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出生率の決定要因や少子化施策の効果に関する分析-埼玉県における少子化対策に関する施策の効果検証を中心に-

生活研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 金 明中
日本社会事業大学 社会福祉学部 教授 金子 能宏
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1――はじめに
埼玉県では2016年度から県と市町村が連携し、埼玉県における少子化対策を検討するために埼玉県少子化対策協議会を設置し、出生率を改善させるための対策を議論している。
本章では埼玉県の国勢調査や埼玉県が独自調査したデータなどを用いて、出生率の決定要因や少子化施策の効果に関する分析を行った。
2―― 先行研究
阿部・原田(2008)は、日本の出生率の要因を市町村ベースのデータにより分析を行った。被説明変数は、厚生労働省が「人口動態保健所・市区町村別統計」で推計・公表している1998~2002 年の5 年間の出生率の平均値を用いた。説明変数である所得は、市区町村別「課税対象所得額」を人口で除した一人当たり所得(2000 年度分)が使われた。また、子供の養育に必要な時間費用の代理変数として、女性賃金を使用している。但し、市町村別にデータが入手できなかったので、分析では都道府県別の女性賃金を使用している。地域ごとに養育変数が大きく異なる可能性がある点に注目し、住宅費として地価(総務省の固定資産税評価)を用いた。金額は全国で物価の水準が異なることを考慮し、消費者物価地域格差指数(総務省,2000 年)を用いて、デフレートしている。
教育費は、養育費用の大きな部分として考え、2000年の国勢調査により、市区町村の15歳以上通学者数を15~24 歳人口で除した比率を代理変数として利用した。推計式は次の通りである。

TFR: 出生率(厚生労働省の「人口動態保健所・市区町村別統計」の1998~2002 年の5年間の平均値)。
Y: 「課税対象所得額」(日本マーケティング教育センター)を国勢調査人口(総務省統計局)で除した一人当たり所得(2000年、年額万円)。
WW: 女性賃金(賃金構造基本調査、決まって支給する現金給与額、2000 年、月額万円)。PL: 地価(固定資産税評価額住宅地2000 年、平米当り万円)。
ER: 15 歳以上通学者数対15~24 歳人口比率(国勢調査2000 年)
NS: 保育所制約((待機児数+在所児数)/保育所定員数),保育所未設置市町村には最小値0.27 を与えている。これらのデータは,厚生労働省の「社会福祉施設等調査」(2000 年)を使用した。後述のように保育所定員人口比率と保育所未設置町村ダミーを用いた操作変数法で推計。
ε:誤差項。
※Y、WW、PLは、消費者物価地域格差指数(総務省、2000 年)によってデフレート。
分析の結果、所得の弾性値は負であった。これは所得の増加が養育費用を増加させることによる出生率抑制効果が,所得効果を上回っていることを意味する。他の先行研究では、所得の係数が正であるケースが多かったものの、その結果とは異なる結果が出ている。
女性賃金の弾力性も負であった。これは,女性の養育への機会費用の増加が出生率を抑制することを示している。地価の弾力性も負であり,地価の低い地域は,養育費の一部である居住費用が低く,出生率にプラスの影響を与えると解釈することができる。
加藤(2017)は、2010年時点の市区町村別データセットを作成し,出生率と人口密度の関係を計測した。説明変数としては人口密度、女性労働力率、第一次産業就業者比率、そして人口純転入率が用いられた。特に分析で注目したのは人口密度が出生率に与える影響である。加藤は、出生率に影響を及ぼす経済社会の要因が多様であり、両立支援の難しさや育児資源の有無など地域レベルでの客観的な数値として観測することが難しいものも多いと言及しながら、このような諸要因の代理変数として人口密度が考えられることを強調した。