コラム
2019年10月24日

駅ピアノ-NHKの番組から-

中村 亮一

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はじめに

NHKは大変面白いテレビ番組を数多く制作しているが、その中で私のお気に入りの1つがBS(衛星放送)で放映されている「駅ピアノ」というドキュメンタリー番組である。

今回は、この「駅ピアノ」に関する話題について述べてみたい。

「駅ピアノ」とは

「駅ピアノ」とは、まさに鉄道駅に置かれたピアノのことを指している。誰でもこのピアノを弾くことができる。番組は、人々がいろいろな想いでこのピアノを弾いて音楽を奏でる姿を定点カメラで捉えている。ピアノを弾く人々を観察・録画するとともに、演奏後に演奏者にどんな曲をどんな思いで弾いたのかをインタビューした結果を放映している。ナレーションはなく、テロップで演奏者に関する詳しい情報を提供しつつ、淡々と(?)ピアノを弾く人たちの姿を紹介している。

その内容が非常に素朴で、それぞれの演奏者の人生の一端を垣間見せてくれるような雰囲気もあるので、とても印象深い番組になっている。演奏者の世代や国籍等は様々で、演奏される曲も、クラシックからポップス、映画音楽やシャンソン、さらには自作のオリジナル曲までバラエティに富んでいる。

なお、同じシリーズで「空港ピアノ」というものもあり、こちらも空港の待ち合わせ場所に置かれたピアノを弾く人たちの姿を捉えている。

NHKのWebサイトの 情報によれば、これまでに、例えば、「駅ピアノ」は、チェコのプラハ、アイルランドのダブリン、英国のロンドン、オランダのアムステルダム、米国のロサンゼルス、「空港ピアノ」は、オーストラリアのブリスベーン、米国のミネアポリス等を舞台に放映されている。その他には、シチリア島のパレルモやマルタ島の空港も舞台になっている。

チェコのプラハの「マサリク駅」にて

実は、今回このテーマでコラムを書こうと思い立ったのは、この夏にチェコのプラハに旅行したことがきっかけである。チェコのプラハを訪問したのは、二十数年ぶりで、今回が3回目であったが、以前に2回訪問した時は、いまだチェコスロバキアの時代であった(因みに、1993年にチェコとスロバキアの2つの国に分離している)。

今回の旅行で、NHKの「駅ピアノ」で取り上げられた「プラハの鉄道駅で最も古いマサリク駅に置かれたピアノ」を見ることができた。テレビ番組では、ピアノは壁から離れた位置に配置されていたようだったが、我々が訪れた時には、ピアノは壁際にくっついて、ひっそりと置かれていた。周囲の人々は全く関心を寄せていない様子で、我々日本人の観光客数名だけが記念写真を撮っているというような状況だった。

ピアノは思っていたよりも小さく古い印象を受けるもので、却って風情が感じられた。

元々、プラハにおいて、ここを訪問することは観光スケジュールには入っていなかったが、自由行動の時間に現地のガイドさんが連れて行ってくれた。思いがけないことで、大変感動の深い経験をした。

プラハは音楽の街として有名なこともあり、プラハのマサリク駅での「駅ピアノ」は、恐らくNHKの「駅ピアノ」シリーズの中でもかなり人気が高いものだと思われる。これまでに、通常15分の番組の45分版の特別編が何回か再放送されてきたので、今後機会があったら、是非ご覧いただければと思っている。

「ストリートピアノ」

NHKは「駅ピアノ」や「空港ピアノ」というタイトルでドキュメンタリー番組を放映しているが、より一般的で幅広い概念として「ストリートピアノ(street piano)」というものがあるようだ。

「ストリートピアノ」とは街中・街角に設置された誰でも自由に弾けるピアノの通称である。

「ストリートピアノ」のコンセプトは、英国のシェフィールド(Sheffield)で、たまたまピアノの所有者が新しい家の階段でピアノをあげることができなかったため、一時的に外に放置せざるをえなかった、という出来事が契機であったとのことである。そこで、社会実験として、無料でピアノを演奏するように通行人を招待する標示を付けたところ、この申し出が多くの人に歓迎され、ピアノが地域社会の一部になっていったとのことである。

なお、英国のアーティストのルーク・ジェラム(Luke Jerram)氏は、2008年から「Play Me, I'm Yours(さあ、私を弾いて)」というアートワークで、街中に(装飾された)ストリートピアノを設置するというコンセプトによる活動を展開してきている。2018年までに、70以上の都市で1900以上のストリートピアノが設置されてきているとのことである。

