限ルール)が設けられている。特例ルールは、a:基本ルールどおりに調整率を適用すると調整後の改定率がマイナスになる場合と、b:本来の改定率がマイナスの場合、に適用される(図表8中央)。大雑把に言えば、特例aは物価や賃金の伸びが小さいとき、特例bは物価や賃金が下落しているときに適用される。

特例aの場合は、単純に調整すると調整後の改定率がマイナスになるので、名目の年金額が前年度を下回ることになる。これを避けるため、実際に適用される調整率の大きさ(絶対値)を本来の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%にされる。特例bの場合は、本来の改定率がマイナスなので、この場合も名目の年金額が前年度を下回ることになる。そこで、年金財政健全化のための調整を行わず、本来の改定率の分だけ年金額が改定される。

2017年度までは、これらの特例ルールに該当した場合に生じる未調整分は繰り越されていなかった。しかし、前述した本来の改定率と同様に多くの年度で特例に該当したため、2016年の法改正で見直された。具体的には、2018年度分から未調整分が累積され、2019年度以降で特例に該当しない年度、すなわち基本ルールどおりに当年度の調整率を適用しても調整後の改定率がプラスになり、さらなる調整余地が残っている年度に、当年度分の調整と未調整分を合わせて調整する仕組みになった(図表8右の繰越適用(基本))。なお、繰り越した未調整分が適用される際に調整後の改定率がマイナスになる場合は、特例aと同じ考え方で、実際に適用される調整率(当年度の調整率と未調整の繰り越し分の合計)の大きさ(絶対値)を本来の改定率と同じ大きさ(絶対値)にとどめて、調整後の改定率はゼロ%になる。これに伴う未調整分は、さらに繰り越される(図表8右の繰越適用(特例a))。
図表8 年金財政健全化のための調整ルール(マクロ経済スライド)の特例ルール (2016年改正後)
年金財政の健全化のための調整ルールの特例が適用される場合には、年金財政の健全化に必要な措置(いわゆるマクロ経済スライド)が十分に働かないことになるため、年金財政の悪化要因となる(図表9左の黒線)。その結果、年金財政の健全化に必要な調整期間の長期化が必要となり、将来の年金の給付水準(所得代替率)が低下することになる。改正後は、未調整分が繰り越されて調整されれば、特例ルールに該当した年度では未調整分の先送りが生じて給付費の実質的な減額ができないものの(図表9左の点線と赤線で囲まれた部分)、それ以降に調整率が本来の水準に戻っていき、改正前の制度よりも給付費の実質的な削減が進む可能性が出てくる(図表9左の①の部分)。その結果、改正前の制度よりも調整期間の短縮が図られ、将来の給付水準の低下が抑えられることになる(図表9の丸い吹き出し)。

しかし、デフレが継続した場合などでは、当年度分の調整と繰り越した未調整分を合わせた大幅な調整が適用できない場合も考えられる。その場合は未調整分が持ち越され続け、結果として改正前の制度と同じような事態になる可能性がある。また、このような経済状況のリスク(不確実さ)に加えて、政治的なリスクもある。未調整分を精算できるほど本来の改定率が高いケースには、物価上昇率がかなり高い場合もあり得る。この場合は物価が大幅に上がる中で年金の改定率を大幅に抑えることになるため、年金受給者からの反対や、実際に生活水準が大きく低下して困窮する受給者がでてくる可能性がある。そういった状況では、この見直しを予定どおりに実施するかが政治問題になる可能性がある。
図表9 特例ルールの見直し(未調整分の繰越)で、年金財政健全化に必要な調整期間が短縮するイメージ
後編(別稿)では、本稿(前編)で確認した年金額改定の仕組みを踏まえて、2021年度の改定や新型コロナ禍の影響を確認する。
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保険研究部   上席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査室長 兼任

中嶋 邦夫 (なかしま くにお)

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度

(2021年01月27日「基礎研レポート」)

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