2019年10月15日

中国の生保市場、世界ランク3位に後退-今後の成長の伸びしろは誰のもの?【アジア・新興国】中国保険市場の最新動向(39)

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 片山 ゆき

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1-中国の世界における生保市場シェアは11.1%で3位に1つ後退。日本が2位に復活。

2018年、中国の世界における生命保険料収入のシェアは前年比0.9ポイント減の11.1%で、第3位となった(Swiss Re Sigma「World insurance:the great pivot east continues」)。2017年に中国の後塵を拝した日本は前年比0.2ポイント増となり、第2位に復活した(図表1)。

これまでの生命保険料の伸び率と比較すると、中国の生保市場は2017年まで毎年2桁の伸びを示していたが、2018年はマイナスに転じている(図表2)。これは、市場健全化策の一環で、2017年に販売チャネル、商品規制が大幅に強化されたことが影響している。結果として、世界におけるシェアにも大きく影響した。
図表1 国ー地域別の生命保険料収入シェア(2018年/ドルベース)/図表2 国ー地域別の生命保険料収入伸び率(2018年時点での上位5カ国/現地通貨ベース)

2-2000年以降、中国の世界におけるシェアは10ポイント上昇、市場を急拡大

2-2000年以降、中国の世界におけるシェアは10ポイント上昇、市場を急拡大

2000年以降2018年までの世界におけるシェアの推移を見てみると、中国は2000年の0.8%から、およそ18年の時間をかけておよそ10ポイント引き上げている(図表3)。

2000 年時点の上位 3 カ国(米国、日本、英国)が占めるシェアは全体の 67.3%で、市場のおよそ7割を占めていた。一方、2018時点での上位3カ国(米国、日本、中国)では44.0%まで縮小しており、近年、新興国マーケットなどを中心に世界の市場の多様化が進んでいることがわかる。
図表3 中国の世界における生命保険料収入シェアの推移(ドルベース)

は3-中国の保険の普及度合いは世界平均以下、保険の普及はこれから。

3-中国の保険の普及度合いは世界平均以下、保険の普及はこれから。

一方、多くの人口を抱える中国では、保険が広く普及している状態にはまだ達していない。1人あたりの生命保険料収入(ドルベース)は、221ドルと世界平均370ドルにも達していない(図表4)。同様に、GDPに占める生命保険料収入の割合も2.3%と世界平均3.3%に達していない(図表5)。2018年は規制強化で成長が一旦落ち込んだが、引き続き今後の成長の余地は大きいと考えられる。
図表4 1人あたりの生命保険料収入(2018年)/図表5 GDPに占める保険料収入の割合(2018年)

4-フィンテック普及先進国としての中国

4-フィンテック普及先進国としての中国

2015年、中国は「インターネット+」行動計画として、国の今後の産業成長を国有企業中心の重厚長大産業から、民間企業中心のIT・ネット産業に転換している。金融事業においては、フィンテックとして、すでに普及が進んでいたモバイル決済、オンライン金融商品、ネットバンキング、レンディング、資産運用などの普及が更に進んでいる。中国はフィンテックの普及において、世界でも上位に位置する状況となっている(図表6)。
図表6フィンテック普及先進国・地域(2017)

5-金融包摂の推進

5-金融包摂の推進―ITを活用して、みんなが医療保障や医療サービスにアクセスできるように。

上掲の「インターネット+」行動計画のコンセプトは、国内における産業をIT化し、イノベーションを加速化すること、2049年までに世界の情報化をリードする存在になる点にある。この計画には重点分野が11分野あり、そのうちの一つとして保険市場や民間保障に関連しているのが「金融包摂」である(図表7)。これは、既存の金融機関が提供する高付加価値の高額なサービスではなく、ITを活用しコストを抑えたネット金融サービスを活用することで、それまで金融サービスにアクセスできていない所得層を包摂し、低価格で金融サービスを提供しようとする取り組みである。
図表7 「インターネット+」の11の重点分野
民間保障における金融包摂については、重大疾病など高額な医療費が必要な医療保障の分野で開発が進んでいる。その担い手は、既存の保険会社よりも、寧ろ異業種である大手プラットフォーマーのアリババグループ、テンセントホールディングスや京東、クラウドファンディングを運営する軽松筹、水滴筹などが積極的である。
 

6-中国では、既存の保険商品が国民に広く普及する前に、フィンテックが進展。

6-中国では、既存の保険商品が国民に広く普及する前に、フィンテックが進展。民間保障のあり方が一気に多様化。

中国はこれまで、民間保険会社が提供する医療保険に加入する場合は保険料が高額となり、多くの人が加入を断念している経緯がある。中国保険業協会の調査によると、調査対象者のうち47.8%が重大疾病保険への加入が必要と考えているが、実際加入できているのがわずか6.7%にとどまっている1。最終的に82.1%が重大疾病に加入できていない状態にあるという。

このような状況に対して、上掲のアリババグループは、ネットサービスのユーザー向けに癌など重大疾病100種を対象としたネット医療保障(ネット相互扶助プラン)「相互宝」を提供している2。相互宝について、ユーザーが支払う保障コスト(保険料に相当)は、事故発生後に、加入者全員で割り勘して同額負担する。審査の判断やその結果も公表され、1人あたりのコストも低額で、すべての手続きがネット上で完了、仕組みが分かりやすいため加入者が急増している。相互宝の加入者は年齢が若く、農村部出身者など所得が相対的に低い者が多く、公的医療保険に加入していないケースもあるため、金融包摂としての役割を大いに発揮している3

2019年8月、アリペイは相互宝の加入者数が8,000万人を超え、他社と比較して、ネットを介した相互扶助プランの規模としては最大となったと発表した。相互宝は受付開始後10ヶ月ほどしか経過していないが、およそドイツ一国に相当する加入者を獲得したとしている。今後、2021年までに加入者を3億人までに増やすとしており、その規模は無視できない。

ただし、このようなネット相互扶助プランは保険商品には分類されていない。アリペイ側は、相互宝の運営で収益確保を考えておらず、既存の保険商品とも競争関係にない上、相互宝の役割は国民に広く民間保障を理解してもらうためのものとしている。しかし、医療保障へのファーストコンタクトが相互宝のようなネット相互扶助プランであった場合、民間保険会社が提供する医療保険商品への加入検討にどのような影響を与えるのかなどは未知数である。中国では、既存の保険商品が広く普及する前に社会が急速にデジタル化し、民間保障のあり方が短期間に一気に多様化している。今後、市場の成長の伸びしろが大きいとしても、それは必ずしも保険会社のみに委ねられているわけではない点に留意が必要である。
 
1 中国保険業協会「中国商業健康保険発展指数報告」(2018)
2 拙著「アリババが医療保障を変える?-次なる「相互宝」の投入」基礎研レター、2019年5月20日発行
3 アリペイが7月8日に発表したところによると、加入者7,600万人のうち受給者数は合計597名に達した。受給者の平均年齢は36歳とまさしくデジタルネイティブ世代である。受給者のうち、4割が30代、2割が20年代である。加入者の出身地域をみると、56%が小規模都市(うち32%が農村地域)となっている。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき (かたやま ゆき)

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴
  • 【職歴】
     2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
     (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
     ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
     (2019年度・2020年度・2023年度)
     ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
     ・千葉大学客員准教授(2023年度~) 【加入団体等】
     日本保険学会、社会政策学会、他
     博士(学術)

(2019年10月15日「保険・年金フォーカス」)

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