2020年02月12日

豪州経済の重石となる気候変動問題~注目されるエネルギー政策の行方~

神戸 雄堂

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1――オーストラリアを巡る気候変動問題

オーストラリアでは、2019年半ばに発生した東部を中心とする大規模森林火災が現在も続いており、地域住民、生態系、経済活動など多方面に甚大な被害をもたらしている。同国では、夏季(12月~2月)の森林火災は珍しいことではないが、今回の火災は過去最大規模に拡大している。今回の火災の発生について、雷や放火など様々な原因が指摘されているが、ここまで規模が拡大したのは2019年が観測史上最も暑く乾燥した年であったことが原因とみられる1。同国では、気温が上昇傾向であることに加えて、ここ数年で大規模な干ばつや洪水などの災害が頻発しており、これらは地球温暖化による気候変動が原因であるという見方が強まっている。
(図表1)人口一人当たりのCO2排出量のランキング 気候変動問題はオーストラリアに限った話ではないが、同国は、その対策が不十分であると国際的な批判を浴びている2。同国のCO2排出量(2017年)は世界第15位、世界全体の排出量に占める割合は1.2%に過ぎないが、化石燃料の中でもCO2排出量が特に多い石炭3を使用する火力発電への依存度が高いことから、人口一人当たりの排出量は上位15ヵ国の中では第2位で、世界平均の約3.5倍となっている(図表1)。
(図表2)オーストラリアのCO2排出量目標と実績の推移 同国は、パリ協定を批准しており、CO2排出量を2030年までに2005年比で26%~28%削減するという目標を設定しているが、2018年のCO2排出量は2005年をむしろ上回っており、目標の達成に不透明感が高まっている(図表2)。また、オーストラリアは石炭を国内で消費するだけでなく、石炭の輸出量が世界第2位(2018年)であるため4、気候変動対策において影響度が大きいと言える。
 
1 オーストラリア気象局によると、2019年の平均気温は過去平均より約1.5度高く、降水量は史上最低水準であった。
2 19年12月の国連気候変動枠組条約第25回締約国会議(COP25)では、米国、ブラジル、日本などとともに、「化石賞(気候変動対策に積極的でない国に対して授与される賞)」を受賞した。
3 石炭は、用途によって、製鉄の原料として使用される原料炭と、発電用燃料として使用される一般炭に分類される。
4 オーストラリアは、石炭の生産量が世界第4位で、原料炭の多くは国内で消費せず、輸出している。輸出量世界第1位はインドネシア。
 

2――オーストラリアのエネルギー政策

2――オーストラリアのエネルギー政策

オーストラリアの気候変動対策は、電源別発電量に占める再生可能エネルギーの割合を上昇させることを主として実施してきた。その結果、2004年度(2004年7月~2005年6月)から2017年度(2017年7月~2018年6月)年にかけて石炭の割合が79%から60%に低下する一方で、再生可能エネルギーの割合は9%から17%へ上昇した。ただし、この間、人口増加に伴う電力需要の増加等もあって、CO2排出量はむしろ増加している。

また、CO2排出量が削減できなかった背景として、連邦政策のエネルギー政策を巡る政争がある。現与党の保守連合が産業重視、野党の労働党が環境重視と、エネルギー政策へのスタンスが対極的であるため、政権が変わる度に政策が見直され、継続性を欠いてきた(図表3)。例えば、労働党のラッド政権は、保守連合のハワード政権が拒否した京都議定書を批准した一方で、保守連合のアボット政権は、労働党のギラード政権が導入した炭素税を廃止した。他にも保守連合政権でありながら、気候変動対策に熱心であったターンブル政権は、電力供給の信頼性確保を目的に、国家エネルギー保証制度5の導入を目指したが、党内の反対で骨抜きとなった。そして、ターンブル氏の後任となった現モリソン首相は気候変動に懐疑的で、連邦政府のエネルギー政策は停滞している。
(図表3)エネルギー政策を巡る政争
(図表4)連邦政府のエネルギー政策を巡る利害対立 連邦政府のエネルギー政策を巡っては、国内のステークホルダーが多く、その利害対立が複雑であることも政策運営を難しくしている(図表4)。資源・エネルギー分野で大きな権限を持っている州政府は保守連合と労働党に二分されている6
(図表5)電気料金の推移 また、石炭に比べて発電のコストや安定性の面で劣る再生可能エネルギーの割合が高まったことで、電気料金が消費者物価や賃金を大きく上回るペースで高騰し、家計に打撃を与えている(図表5)。また、2016年には再生可能エネルギーの割合の高い南オーストラリア州で、州全体に及ぶ大規模停電が発生した。そのため、環境問題への意識が高く、気候変動対策に対して賛成派が多いとされるオーストラリア国民7の間でも、電力供給に対する不満が高くなった。

さらに、2019年5月の総選挙では、保守連合の2回の首相交代による支持率低下で、労働党が優勢と予想されたが、大胆な再生可能エネルギー目標8を公約として掲げた労働党は、石炭産業の盛んなクイーンズランド州で惨敗を喫し、選挙に敗北した。その結果、選挙後に就任したアルバニージ労働党党首は石炭の輸出に対する姿勢を軟化させている。
 
5 オーストラリアでは、1990年代から電力の小売自由化が開始され、すべての発電事業者と小売業者が全国電力市場を通じて卸電力を取引している。当制度は、後述する電力料金の高騰や大規模停電の発生を背景に、小売業者に対して電力供給の信頼性と安定性の確保、さらにCO2排出量の削減の双方を義務付ける制度。
6 現時点では、ニューサウスウェールズ州、南オーストラリア州、タスマニア州が保守連合政権であるのに対して、ビクトリア州、クイーンズランド州、西オーストラリア州が労働党政権となっている。
7 豪州シンクタンクのローウィー研究所が2019年に実施した調査によると、今後10年間の国家の脅威として、気候変動が1位となった。また、回答者の61%が「大きなコストを伴ってでも、すぐに地球温暖化対策を取るべき」と回答している。
8 CO2排出量を2030年までに2005年比で45%削減するという目標を掲げた(現行は26%~28%)。
 

3――大規模森林火災によるオーストラリア経済への影響

3――大規模森林火災によるオーストラリア経済への影響

オーストラリア経済は、28年以上にわたって景気拡大が続いているが9、住宅価格の下落を背景に、18年半ばから停滞している。19年7-9月期から住宅価格に持ち直しの動きが見られるが、今回の森林火災が観光業や農業生産に打撃を与え、10-12月期及び足元の成長率を押し下げたと予想される。
(図表6)保守連合と労働党の二党間支持率の推移 また、連邦政府の森林火災に対する対応や気候変動対策への批判が高まっており、保守連合の支持率は1月に急落し、総選挙後初めて労働党を下回ると、2月にはその差が拡大した(図表6)。これを受けて、モリソン政権は気候変動対策に積極的に取り組む姿勢を見せているが10、あくまで石炭産業を奨励する姿勢は変えておらず、先行きは不透明である。気候変動による災害は今後も発生していくと予想され、オーストラリア経済の重石となる可能性が高いだろう。
 
9 1991年7-9月期から19年7-9月期にかけて、113四半期連続でリセッション(2四半期以上連続のマイナス成長)を回避しての景気拡大となった。
10 災害時における連邦政府の法的権限の強化や森林火災の原因や対策を調査する委員会の設置を打ち出した。
 
 

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(2020年02月12日「基礎研レター」)

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