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ドイツの生命保険監督を巡る動向(1)-BaFinの2018年Annual Reportより(スポットライト)-
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4.ソルベンシーIIの3年間
欧州の監督制度であるソルベンシーIIは、計画通りにレビューされ、現在も継続されている(25ページの情報ボックス「ソルベンシーIIのレビュー」を参照)。BaFinは、2016年初頭に発効してから3年後、ソルベンシーIIによる進歩は、その限定的な影響を上回ると考えている。批評家は、報告義務を果たすには多大な労力が必要であるとか、小規模の保険会社は不利な立場に置かれていると主張している。
保険年金基金監督CED(Chief Executive Director)のFrank Grund博士は、次のようにコメントしている。「私は、ソルベンシー財務状況報告書(SFCR)、定期的監督報告(RSR)及びリスクとソルベンシーの自己評価(ORSA)から発生する報告義務の全体は、保険会社に、活動の重要な要素である顧客、ガバナンスシステム及びリスクプロファイルを詳しく調べることを強制している、というポジティブなことを述べることで批判に応えたい。」
包括的批判
規制が非比例的であるという非難さえあまりに一般的だ、とGrund氏は述べた。ソルベンシーIIによって会社が有する課題を分析するには、差別化されたアプローチが必要だった。 背景は、ソルベンシーIIが特定の臨界値に達する保険会社にのみ適用されることである。さらに、二重比例の原則は、規制と監督実務におけるその適用が、会社のリスクの性質、規模及び複雑さを考慮しなければならないことを意味している。監督下の会社においても、規制要件を満たすために必要な労力と会社のリスクプロファイルとの間に合理的なバランスが必要だ。
欧州市場のメリット
Grund氏は、欧州市場向けのソルベンシーIIが達成したことは、保険会社のリスク管理システムが強化され、そのようなシステムの要件が欧州全体で標準化されたことだと考えている。しかし、彼は全てが完璧ではないことを認めた。例えば、一部の報告要件では、規模を簡素化及び縮小することでメリットが得られる。
彼はまた、金利リスクを再評価すべきであるというSCRレビュー中にEIOPAが欧州委員会に行った勧告への支持を表明した(25ページの情報ボックス「2020レビュー」を参照)。現在の標準式はマイナスの利子率を認識していなかったため、現実モデルと内部モデルの両方とは関係がなくなった。例えば、立法者が、ソルベンシーIIレビューを、持続可能性プロジェクトを促進するためのインセンティブとして長期契約の資本救済を導入する機会として使用する場合、適切なリスク管理が究極のベンチマークであり続けることを、監督の観点から確保する必要がある。
一目で
ソルベンシーIIレビュー
2018年に開始されたソルベンシーIIのレビューの一環として、欧州委員会は、ソルベンシーIIの実施規定を含む委任規制の改訂版を発表した。これに関連して、欧州委員会は、欧州保険年金監督局(EIOPA)による金利リスクに関する勧告を採用しなかった。金利リスクは現在、2020年の一般的なレビュー(2020レビュー)プロセスの対象となっている。BaFinは、金利リスクを更新することが緊急に必要であると考え続けているため、EIOPAの提案を支持している。委任規則の改訂版では、様々なリスク要因の再調整が規定されている。BaFinは、カウンターパーティのデフォルトリスクなどの個々のリスクモジュールの簡素化も想定していることを歓迎している。欧州委員会は、2019年3月8日に欧州委員会と欧州議会に修正委任規則を提出した。その後、後者は3か月の期間に反対する権利を有している。
2020年のレビュー
欧州委員会が2020年以降に検討しなければならないソルベンシーIIの構成要素には、標準式に基づいてソルベンシー資本要件(SCR)を計算する際に使用される、長期保証と株式リスクに対する措置、方法、仮定、標準パラメータ、そして最小資本要件(MCR)を計算するための規則及び監督当局の慣行が含まれる。さらに、グループの監督とグループ内の投資管理を強化する利点についても調査中である。欧州委員会はEIOPAに対応する助言を求めている。
「デジタル化」 については、BaFinの2018年Annual Reportにおける最大のトピックになっており、Felix Hufeld長官の意見表明を含めて、最も多くのページが割かれている。2017年のAnnual Reportにおいても多くのページが割かれていたが、さらに1年間を経て、2018年Annual Reportにおいては、いくつかの重要な進展があったことが報告されている。
(1) Felix Hufeld長官の意見表明
BaFinのFelix Hufeld長官は、冒頭の意見表明において、「金融監督と金融のデジタル化」についての意見を述べている。
これによれば、現在の金融業界全体の急速な変容の主たる推進力がデジタル化であるとし、BaFinの重要な目標が、進歩的なデジタル化を含むドイツ金融市場の機能、安定性、完全性を確実にすることであることから、デジタル時代に完全に備えることを保証する為に、デジタル化戦略を策定した、と述べている。
このデジタル化戦略については、3つの要素で構成される、としている。
第1の要素は、「監督と規制」を中心にしており、デジタル化とその金融市場への影響を適切に分類及び評価することであり、このために金融技術革新部門(SR 3)を中心としたBaFin全体の専門家ネットワークを確立したとしている。さらに、学者やコンサルティング会社と共同で、レポート「Big Data meets artificial intelligence(ビッグデータは人工知能に出会う)」5を編集し、テーマの明確化を図ったとしている。今後は、緊急性と重要性に基づいて、これらに優先順位を付けて対処する予定としている。なお、別の重点分野として、暗号トークンを取り巻く新たに出現した問題を挙げている。