日本でも、2018 年3月16日から31日までの間、国立市(東京都)で、国立市市制施行 50 周年記念及びくにたちアートビエンナーレ 2018の関連事業として、「Play Me, I’m Yours 」が開催され、10 台のピアノが地域のアーティストの手により装飾されて、公園や通りなど公共の場所に設置された。因みに、閉幕後も3台のピアノが国立市内に残っており、残りの7台は都心のカフェやピアノを習っているお子様のいるご家庭等に寄贈されたとのことである。

「ストリートピアノ」の場合、一般的には、家庭で使われなくなったピアノや公共施設で更新のため余った古いピアノなどを、ボランティア団体・自治体などが、駅や公共施設あるいはアーケードなどの屋外に設置したものとなっている。設置されたピアノの管理が必要になるが、これは設置場所の管理者やボランティア団体の協力により行われているようである。

再び、NHKの「駅ピアノ」について

従って、駅や空港に置かれているピアノも、ストリートピアノの1種であるといえることになるのだろう。NHKは、駅や空港という特定の場所に置かれたピアノについて、シンプルでまさにそのままを表現しているのに過ぎないけれども、何となくインパクトのある名前を付けて、番組タイトルとしていることになる。

駅や空港は、人々がいろいろな目的や思いを持って、集まってくる場所であり、特にNHKが選択している街は、国際的にも有名で、国内外から多くの観光客等が訪れる街である。その点も、「駅ピアノ」に一種独特の魅力を与えるものとなっている。

日本における「駅ピアノ」-浜松駅の例-

以前の研究員の眼でも述べたと思うが、私の出身地は浜松である。浜松は「楽器とオートバイの街」として有名で、ヤマハやカワイといった楽器メーカー、さらには電子楽器のローランドも本社をおいている。

ご存知の方も多いとは思うが、JR東海の新幹線の浜松駅の駅構内には、展示ブースがあって、ピアノが置かれており、誰でも自由に弾くことができる。実際に、私も浜松に帰ると、時々ピアノを弾いている人に出会う。ここに置かれているピアノは、プラハのものとは異なり、ヤマハやカワイが広報活動の一環として設置しているので、グランドピアノである。それでも、いろいろな年齢階層の人々が自由に演奏している姿を見かけると、いつも何となく心温まる気持ちになってくる。

ただし、この展示ブースは自動車メーカーのスズキも使用しているので、必ずピアノが置かれているとは限らないようだ。もしこのコラムをご覧いただいて、興味関心を有して、一度浜松に行ってどんなものか見てみようと思われた方がいらっしゃったら、注意が必要である(ただし、またまた、NHKのテレビ番組の話になってしまうが、NHKの大河ドラマで、今年の「いだてん」の主人公の一人「田畑 政治」は浜松の出身であり、2年前の「おんな城主 直虎」の舞台も浜松であったので、これらに関連するロケ地を併せて訪ねてみるのも一考に値するかもしれない)。

プロデューサーの仕事

さて、「駅ピアノ」のような番組は、プロデューサーがアイデアを出して生まれてくるものだと思うが、プロデューサーと言うのは、本当に大変な仕事だと思う。以前にNHKのプロデューサーをしておられる方にお会いしたことがあったが、本当にエネルギッシュな方だった。また、結婚を機にNHKを退社するまでNHKのプロデューサーをしていたという女性の方にもお会いしたことがあった。お二人のお話を伺うにつれ、非常に魅力的な仕事ではあるが、一方で大変苦労のある仕事だなということをつくづく感じさせられた。

NHKに限らないと思うが、プロデューサーの方々の柔軟で独創性にあふれた発想が、ある意味で日常の何気ないシーンを捉えたこのような良い番組を生んでいるのだと思うと本当に頭の下がる思いがする。

最後に、再び「駅ピアノ」について

鉄道駅や空港でピアノを弾くというのは、プロの演奏家が行っているケースを除けば、本来的には自然なものではないのかもしれない。まさに、特別の許可がなければ、公共の場所にピアノを設置して、音楽を演奏するということは許されないことになる。その意味で、こうした「駅ピアノ」の背景には、いろいろな課題も隠されていることも事実だろう。

ただし、こんな野暮なことを思い出させることもなく、誰とは知らない一般の方々が、日常生活の中で、何気なく駅や空港に置かれているピアノで演奏する風景は、違和感もなく、自然に溶け込む感じで、何とも言えない感動を与えてくれる。特に、自分が訪れたことがないような外国での放映版をみていると、ある意味で、テレビ番組を観ている自分自身もその場に居合わせて、その人と時間を共有しているような雰囲気を感じることができる。

番組のプロデューサーの方々には、引き続きこのような素晴らしい番組を提供し続けてもらいたいと思っている。
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(2019年10月24日「研究員の眼」)

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