つまり、結婚や子どもを持つことの要因は社会経済環境に求める必要があり、こうした視点から、(1)子どもを持つことの費用の上昇、(2)就業と産業・育児の両立を可能にする社会システム、(3)家計の所得、(4)若年層を中心とした雇用情勢の悪化を少子化の要因として挙げた。以上の少子化の要因の中で,出生率の地域別の違いを明らかにするためには、子どもを持つことの直接的な費用や就業と出産・育児の両立可能性は居住地に影響を受ける要因に焦点を絞る必要があることを強調しながら、この二つの要因の代理変数として人口密度を利用した。都市部と地方を比較した場合、都市部のほうが労働力や資本等が集中しており,効率性が高く,それが高い所得につながっていることが出生率に正の効果をもたらす可能性がある。一方で、人口密度が高い地域ほど地価が高く,多人数で居住するコストが高い、そして住宅コスト等が高いため居住スペースも制約されるので,こうした側面が出生率に負の効果をもたらす可能性もある。
推計結果、人口密度が高い市区町村ほど出生率が低いという結果が出た。生活と関連するコストの増加が出生率に負の影響をもたらしたと考えられる。女性労働力率と出生率の関係の間には正の関係があり、保育所整備率など少子化対策と関連する資源に多くを費やしている市区町村ほど出生率が高いという結果が得られた。一方、人口密度が上昇した市区町村とそうでない市区町村に分けて、二時点間において人口密度の上昇が出生率に与えた影響をみたところ、人口密度が上昇した市区町村では平均して出生率が低下する結果が出た。
3――出生率の地域差
図表1は、調査年別埼玉県の平均出生率と埼玉県内の市町村1(2019年現在全63市町村)との出生率の差を示している。埼玉県における出生率は、2015年をピークに全体的に低下傾向にある中で、平均出生率を上回っている市町村の数は増加傾向にある(詳細は図表3~図表8を参照)。
すべての調査年において埼玉県の平均出生率を上回っている市町村は、さいたま市、熊谷市、川口市、秩父市、本庄市、深谷市、草加市、戸田市、朝霞市、八潮市、富士見市、吉川市、滑川町の13市町村である(図表2)。また、宮代町、寄居町、小鹿野町、桶川市、横瀬町、蓮田市、鳩山町、鴻巣市の8市町村における2017年の出生率は2015年に比べて改善された(図表10)。
一方、久喜市、北本市、幸手市、日高市、毛呂山町、越生町、小川町、川島町、鳩山町、ときがわ町、東秩父村のような11市町村は、すべての調査年において平均出生率を下回っていることが明らかになった。出生率が埼玉県の平均出生率を上回っている市町村、あるいは、出生率が改善された市町村の特徴は次の通りである2。
- 寄居町
2013年にホンダが工場を新設し、埼玉県の生産を寄居工場に集約したことで若手人口が増加する。
- さいたま市、川口市、戸田市、朝霞市、草加市
東京に近接し、通勤通学に便利なことから、若い層の人口が集中しやすい。
- 熊谷市、深谷市、鴻巣市、桶川市、蓮田市
もともと高崎線・宇都宮線沿線で都内への通勤に便利であるところ、2015年上野東京ライン開通により、東京・品川への通勤通学の利便性がより向上した。また、2015年、圏央道 北本-白岡間が開通。
- 本庄市
2004年本庄早稲田駅開業。以降、同駅周辺エリアで早稲田大学の研究施設や関連施設の整備商業施設、道路築造、宅地整備、保留地販売が進む。2012年「カインズ」本社が稼働。2013年大型商業施設完成。
- 八潮市
2005年つくばエクスプレス開通。以降、沿線地域活性化のため、土地区画整備事業が行われ、大規模な新興住宅地の整備が進められた。
- 滑川町
2002年つきのわ駅開業。都心までのアクセスが良くなり、土地区画整備が行われて住宅地やショッピング施設が整備されることにより、ベッドタウン化が進んでいる。
- 吉川市
武蔵野操車場跡地地区の土地区画整理によって、2012年、吉川美南駅開業。2013年には美南小学校開校。商業施設の整備や宅地開発が進められている。
- 富士見市
2015大型ショッピング施設が開業。周辺の都市開発が進み、商業施設、産業系施設の開発が現在も進んでいる。
1 2019年現在63市町村
2 埼玉県福祉部少子政策課提供資料
(2019年09月19日「基礎研レポート」)
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