2019年08月06日

IFRS第17号(保険契約)の修正に関するEDの公表について-EDの概要及び関係者の初期反応等-

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3|全体的
ドラフトコメントレターは、いくつかの修正の範囲では完全には把握されないであろう、いくつかの可能性のある事実パターンの広がりを評価するために必要なインプットを含む、いくつかのトピックに関するフィードバックを要求している。

EFRAGは、2019年9月2日までに公開草案で提起された質問及びEFRAG自身が提起した質問に対する回答草案に対するコメントを要求している。

今回のドラフトコメントレターに対しても、多くの意見が寄せられ、最終的なコメントレターの作成に向けては、さらなる議論が行われていくことが想定される。

(参考) EFRAG201893日付けのレターで確認されたトピックの概要
因みに、EFRAGの2018年9月3日付けのレターで確認されたトピックの概要は、前回のレポートで報告したように、以下の通りであった。

上記で述べたように、IASBはこれらの6つのトピックのうちの5つについては、一定程度の対応を行ったが、年次コホートの問題については、その要件を保持することとしている。

(a)範囲の排除
・契約の更新が想定されている場合であっても、契約獲得キャッシュフローは契約の境界線を超えて配分することはできない。

・構成員は、これが原因で収入と費用が間違ってマッチングすると主張する。この処理により、想定された更新が考慮されると顧客関係が利益を上げることが予想される場合であっても、会計上の目的で不利な契約と見なされる契約が生じる可能性がある。

・一部の構成員は、他の業界では、IFRS第15号「顧客との契約からの収益」に従って、想定される更新を含む期間にわたり増加する獲得費用を償却することが認められていることに留意している。

(b)CSM(契約上のサービスマージン)の償却
・構成員は、変動手数料アプローチ(VFA)のカバレッジ・ユニットのドライバーとして投資サービスを含めるというIASBの決定に同意しているが、これは一般モデルの一部の契約にも適用すべきであるという見解がある。保険カバレッジの提供のみに基づく利益認識は、VFAに適格ではないが投資サービスを含む特定の商品に対する保険会社の業績の忠実な表現を提供しない、という懸念がある。

(c)再保険(再保険後に収益性のある不利な基礎契約、基礎契約がまだ発行されていない再保険契約の契約境界線)
・構成員は、IFRS第17号の再保険アプローチが、以下の会計上のミスマッチを発生させると考えている。

(a)不利な契約については、出再保険会社は損益計算書を通じて損失要素を認識しなければならないが、対応する再保険契約からの関連利益は保険期間にわたって繰り延べられる。

(b)保有する再保険契約の契約境界線は、基礎となる保険契約の契約境界線と一致しない。つまり、再保険会計には、まだ引受/認識されていない保険契約の見積もりが含まれる。

・保険と再保険会計との間の矛盾は、財務諸表が再保険後のネットリスクポジションを適切に反映しておらず、結果として損益認識パターンが歪んでいることを意味するという懸念がある。

(d)移行(修正遡及アプローチによって提供される救済の程度及び公正価値アプローチを適用する際の課題)
・構成員は、修正遡及アプローチが非常に限定的であると考えており、そのため実際に修正遡及アプローチが可能にする簡素化を提供しないであろう。

・また、構成員は、IFRS第9号金融商品を適用する際にOCI(その他の包括利益)を通じて公正価値で会計処理される資産には、公正価値アプローチの下で、OCIをゼロに設定する選択肢は利用できないことを示している。

・修正遡及アプローチをさらに簡素化しないと、保険会社は多くのポートフォリオに対して公正価値アプローチを適用する必要があるという懸念がある。これらの構成員はまた、公正価値アプローチがいくつかの場合に有益な実用的手段である一方で、全ての場合において適切な収益認識パターンを提供しない可能性があると主張している。

・さらに、関連する資産に対する過去のOCIを維持するのに対して、移行時に負債のOCIをゼロに設定すると、移行時に資本が歪曲し、結果が大幅に進行する懸念がある。

(e)年次コホート(VFA契約を含む費用対効果のトレードオフ)  
・構成員は、1年を超えて発行された契約を集約することの禁止が過度に複雑であることを示している。懸案事項は、年次コホートの要件が過大なレベルの細分化、重大な実施上の課題につながり、コストがかかることである。

