2020年04月07日

欧州大手保険グループの2019年末SCR比率の状況について(1)-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-

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1―はじめに

欧州大手保険グループの2019年決算の発表が2月から3月にかけて行われており、それに伴い、ソルベンシーII制度に基づく各種数値等も開示されている。今回は、各社の2019年末のSCR比率の状況等について、SCR比率の水準やその感応度及びここ数年における推移等を2回のレポートに分けて報告する。

今回のレポートでは、欧州大手保険グループの2019年末のSCR比率の水準等について、全体的な状況を報告する。
 

2―欧州大手保険グループのSCR比率の推移

2―欧州大手保険グループのSCR比率の推移

欧州大手保険グループのSCR比率(=自己資本/SCR(Solvency Capital Requirement:ソルベンシー資本要件))の2016年末から2019年末の推移については、下記の図表の通りとなっている。
欧州大手保険グループのSCR比率等の推移
なお、これまでの分析に含まれていたPrudentialについては、グループからM&G plcが分離された後、香港保険公社(IA) がPrudential のグループ全体の監督機関としての役割を担い、Prudential GroupはソルベンシーIIの資本要件の対象外となったので、今回の報告からは除外している。また、ZurichはソルベンシーIIの対象ではないが、参考のためスイスの制度に基づく数値等を掲載している。

この図表によれば、2016年末から2017年末にかけては、市場環境が良好(金利の上昇、クレジットスプレッドの縮小、株価の上昇等)であったこともあり、各社ともSCR比率を大きく上昇させていた。特に、内部モデル適用範囲の拡大等のSCR比率の算出方法の変更等もあり、Generaliは30%ポイント、Aegonは44%ポイントと大幅に水準を上げていた。また、2017年末から2018年末にかけては、市場環境の悪化(金利の低下、株価の下落等)もあり、AXAとZurichのSCR比率が低下していた。

2018年末から2019年末にかけては、AllianzとAegonのSCR比率が大きく低下しているが、AXAとGenerali及びAvivaのSCR比率は上昇した。

このように、SCR比率の推移については、各社の資本充実やリスクテイクへの方針の差異等を反映して、その動向は一律ではなく、また必ずしも市場環境に応じて類似のトレンドを示しているわけではない。

さらには、(1)各社の生命保険と損害保険等の事業や地域別の構成比の差異等から、目標とするSCR比率等が異なっている(例えば、Aegonは生命保険事業が中心だが、AXA、Allianz、Generali、Zurichは生命保険事業も損害保険事業も大きな位置付けを占めており、さらにはAllianz等では資産管理事業も営業利益のうちの大きなウェイトを占めている)、(2)事業の地域構成の差異からくる為替等の影響の程度が異なっている(例えば、Avivaはポンド、Zurichは米ドルと主要通貨や新興国通貨との為替レートが公表数値に大きな影響を与える)、(3)規制当局との交渉等を踏まえた内部モデルの適用範囲の拡大等による算出方法の変更を実施している会社もある等の理由から、単純な各社間の絶対水準や年度間の推移の比較ができない、ことには注意が必要になる。
(参考)欧州大手保険グループの事業別内訳(2019年)

3―SCR比率算定等に関係する事項

3―SCR比率算定等に関係する事項

この章では、SCR比率算出等に関係する事項について報告する。

ここで述べる項目については、SFCR(ソルベンシー財務状況報告書)が公表されれば、より詳しい内容が把握できる部分もある。2018年末数値に関する詳しい内容については、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2018年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2019.7.9)で、各社の長期保証措置や移行措置の適用状況について、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2018年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(3)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その2)-」(2019.7.16)、保険年金フォーカス「欧州保険会社が2018年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(4)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その3)-」(2019.7.22)及び基礎研レポート「欧州保険会社の内部モデルの適用状況(標準式との差異)-2018年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)からのリスクカテゴリ毎の差異説明の報告-」(2019.7.29)等のレポートにおいて、各社の内部モデルの適用状況について、それぞれ報告しているので、これらのレポートも参照していただきたい。