第2の要素は、「監視対象企業のテクノロジーとITシステムのセキュリティ」を中心にしている。これについては、BaFinは現時点では、主にITガバナンスから、情報とセキュリティ管理、さらに ITサービスのアウトソーシングへの予防に焦点を当てているとしている。BaFinは、金融機関のITの監督要件(Bankaufsichtliche Anforderungen an die IT-BAIT)6及び保険会社のITの監督要件(Versicherungsaufsichtliche Anforderungen an die IT-VAIT)7を策定し、欧州の規制コミュニティで道を先導している、と述べている。さらに、「レッド・チーミング(red teaming)」と呼ばれる金融セクター向けのサイバーストレステストが重要な役割を果たす、としている。
第3の要素は、「BaFin自体のデジタル化」であり、これは既存の紙ベースのプロセスをデジタル化することを意味するだけではなく、プロセス全体の再考と定義が含まれ、それらの中のワークフローを最適化するために、可能な限り最高のデジタルツールを使用する、と述べている。チーフデジタルオフィサー(CDO)を新たに設定し、電子ファイル管理システムを実装する「Zeus」プロジェクトや、監査役会や上級管理職のメンバーのような個人に関する詳細の処理に焦点を当てた「Gaia」プロジェクトを推進している、と述べている。なお、これらの目的の1つとして、「デジタルテクノロジーを使用して、大量のデータの評価におけるBaFinの分析能力を向上させる」ことが挙げられている。
(2-1) IT監督の3段階計画
BaFinは、IT監督業務のための3段階のプログラムを開発している。
ステージ1には、様々な監督領域の会社に対して同等のIT要件が策定される一連のフレームワークが含まれ、これには、BaFinがITセキュリティの選択された分野で銀行と保険会社に期待することを詳細に設定した金融機関のITの監督要件(BAIT)や保険会社のITの監督要件(VAIT)が含まれる。さらに、BaFinは2018年11月にクラウドプロバイダーへのアウトソーシングに関する追加のガイダンスを公開8した。
ステージ2は、銀行がサイバー攻撃に対する耐性を高め、ビジネス継続性を維持する能力を支えることを目的としている。2018年末以降、BaFinとドイツ連邦銀行は、サイバーストレステスト(レッドチームテスト)の実装の可能性に取り組んできた。
ステージ3には、銀行の危機管理の改善が含まれる。BaFinは、緊急テストを含む緊急管理に関するモジュールを追加することにより、BAITを拡張することを計画し、サイバードリルも対象になっている。
これについては、「(1) Felix Hufeld長官の意見表明」の中で、詳しく触れたので、ここではそこで述べられなかった項目を報告する。
増加するデジタル化とビッグデータ及び人工知能(BDAI)現象が、金融市場を目に見えて変化させており、この市場の信頼の強固な基盤を作ることがBaFinの役割であるとしている。
BaFinは、2018年8月のデジタル化戦略の採用にあたり、以下の3つの基本的な問題を定義している。
・デジタル化によって引き起こされる市場の変化に対する監督上及び規制上の対応はどうあるべきか?
・BaFinは、監督下の会社が使用する革新的な技術、ITシステム及びデータの安全性をどのように確保できるのか?
・進行中のデジタル化プロセスに照らして、BaFin自体は、社内及び市場とのインターフェイスの両方で、どのように開発を続ける必要があるのか?
BaFinは、デジタル化戦略の中で、これら3つの分野でどの方向に進む予定かを明らかにしている。
BaFinは、「デジタル化によって引き起こされる市場の変化に対する反応はどうあるべきか?」という問題について、「Big data meets artificial intelligence Challenges and implications for the supervision and regulation of financial services(ビッグデータが人工知能に出会う:金融サービスの監督と規制の課題と意味合い)」9というレポートで検討している。このレポートは、BaFinが戦略的傾向、市場動向、新たに発生するリスクを早期段階で特定し、適切に対応できるようにする包括的な画像を取得することを目的とし、消費者を含む多くの規制及び監督の観点から、技術主導の市場開発の影響を調査している。
レポートでは、BaFinは、プロセスの自動化が加速している場合でも、経営陣が責任を負っていることをもう一度明確にしている。顧客は、明らかにしたデータの価値とそのデータを誰が使用できるかについて、もっと認識させられる必要がある。消費者の信頼がBDAIイノベーションの成功の鍵である、としている。
また、この調査は、ビッグデータと人工知能が既存の市場参加者と潜在的な新しい市場参加者の両方に大きな競争機会をもたらすことを示している。
なお、このレポートは、公開協議に付され、そのフィードバックやそれらの回答の概要も公開されている10。
BaFinは、2018年8月から、ビッグデータと人工知能の監督及び規制上の扱いに焦点を当てたBaFinPerspectivesシリーズ11を発行しているが、その中で、デジタル化のトピックや持続可能な金融に関する問題を取り扱ってきている。
BaFinPerspectivesシリーズには、内部及び外部の著者及びインタビューからの貢献が含まれており、「このような複雑で相互接続された環境では、消費者保護組織、学界の専門家、ジャーナリストに加えて、金融セクターとその業界団体の代表者との監督と規制における基本的な問題に関するさらに大きな情報交換が必要だ。」としている。
BaFinPerspectivesの記事は、戦略的な問題や規制プロジェクトにスポットライトを当て、日々の報告を超えて、様々な観点から分析することを目的としている。
(2019年09月09日「保険・年金フォーカス」)
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