・IFRS第17号自体ではなく、結論の根拠に含まれるVFA契約の年次コホート要件から「救済」を提供する操作性も疑問視される。

(f)貸借対照表の提示(資産ポジションのグループ及び負債ポジションのグループの分離開示及び受取債権及び/又は支払債務の非分離の費用対効果のトレードオフ)
・IFRS第17号は、契約のグループを資産又は負債として表示することを要求している。構成員は、現在、決済される請求債務、未経過保険料、未収金/未払費用などの異なる要素を別々に取り扱い、 異なるシステムで管理している。IFRS第17号で定義されている契約のグループは、資産から負債ポジションに頻繁に切り替わる可能性がある。

・EFRAGは、表示にのみ影響するIFRS第17号により要求されるアプローチが、現行のアプローチと比較して、重大でコストのかかるシステム変更を必要とすることを知っている。また、IFRS第17号では、保険債権、保険貸付及び再保険担保(留保資金)がもはや貸借対照表に別個に表示されなくなる。
 

5―IFRS第17号を巡るその他の動向

5―IFRS第17号を巡るその他の動向

この章では、今回のIASBによるIFRS第17号の修正に関するEDへの反応とは独立して、IFRS第17号を巡るその他の動向について報告する。

1|IFRS17号の準備状況に関するMillimanのアンケート
2019年6月6日に、Millimanは、2018年末におけるIFRS第17号に対する保険会社及び再保険会社の準備状況を測定するためのグローバル調査を実施した結果を公表7している。この調査は、企業が基準を通常通りにビジネスに変換する(BAU)プロセスの進歩を評価し、様々な市場での進歩を比較することを目的としていた。このレポートは英国と欧州の市場に焦点を当て、注目に値する世界の会社の準備状況と比較しながら、EU全域の36社から寄せられた回答を要約している8

この調査結果によると、保険会社の半数以上(54%)が、IFRS第17号の適用がソルベンシーIIよりも複雑であると予想している。また、その複雑さの理由としては、IFRS第17号で要求されるデータのレベル、新しい手法の実施、新しいシステムの構築、そして新しい基準の解釈に関係する綱目が挙げられている。

また、EUの回答者の大部分(77%)は、IFRS第17号に基づく報告に使用される前提は、ソルベンシーII報告のためのものと殆ど同じか同等であると想定していると回答している。

主要なトピックに対する回答状況のうちのいくつかの項目は、例えば以下の通りとなっている。
 
7 http://www.milliman.com/insight/2019/Milliman-IFRS-17-Preparedness-Survey-2018-UK-and-EU-highlights/#
8 Millimanは、2018年9月から11月にかけて118のグローバル保険会社に調査を依頼したとしている。
(1)割引率
保険負債を算出するための割引率については、トップダウンとボトムアップのアプローチの2つのアプローチが認められているが、EU保険会社の42%及び非EU保険会社の43%がボトムアップアプローチを、EU保険会社の33%及び非EU保険会社の約15%がトップダウンアプローチを使用するつもりであり、残りの回答者はアプローチを決定していない、としている。

理論上はどのアプローチを使用しても同じ結果が得られることになるが、実際はアプローチが異なると結果も異なり、比較可能性が失われることが懸念されている。

(2)リスク調整
IFRS第17号に基づくリスク調整は、ソルベンシーIIのリスク・マージンと同様の概念であるが、ソルベンシーIIとは異なり、保険会社はIFRS第17号に基づくリスク調整を計算する方法を自由に決めることができる。

EU保険会社の47%、非EU保険会社の40%がリスク調整の計算方法を決定しているが、これは会社が業界からの追加のガイダンスを求めている主要分野の1つとなっている。

(3)不利な契約
会社が契約開始時に不利な契約をどのように定義しようとしているのかについては、半数以上(56%)のEU保険会社が不利な契約を定義するために新しい計算を使用する予定であるとし、16%が価格レポート又は既存価格レポートの調整バージョンを使用すると述べていた。

