2020年06月19日

米国におけるFASBによる保険契約会計基準の改正-LDTI(長期目標改善)の適用時期がさらに1年延期されて2023年へ-

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1―はじめに

FASBは、米国における長期保険契約に関するLDTI(Long-Duration Targeted Improvements:長期目標改善)と呼ばれる財務会計基準の見直しについて、新型コロナウイルスの感染拡大等の影響を考慮して、適用時期のさらなる1年延期をして、大規模な保険会社の場合には2023年(小規模な保険会社の場合2025年)から適用されることを提案した。

今回のレポートでは、このLDTIを巡る動向について報告する。
 

2―今回の提案までの経緯

2―今回の提案までの経緯

米国における保険契約に関する財務会計基準の見直しについては、FASB(財務会計基準審議会)による米国会計基準とIASB(国際会計基準審議会)によるIFRS(国際財務報告基準)とのコンバージェンスを模索する動きの中で、2008年にFASBの議題に挙げられた。

当初はIASBと共同で、保険契約のプロジェクトに参加し、2013年6月にはIASBとほぼ同じ内容の保険契約会計基準改正の公開草案が公表された。ところが、これに対して、米国の利害関係者から、批判や疑問の声が出たことから、2014年2月に、FASBはIASBとの共同プロジェクトからの離脱を決定し、広範なコンバージェンスを達成するプロセスを断念した。

代わりに、長期保険契約(個人向けの生命保険や年金等)については、保険負債評価の計算モデルの改善に焦点を当てることとし、短期保険契約(損害保険、医療保険、団体保険等)に関しては、開示の充実を行うことに留めることとした。

これを受けて、まずは短期保険契約の開示に関する最終基準が2015年5月に公表され、2015年12月15日((公開営利企業(Public business entities)1以外は、2016年12月15日)以降に始まる会計年度の年次報告書から適用されることとなり、現在に至っている。

一方で、長期保険契約については、LDTI(長期目標改善)として、検討が進められてきたが、2018年8月15日にASU2018-122として、最終基準が公表され、2020年12月15日(公開営利企業以外は、2021年12月15日)以降に開始される事業年度から適用されることとなっていた。

ただし、その後利害関係者の意見等を踏まえて、2019年11月15日にASU2019 -093が公表されて、適用時期の修正等が行われ、2021年12月15日(公開営利企業のうちのSEC Filers(ただし、SECによって定義されるSmaller reporting companyを除く))以外は、2023 年12月15日)以降に開始される事業年度から適用されることとなっていた。

こうした中で、今回新型コロナウイルスの感染拡大等の影響を考慮して、さらなる適用時期の延期が提案されることとなった。  

3―LDTIの内容

3―LDTIの内容

ここでは、LDTIの内容を簡単に紹介しておく。

1|概要
GAAPのLDTIは、主として、以下の4つの分野にわたっている。

(1) 保険負債の計算方法
(2) 公正価値
(3) DAC(繰延新契約費)の償却
(4) 開示の充実

以下で、それぞれの項目の概要を報告する。
2|保険負債の計算方法
死亡率、罹患率又は長寿リスクに対して保険を行う伝統的な生命保険及び年金商品(定期生命保険、終身保険、介護保険、及び支払年金が含まれる)に焦点を当てた、長期保険契約における負債の計算方法が、最も重要な変更となる。

(1)保険負債評価モデル
保険負債の算出に使用される純保険料アプローチは変わらず、純保険料率(営業保険料の現在価値に対する保険契約給付の現在価値の比率)を用いて計算されるが、計算に使用される前提は大きく変わる。

また、不利な逸脱のリスクに対する準備(PAD)は保険負債の決定から控除され、基礎率は、現在の安全割増を含むベースから、安全割増を含まないベースとなる。

(2)将来キャッシュフロー
現行規則では、死亡率と罹患率の前提は発行時のものにロックインされており、保険料不足&損失認識テストの場合においてのみ変更されるが、新しい規則では、これらの前提を少なくとも年1回、実際の経験と予想される保険契約者の給付及び関連する請求費用と営業保険料の組み合わせを考慮した会社の実際の経験に合わせて、(キャッチアップベースで)更新する必要がある。

解約率等の基礎率についても同様である。

有配当保険については、将来の契約者配当を明示的に含める。

これらの基率については、実績や将来の見通しが大きく変動した際にはその都度更新する必要がある。

なお、これらのキャッシュフローの前提を更新した結果としての保険負債の見積りの変動は、純利益に認識される。

(3)割引率
同時に、四半期毎の各報告日において、予想投資利回りではなく、負債のデュレーション特性を反映したA格付け(低信用リスク)の確定利付債券利回り(upper-medium grade (low credit-risk) fixed-income instrument yield.)に標準化される割引率 で保険契約負債を評価する。

なお、割引率の前提を更新した結果としての保険負債の見積りの変動は、その他の包括利益(OCI)で認識される。

(4)損失認識テスト
基礎率が毎年見直されることから、保険料不足&損失認識テストは廃止される。ただし、純保険料比率は100%を超えることはできない。
3|公正価値
2番目の大きな変更は、いわゆる市場リスク要素を持つ保険商品(最低保証及び最低保証死亡保障を有する変額年金等)の公正価値モデル会計である。市場リスク契約は、保険契約者に資本市場リスクからの保護を提供する一方で、保険会社を資本市場リスクにさらすことになっている。

