2019年10月08日

岐路に立つ日本の水道-今、考えたい公共サービスの受益と負担

基礎研REPORT(冊子版)10月号[vol.271]

神戸 雄堂

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1―水道事業の現状と課題

住民にとって最も身近で不可欠な公共サービスとして水道事業がある。日本の水道事業は、現在普及率が100%近く、安価で安全な水が供給されているが、一方で多くの課題を抱えており、将来的に安価で安全な水の供給が危ぶまれている。

水道事業は、原則として市町村が経営するものとされており(水道法第6条第2項)、水道事業を行う公営企業は、独立採算制の原則に基づき、経費を利用者からの水道料金収入等で賄わなければならない。地方公共団体が運営する水道事業者数は2017年度時点で1926団体と、地方公共団体数(1788団体)を上回るほど過多である。その結果、ヒト・モノ・カネなどの経営資源が分散し、規模の経済が働かず、小規模事業者を中心に経営が困難となっている[図表1]。
[図表1]現在給水人口規模別の経営分析
具体的な課題として、(1)老朽化する施設への対応、(2)水道職員の確保、(3)適正な水道料金の引上げ・料金格差拡大の抑制の3点が挙げられる。

(1)については、水道事業に係る施設、特に管路(水道管)の老朽化が進行しており、法定耐用年数(40年)を経過している割合(管路経年化率)は年々上昇している。多くの団体は、更新財源の不足から十分な更新を行えず、老朽化に歯止めを掛けられていない。

(2)については、水道職員数が年々減少し、高齢化も進んでいる。特に施設の補修や更新を担う技術系職員は、後任となる人材育成や技術継承を十分に行えておらず、民間事業者への業務委託の依存度が高まっている。

そして、(3)については人口減少、節水機器の普及等によって有収水量(料金徴収の対象となった水量)が2000年頃をピークに減少している。水道事業は固定費が大部分を占める装置産業であるため、有収水量が減少すると収益を直撃する。有収水量の減少に伴う収益の減少を補うためには水道料金を引上げざるを得ず、実際にこれまでも引上げられてきているが、更新にかかる費用どころか給水にかかる費用さえ、料金収入のみで賄えていない団体(料金回収率が100%未満の団体)が全体の3分の1を上回っている。また、団体間の水道料金格差は最大で約8倍にも達している[図表2]。
[図表2]水道料金の格差

2―2018年度の水道法改正

これらの現状と課題を踏まえ、政府は水道の基盤強化に向けて2018年度に水道法を改正した。最も注目すべき点は、課題解決のための選択肢の拡大であり、具体的には広域連携及び多様な官民連携の推進がある。

広域連携とは、近隣の事業者同士が事業統合や業務の共同化を行い、スケールメリットを生かした効率的な事業運営を目指すものである。これまでも実績はあったが、連携の規模が小さいことなどが課題であったため、今回の改正で推進役として都道府県の積極的な関与を求める旨が規定された。

また、官民連携は既に様々なレベルで行われているが、政府が推奨するコンセッション方式の導入実績はない。コンセッション方式とは、公共主体が施設の所有権を保有したまま、民間事業者に運営権を長期間付与することで、民間事業者による安定的で自由度の高い運営を可能とする方式で、空港事業などでは導入が進んでいる[図表3]。しかし、法改正以前の水道事業では、水の供給に係る最終責任者が民間事業者とされたため、災害発生時の水の供給懸念等から議会や住民の理解が得られなかった。そこで、今回の改正で最終責任は地方公共団体が担いつつ、運営権を民間事業者に設定できるようになった。
[図表3]水道法改正後のコンセッション方式
今回の改正の方向性自体は極めて妥当であるが、大規模な広域連携及びコンセッション方式は、ともに浸透するには相応の時間を要するだろう。前者は、2018年度に香川県が全国初となる全県規模の広域連携事業を開始し、大阪府や奈良県でも検討が進むなど機運が高まっているが、団体間の水道料金及び財政状況の格差が障壁となり、実現するのは簡単ではないだろう。

後者は、海外での水道料金の高騰、水質悪化、再公営化などの事例を踏まえ、マスメディアや識者から導入に反対する声が多く見られ、住民や議会も依然として漠然とした不安を抱いている。日本で唯一となる下水道事業におけるコンセッション方式の導入を実現した浜松市は上水道事業への導入も検討したが、市民の反対もあり、無期延期となった。一部団体が導入を実現しても、後発となる多くの団体は先行事例を見極めたうえで、判断することが予想されるが、見極めにも相応の時間を要するだろう。

3―給水人口規模別の水道料金の 推計結果

では、広域連携や官民連携を実施せずに、独立採算制の原則に従う場合、各団体は水道料金をどの程度引上げる必要があるのだろうか。日本水道協会の「水道料金算定要領」を参考に、2017年度から2045年度までを対象期間として、現在給水人口規模グループ別にしかるべき水道料金を推計した。

施設の更新需要の高まりに伴い、更新費用及び減価償却費は増加する一方で、人口減少によって有収水量が減少するため、水道料金を引上げる必要がある。ただし、足元の最大稼働率や将来推計人口の変動などから需要を予測し、2045年度時点で必要な施設のみ更新を行う(ダウンサイジング)ことで、引上げ幅を抑制することが可能となる。

これらの前提の下、推計結果は[図表4]の通りとなった。料金回収率が100%未満の団体に加えて、更新にかかる費用を料金収入で賄えていない団体も引上げが必要となるため、全体平均では2017年度時点で既に実際の料金から約40%の引上げが必要であった。そして、2045年度に向けては80%以上の引上げが必要で、すべての団体において引上げが不可避という試算結果となった。さらに、小規模団体ほど引上げ幅が大きく、現在給水人口が1.5万人未満の団体においては、2045年度の1ヵ月の水道料金が1万円を超過するなど、料金格差もますます拡大するという結果となった。

広域連携や官民連携を通じてダウンサイジングの実効性や経営の効率性を高めることで、実施しない場合と比べて料金の引上げ幅を抑制することが可能かもしれないが、いずれにせよ一定程度料金の引上げは不可欠である。これまで水道料金の十分な引上げをしてこなかったことが現在の課題へと繋がっていることを踏まえると、今後も時期を先送り、もしくは引上げ幅を抑制すると、将来世代への負担が増えるため、早い段階から少しずつでも水道料金を引上げていくことが必要である。
[図表4]現在給水人口規模別の水道料金の将来推計

4―さいごに

国及び地方の財政は、人口減少や高齢化の進展によって、ますます厳しくなることが予想されるため、公共サービスの縮小と国民負担の増大をあわせて検討せざるを得ないだろう。しかし、水道料金の引上げに限らず、国民負担の増大については、政治的理由から先送りされがちである。国民が負担増に対して反対するのは、国民側が公共サービスの受益に対して無関心もしくは無知であることに加えて、行政側が理解を得られるような根拠を示せていないことが原因である。双方で公共サービスにおける受益と負担に対する意識と理解を深めていかなければならない。
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神戸 雄堂

研究・専門分野

(2019年10月08日「基礎研マンスリー」)

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