今回は、あくまでも今回の2019年の決算発表において、開示された情報等に基づいている。ただし、以下の2|及び3|については、2019年のデータが得られていないため、基礎研レポート「欧州大手保険グループの2019年上期末SCR比率の状況について-ソルベンシーIIに基づく数値結果報告-」(2019.10.1)で報告した2018年末データに基づく記述を繰り返している。
1|SCR比率の目標範囲
SCR比率の目標範囲に相当する水準は、以下の図表の通りである。会社内部のソルベンシー比率と監督規制上のソルベンシー比率の両方を開示している会社(Aviva)では、会社内部のソルベンシー比率に基づく目標範囲を設定している。ただし、これらの目標範囲についても、各社毎にその位置付けが異なっているので、単純な比較はできない。
欧州大手保険グループのSCR比率の目標範囲
AXAは200%をベースに設定している。AllianzとGeneraliは下限水準のみを公表している。AvivaはWorking Rangeという名称で水準設定している。

また、各社の水準は必ずしも固定されているものではなく、適宜見直しが行われている。なお、SCR比率の水準毎の会社の対応方針をさらに明確にして開示している会社もある。
2|SCR等の算出方法(内部モデルの適用状況)
各社とも内部モデルを適用しているが、その適用対象については、母国に加えて、欧州の主要国やアジア等、実質的に米国を除く主要事業国を含めているケースが多い。米国については各社とも同等性評価に基づいている。

2018年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)に基づくと、各社のソルベンシーIIに基づく分散効果控除前のSCR算出における内部モデルの適用比率(=内部モデルによるSCR/(内部モデル適用後の)全体のSCR))は、以下の通りとなっている。
分散効果控除前のSCR算出における内部モデル適用比率
これによれば、各社によって状況は異なっており、AXAは全体SCRの96.1%が内部モデルによって算出されているのに対して、Generaliは68.3%、Aegonは70.2%に留まっている。各国の保険監督当局の内部モデル承認に対するスタンスの差異も影響しているものと思われる。

なお、SFCRでは、標準式によるSCRの数値は開示されていないが、過去の影響度調査によれば、内部モデル適用によるSCRの引き下げ効果は2割程度と想定されている。

また、内部モデルの適用によって最も影響が大きいのが、子会社間や地域間の分散効果であると考えられているが、(標準式による分も含めた)分散効果による控除率は、以下の通りとなっている。
分散効果による控除率
3|SCR等の算出方法(長期保証措置の適用状況)
ソルベンシーIからソルベンシーIIへの移行における割引率や技術的準備金についての16年間にわたる経過措置、MA(マッチング調整)及びVA(ボラティリティ調整)といった長期保証措置1の適用については、各国の保険市場の特徴(販売商品や資産運用市場等)に大きく依存している。

保険年金フォーカス「欧州保険会社が2018年のSFCR(ソルベンシー財務状況報告書)を公表(2)-SFCRからの具体的内容の抜粋報告(その1)-」(2019.7.9)で報告したように、Zurich以外のソルベンシーII制度下にある5社については、全社がボラティリティ調整を適用し、Aviva(及びAegonがほんの一部)が、マッチング調整や技術的準備金に関する移行措置を適用している。

これらの措置の適用による影響(2018年末ベース)については、以下の通りであり、Avivaがこれらの措置に大きく依存していることが示されている。なお、下記の図表の数値は、Avivaも監督ベースの数値である。
長期保証(LTG)措置及び移行措置の適用によるSCR比率への影響(2018年末)
 
1 長期保証措置(経過措置を含む)の内容及びそのEU各国における適用状況については、筆者による、保険・年金フォーカス「EUソルベンシーIIにおけるLTG措置等の適用状況とその影響(1)~(6)-EIOPAの2019年報告書の概要報告-」(2020.1.24~2020.2.19)を参照していただきたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

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