2020年09月18日

視界に入る「みどり」が住宅賃料に及ぼす影響

金融研究部 主任研究員 吉田 資

株式会社LIFULL 遠藤 圭介

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1. はじめに

「みどり1」は都市空間において、(1)景観(美しい街並み)を形成する機能、(2)ヒートアイランド現象などの都市気候を緩和する機能、(3)防災的機能(防火や防風等)、(4)人々に憩いやレクリエーションの場を提供する機能等、様々な役割を果たしている。

不動産取引においても、新築マンションの販売広告等で、「緑ゆたかな街並み」や「緑とふれあう潤いのある暮らし」等、「みどり」が身近にある環境をアピールする広告が多く確認できる。

また、リクルート住まいカンパニー「新型コロナ禍を受けたテレワーク×住まいの意識・実態」調査によれば、「今後住み替えたい住宅の希望条件」として、「周辺に大きな公園や緑地があるところに住みかえたい」との回答が13%を占め、「6歳以下の子供を持つ世帯」に限定すると、22%に達した(図表-1)。コロナ禍を経て、住居選択において、「みどり」の効果・機能が再認識・再評価されつつある。

一方、不動産取引上における「みどり」の価値評価については、現状、十分な検証が成されているとはいえない。そこで本稿では、「みどり」が住宅賃料形成にどのような影響を及ぼしているのか検証したい2
図表-1 今後住み替えたい住宅の希望条件
 
1 「江東区みどりの基本計画」によれば、「緑」が、木や草等の植物をさすのに対し、「みどり」は植物だけでなく、公園や広場、住宅地の緑地等、自然と人とが共生する環境まで含めたものをさす。本稿では、「みどり」を調査対象とする。
2 本レポートは、ニッセイ基礎研究所と株式会社LIFULLとの共同研究の成果である。
 

2. 「みどり」の量を測る指標として注目を集める「緑視率」

2. 「みどり」の量を測る指標として注目を集める「緑視率」

「みどり」の保全および創出については、各自治体が「都市緑地法」に基づく法定計画である「緑地の保全及び緑化の推進に関する基本計画」(以下、「緑の基本計画」)を策定し推進している。「緑の基本計画」は、緑地の保全および緑化の目標、施策の方針と内容が定めたものである。

「緑の基本計画」では、施策の方針とともに、(1)「公有地・民有地におけるみどりの量」、(2)「公園・公共施設の整備」、(3)「民有地の緑化・緑地保全」、(4)「住民満足度および参加状況」、等について、達成すべき数値目標を示している。

近年、(1)「公有地・民有地におけるみどりの量」の把握に関して、「緑視率」という指標を採用する自治体が増えている。「緑視率」とは、「ある視点から街並みや建物などを眺めたとき、視界に入るみどりの割合」を示す指数である。具体的には、「緑視率=(緑の面積)÷撮影範囲」で算出される(図表-2)。大阪市「緑視率調査ガイドライン」によれば、「緑視率」が25%超えると、みどりが多い地域と認識される(図表-3)。

ところで、「公有地・民有地におけるみどりの量」を測る指標としては従来、「緑被率」(対象地域における樹林・草地、農地、園地などの「みどり」で覆われる土地の面積割合)や「緑化率」(対象地域における花壇や植栽、緑地帯など、緑化施設の面積割合)が採用されてきた。これに対して、人が感じる「みどり」の多寡と連動する「緑視率」はこれまでの指標より人間の感覚に近い指標と考えられている。

また、国土交通省「都市の緑量と心理的効果の相関関係の社会実験調査」によれば、「緑視率」が高い場所ほど、「安らぎのある場所」、「さわやかな場所」、「潤いのある場所」と感じる人が多く、快適性を高める心理的効果があるとしている。快適性を高める心理的効果に着目し、「緑視率」をオフィス環境の整備に活用している事例も出ている。パソナ・パナソニックビジネスサービスは、「緑視率」の計測結果等をもとに、従業員のストレスを軽減させるみどりの配置と空間設計を提案するオフィス緑化サービス「COMORE BIZ(コモレビズ)」を展開している。
図表-2 緑視率の定義/図表-3 緑視率25%相当の交差点

3. 「みどり」の多寡が住宅賃料に及ぼす影響

3. 「みどり」の多寡が住宅賃料に及ぼす影響

3-1. 分析対象
本項では、「みどり」の量を測る指標として「緑視率」を採用し、視界に入る「みどり」が住宅賃料に及ぼす影響を検証する。賃貸住宅を探している消費者が、視界に入る「みどり」の量を住宅選択基準の1つと考えているのであれば、「緑視率」が高い場合に賃料は高くなると考えられる。
3-1-1. 「住宅賃料」のデータ
本調査は、東京都江東区に所在する賃貸マンションおよび賃貸アパートを分析対象とした。具体的には、株式会社LIFULLが運営する不動産情報サイト「LIFULL HOME'S3」において、2018年1月から2018年12月までの期間に募集掲載された東京都江東区に所在する賃貸マンション(29,611件)および賃貸アパート(2,239件)の物件データを用いて、視界に入る「みどり」が住宅賃料に及ぼす影響に関する分析を行った。
図表-4 データの基本統計量
 