市場リスクに伴う公正価値の変動は純損益に計上され、商品固有の信用リスクの変動に起因する公正価値の変動部分はその他包括利益の中で認識される。
4|DAC(繰延新契約費)の償却
現在のDACについては、複数の償却方法が存在し、そのうちのいくつかは複雑であり、多数のインプット及び前提を必要としている。

新しい規則では、DACは、関連契約の予想残存期間にわたって一定水準で償却されるようになる(DACの償却において、割引率は使用せず、未償却DACへの利息付与も行わない)。現在、基礎となる契約の収益性に関連しているDACの償却額は、これからは定額法に近づくため、分析が容易になる。

DACは、予期せぬ契約終了のために償却する必要があるが、減損テストの対象にはならない。
5|開示の充実
現在は長期契約に関する情報を開示するための要件は限られているが、新しい規則では保険会社が将来の保険給付負債、保険契約者口座残高、市場リスク給付、分離勘定負債及び繰延新契約費に対する期始から期末までの残高の細分化されたロールフォワードを提供することを要求している。

さらに、保険会社が、重要なインプット、判断、前提及び測定に使用された方法(それらのインプット、判断及び前提の変更、ならびにそれらの変更が測定に与える影響)に関する情報を開示することを要求している。

有用な情報が大量の重要でない詳細を含むことによって、又は著しく異なる特性を持つ項目の集約によって不明瞭にされないように、これらの開示は集約又は分解される必要がある。
6|概要
結局、改定のポイントは、以下の通りまとめられる。

(1)最良推定前提
・キャッシュフロー前提は少なくとも毎年見直され、変更時はキャッチアップベースで更新される
・割引率前提は報告期間ごとに即時ベースで更新される。

(2)責任準備金評価モデル
・純保険料式モデルを維持
・不利な逸脱のリスクに対する準備は負債の決定から控除される。
・保険料損失テストは廃止されるが、純保険料比率は100%を超えることはできない。

(3)損益計算書への影響
・キャッシュフロー前提の変更によるは純利益に反映される。
・割引率前提の変更はその他包括利益(OCI)に反映される。

(4)開示
・細分化(脱集約化)されたロールフォワード
・重要なインプット、判断、前提及び手法についての情報
 

4―今回のFASBによるLDTI適用時期の延期の提案

4―今回のFASBによるLDTI適用時期の延期の提案

FASBは、2020年6月10日に、そのMedia Advisory4において、「長期契約を発行する保険会社の基準を遅らせる提案ASUを発行する」として、2019年11月15日のASU2019 -09 の公表により、延期されたASU2018-12の適用時期をさらに1年遅らせることを提案するASUを発行することが公表された。

FASBは、このアナウンス後数週間以内にASUを発行し、これに対するレビュー及びコメントを得るために45日間の猶予が与えられることになる。

これにより、LDTIは、2022年12月15日(公開営利企業のうちのSEC Filers(ただし、SECによって定義されるSmaller reporting companyを除く))以外は、2024 年12月15日)以降に開始される事業年度から適用されることとなる。即ち、大規模な保険会社は2023年、小規模な保険会社は2025年から、適用されることになる。なお、早期適用は認められる。

FASBは、ACLI(米国生命保険協会)から、保険会社に対するCOVID-19パンデミックの影響を検討するように要請されていたが、保険会社やその他の利害関係者から、新しい作業環境に適応する保険会社の実装スケジュールに対するCovid-19の全体的な影響について不確実性があるというフィードバックを受けたことを考慮して。今回の適用時期の延期の提案に至っている。  

5―まとめ

5―まとめ

この新しいタイムラインによれば、LDTIの適用時期は、IASBによるIFRS第17号(保険契約)の適用時期と平仄が合う形になる。FASBもIASBも、保険契約からの利益認識についてより透明性をもたらす改正を目指してきており、直近の市場等からの情報をよりタイムリーに反映する形での保険負債評価が行われていく形になっているが、両者の会計基準の具体的な内容はかなり異なるものとなっている。

LDTIは、保険会社にその実施のために大きな負担を強いるものとなっている。システム対応や事務開発等のため費用や作業負担は、IFRS第17号に比べると小さいものであるといわれているようであるが、それでもかなりの負担になっているようである。

保険会社各社は、早ければ2020年にもドライラン(予行演習)の実施等も計画していたが、今回のCOVID-19パンデミックの影響等を受けて、スケジュールの見直しを迫られてきているようだ。

今回のLDTIは、「長期目標改善」とされており、目標が絞られたということになっているが、その変更の内容は広範囲に及ぶ大きなものとなっており、保険会社にとって数十年ぶりの会計規則の大変更と認識されている。LDTIは2008年に最初の規制のアジェンダに挙げられてから、先のASU2018-12の公表までに10年かかっており、さらに今回の提案により、その実施までには5年間の月日が費やされることになる。

現在の状況からは、ASU2018-12及びASU2019 -09の基準の内容が、そのまま修正されずに2023年から適用されていくことが想定されることになるが、これにより保険会社の財務諸表が大きく変わっていくことになる。

LDTIを中心として、米国における生命保険会社の財務会計基準を巡る動向は、日本の生命保険会社にとっても、大きな関心事であることから、引き続き注視していくこととしたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2020年06月19日「保険・年金フォーカス」)

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