Millimanは、この調査結果は多くの企業がIFRS第17号と以前の基準の下での収益性の間に強い関連性を見ていないことを示唆していると述べている。

(4)ビジネスへの影響
IFRS第17号がビジネスに与えるより幅広い影響については、EUの保険会社の3分の2以上が、貸借対照表への直接的な影響を超えての何らかの変化を想定している。このうち商品の価格設定が50%以上の回答者によって選択されて、一般的なコンセンサスとなっている。

別の質問では、EUの回答者の59%が、IFRS第17号の下では少なくとも1つの商品ラインが魅力的でなくなると想定している。
2|IFRS17号に対する意見等
IFRS第17号に対しては、これまでも多くの意見が寄せられてきたが、ここでは既に述べてきた具体的な項目に対する意見とは別に、IFRS第17号の準備を進めている保険業界からの全体的な意見を中心に紹介する。

(1)IFRS第17号の便益-比較可能性と理解可能性の改善-
いくつかの保険会社が、 IFRS第17号の便益について、懐疑的な見方を示している。特に、プリンシプルベースの会計基準の性格が一貫性を妨げることになると懸念している。

IFRS第17号は、確かに投資家が保険会社間の比較を行う上で、役立つかもしれない。ただし、新しい基準がどのように機能するのか、例えば商品設計にどのように影響するのかについては未だ明確でない。

IFRS第17号には、その解釈に委ねられている多くのプリンシプルがあるため、これは比較可能性の水準に影響を与え、その便益に疑問を呈することになりかねない。

また、投資家や顧客の理解可能性の改善についても、疑問があるとの意見があるようだ。

(2)今回の修正に伴う不透明性
今回の修正内容の決定時期も含めた、IFRS第17号を巡る不確実性と適用時期との関係で、プロジェクトを進めていくのに十分な時間が確保できるのか否かが懸念となっているようである。特に、今後のEFRAGでの議論の状況によっては、欧州での承認時期やその内容についての不透明性の程度が高まってくることにもなる。

(3)開発に伴う負担
IFRS第17号への対応には、ソルベンシーIIでの対応が役にたっている部分も多いと想定されているが、一方で、IFRS第17号によって、ソルベンシーII対応のシステムや報告にも影響を与えることになることも想定されている。

IFRS第17号での報告には、過去のデータや過去の保険数理上の仮定の利用が可能にならなければならないが、これには多大な時間と労力が必要となる。

(4)移行措置への対応
移行措置に関して、多くの会社は未だ検討段階にあるようである。当初は実務上の理由から公正価値アプローチを使用することを考えていた会社も多かったようであるが、それが必ずしもベストな選択肢ではないということが認識されてきて、別の選択肢を検討してきているようである。

修正遡及アプローチや一部の契約ブロックに公正価値を使用し、他の契約ブロックには完全又は修正遡及アプローチを適用するという方式等を含めて、議論・検討が行われているようである。

従って、現段階において、リスク調整のアプローチを最終決定した会社は限られているようである。
 

6―まとめ

6―まとめ

以上、今回のレポートでは、IFRS第17号の修正に関するEDの内容及びこれに対するEFRAGをはじめとする関係団体等の初期反応、さらには関連する参考情報としてIFRS第17号を巡る最近の動向等を報告してきた。

今後、利害関係者によるEDの検討が進んで、9月25日までには、各種の意見が提出されていくことになる。ただし、今回報告したEFRAGの初期反応等をみても、引き続き多くの意見が提出されることが想定されることになる。

こうした意見を踏まえて、IASBがどのような対応を行っていくのか、それに対して関係者がどのような反応を示していくのか、が注目されていくことになる。

IFRS第17号については、日本の保険会社も大きな影響を受ける可能性がある会計基準であることから、今後の動向については引き続き注視していきたい。
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中村 亮一

研究・専門分野

(2019年08月06日「基礎研レポート」)

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【IFRS第17号(保険契約)の修正に関するEDの公表について-EDの概要及び関係者の初期反応等-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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