3 不動産情報サイト「LIFULL HOME'S」(https://www.homes.co.jp/)
3-1-2 「緑視率」のデータ
東京都江東区は、「緑視率等調査」を定期的に実施しており、町丁目別に「緑視率」のデータを公表している。

町丁目別の「緑視率」の分布をみると、「10%未満」のエリアが全体に占める割合が30%と最も大きく、次いで「10%以上15%未満」(25%)、「15%以上20%未満」(24%)が占める(図表-5)。「みどり」が多い地域と認識される「25%以上」の割合は11%に留まる。
図表-5 町丁目別の「緑視率」の分布
図表-6は地域別の「緑視率」を示している。「緑視率」が20%を超えている地区は、「豊洲」、「青海」、「辰巳」、「潮見」、「越中島」、「新砂」、「夢の島」、「新木場」、「若洲」であった。江東区「平成30年緑視率等調査」では、「豊洲」は街路樹や高層建築物施設内の樹木が、「青海」ではテレコムセンター駅周辺の緑地等が「緑視率」を高めているとしている。

一方、「緑視率」が10%未満の地区は、「深川」、「門前仲町」、「富岡」、「白川」、「扇橋」、「千田」、「海辺」、「住吉」、「毛利」であった。近年、高層マンション等の再開発が進んだ地区では、「緑視率」が高い一方、古くから商業地区として賑わっている地区では「緑視率」が低い傾向がみられる。

「江東区みどりと自然の基本計画〔緑の基本計画〕改定案(令和2年度から令和11年度)」によれば、江東区は「緑視率」を現状の16.3%から22%に引き上げる目標に策定している。
図表-6 江東区の地域別「緑視率」
3-2. 分析手法
分析の手法は、地価分析などの不動産市場分析で多く用いられるヘドニック・アプローチを採用した。この考え方に基づき、以下の推定式を構築し、視界に入る「みどり」がマンションおよびアパート賃料へ及ぼす影響を推定した。
推定式
3-3 分析結果
分析の結果、「緑視率」はマンション賃料に対し、統計的に有意な影響を与えていることが分かった。具体的には、マンション賃料は、「緑視率」が 10%高い場合、1,326円高いことが示唆された。(図表-7)。マンションの平均賃料は98,000円であるので(図表―4)、「緑視率」が 10%が高い場合、マンション賃料は約1.3%高いことになる。

一方で、アパート賃料では、「緑視率」は統計的に優位な影響がなかった。アパートを選ぶ際には、「家賃」水準自体が特に重視され4、「みどり」の多寡を含む住環境の優先順が相対的に低いことが要因の一つではないかと考えられる。
図表-7 推定結果
図表-8 推定結果の解釈
 
4 積水化学工業がセキスイハイムアパート入居者を対象としたアンケート調査は、入居を決定した理由として、「家賃が予算に合った」が一位(https://www.sekisuiheim.com/info/press/20070518.html
 

4. 「みどり」の整備が不動産価値向上へ

4. 「みどり」の整備が不動産価値向上へ

江東区「江東区のみどりに関するアンケート調査結果(平成30年12月)」によれば、「住まいの周りで今後増やしたいみどり」に関して、「道路沿いのみどり」(42.4%)との回答が最も多く、次いで「公園や広場」(41.5%)との回答が多かった(図表-9)。また、「マンションやアパートのみどり」との回答も約4分の1を占め、上位であった。

本レポートの分析結果と併せて鑑みると、不動産事業者が「みどり」に配慮した環境整備の取り組みを行うことは、不動産価値の向上に寄与する可能性が高いと考えられる。また、地方自治体の動きと連携し、街の道路や公園、広場等の緑化を進めることも有効と考えられる。

森ビルが2023年の開業に向けて開発中の「虎ノ門・麻布台プロジェクト」は「緑に包まれ、人と人をつなぐ「広場」のような街 - Modern Urban Village ‐」を再開発のコンセプトとし、「圧倒的な緑に囲まれ、自然と調和した環境の中で、多様な人々が集い、人間らしく生きられる新たなコミュティ」の形成を目指すとしている5。開発計画区域(約8.1ha)に占める「みどり」の面積割合は約3割とする計画である。

また、日鉄興和不動産は、「赤坂・虎ノ門緑道構想」を立ち上げ、東京都が新橋から虎ノ門ヒルズまでの新虎通りを緑豊かな道路に整備する動きに併せて、虎ノ門から赤坂までの道路を緑道に整備している6

今後は、不動産開発・運営事業者による「みどり」の整備の取組が不動産投資の判断基準の1つになる可能性がある。
図表-9 住まいのまわりで今後増やしたい「みどり」(上位5 位)
 
5 森ビル株式会社「虎ノ門・麻布台プロジェクト」(https://www.mori.co.jp/projects/toranomon_azabudai/
6 Sankei Biz「赤坂・虎ノ門、再開発が加速 事業者連携、日本を代表するビジネス街に」(2015年7月10日)
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部

吉田 資 (よしだ たすく)

株式会社LIFULL 遠藤 圭介

(2020年09月18日「不動産投資レポート」)

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