2019年08月06日

IFRS第17号(保険契約)の修正に関するEDの公表について-EDの概要及び関係者の初期反応等-

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3―今回の修正EDに対する全体的な初期反応

今回の修正提案に対する全体的な初期反応としては、例えば以下の点が挙げられるようである。

1|再保険契約の取扱
今回の提案において、再保険契約について、比例再保険の場合の対応が図られたことは、基礎となる保険契約とのミスマッチを減らすのに役立つことから、保険業界に歓迎されている。一方で、非比例式再保険の場合の解決策は示されていないことや変動手数料アプローチ(VFA)が使用できないでことに対して不満の声が出ている。保険の収益創出と関連する再保険を別々に検討するアプローチは基本的に不適切であり、2つの契約は一緒に測定されるべきとの考え方が述べられている。

さらには、比例再保険として認められる範囲のレベルや元受と再保険の契約の境界線の不一致の問題についても、引き続きさらなる対応が必要との声が出ているようである。
2|発効日
発効日の1年の延期は、一部の保険会社によって歓迎されているが、引き続き2年の延期を求めて、不満を有している保険会社等も多いようである。

前回のレポートで報告したように、保険業界はグローバルに一致団結して、IFRS第17号の最低2年の実施延期を求めてきた。中小の保険会社を中心に、多くの保険会社にとって、今回のIFRS第17号の実施が極めて大きな変更を保険会社に要求するものであることから、十分な準備ができていないことがその背景にある。

一方で、そもそもの1年の延期に対しても一部否定的な意見も出ていた中にあって、今回のEDに対して、引き続きの強い2年間の実施延期要請等が提出されていくことになるのかは注目される。
3|移行時の取扱
現実的でない場合を除き、保険会社はIFRS第17号が契約当初から適用されていたかのようにその契約を会計処理すること(完全遡及アプローチ)が要求される。完全遡及アプローチが実行不可能な場合、会社は修正遡及アプローチ3又は公正価値アプローチ4のいずれかを使用することができる。ただし、これは、合理的(reasonable)で裏付け可能(supportable)な情報が利用可能である場合にのみしか適用できない。

完全遡及アプローチの適用は実務上困難なケースが多く、公正価値アプローチの適用も適用日前後の契約の取扱いでクリフが発生するということから、多くの保険会社は、修正遡及アプローチの適用を検討しているものと想定される。従って、その実行可能性を高めるための措置を要求してきた。

IASBは、今回のEDで、移行要求を修正しないことを決定し、かわりにいくつかの救済策を提供した。ただし、今回の対応が十分な措置を提供しているわけではなく、引き続き問題が残っていると述べている業界関係者が多いようである。

移行時の取扱は、新しい会計基準の適用における期首の数字の設定に関係する問題であるが、その設定の仕方によって、以後の収益の出現パターン等が大きく影響を受けてくることになる。保険契約は長期間にわたることから、この影響は長期にわたって現われてくることになる。

一方で、新しい会計要件に対応した十分なデータを準備することには膨大な負荷がかかることになり、これとのバランスを図りつつ、適正な水準の見積もりを行うためには、相当程度の柔軟性も認められることが必要になってくる。
 
3 実務的に可能な範囲まで遡って、簡便的に評価する。
4 移行日時点の情報に基づいて評価する。
4|投資リターンサービス及び投資関連サービスに起因する契約上のサービスマージン
IASBは、一定の基準が満たされている場合、必ずしも投資要素が存在しなくても投資リターンサービスを利益として認識することを認めることを決定した。これは、投資リターンサービスが保険契約の累積段階で認識されることを意味するため、特定の繰延年金契約の取扱いを改善する可能性がある。ただし、この取扱いについても、どの程度まで認められるのかについて十分な明瞭性があるとはいえないことから、多くのコメントを受けることになることが想定されているようだ。
5|年次コホート
EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)が提起したトピックのうち、いくつかの項目においては有益な改善が提案されたが、さらにいくつかの重要な問題が未解決なままである。特に、年次コホートの問題について、何らの変更も行われなかった。これについては、リスクシェアリングに基づく保険のビジネスモデルを反映していないとして、批判されている(EFRAGのドラフトコメントの内容については、以下の「4―EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)からの初期反応」で詳しく述べる)。
 

4―EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)からの初期反応

4―EFRAG(欧州財務報告諮問グループ)からの初期反応

欧州の会計基準設定において重要な位置付けを有しているEFRAG(European Financial Reporting Advisory Group:欧州財務報告諮問グループ)は、IASBのIFRS第17号の修正に関する公開草案EDに対応して、2019年7月15日に、コメントレターの草案を公表5し、その提案に関する関係者の意見を求めている。

このドラフトコメントレターへのコメントは9月2日締切りとなっている。
1|全体的
今回のドラフトコメントレターの中で、EFRAGは、IASBが受け取った全ての懸念と批判を把握し分析するために行った徹底的なプロセスについて賞賛し、提案された変更を広く支持した。

さらに、EFRAGの2018年9月3日付けのレター6で確認されたトピックの検討に対する感謝の意を表明したが、一方でいくつかの問題を強調した。
2|具体的な主な指摘事項
EFRAGの公表資料によれば、主として以下のような問題点が指摘されている。

(1) 特定の契約に対する年次コホート要件の例外
・EFRAGは、IFRS第17号における集約要件のレベルに関するIASBの報告目的、すなわち、長期にわたる利益動向の描写、それらの契約期間にわたる契約の利益の認識、及び不利な契約からの損失の適時の認識に同意する。EFRAGは、年間コホート要件は、個々の契約を追跡することと、リスクが似ているが収益性のレベルが異なる契約がある場合でも、不利な契約の認識を保証することとの間のトレードオフであることを認識している。それにもかかわらず、EFRAGは、特に他の契約の保険契約者へのキャッシュフローに影響を与えるか、又はその影響を受けるキャッシュフローを伴う契約に関して、要件がいくつかの事実パターンで不要なコストをもたらすと考えている。したがって、EFRAGは、特定のケースで年間コホート要件がそのような契約に対して正当化されるかどうかを再検討する価値があると考えている。EFRAGは、BC138項から始めて、IASBがそのような契約の例外の開発を検討することを勧告する。例外は、IFRS第17号における集約要件のレベルの報告目的を反映しているべきである。

(2) 修正遡及アプローチの使用制限に関する実施上の課題
・EFRAGは、修正を適用する際に作成者が直面する実施上の課題について引き続き懸念を抱いている。遡及的アプローチであり、IASBが、欠落している情報を概算するのに必要なものも含めて、見積りの使用が認められていることを最終基準の本文で確認することを奨励する。

(3) 移行時のリスク軽減オプションの遡及的適用
・EFRAGは、移行時のリスク軽減オプションの遡及的適用がさらに注目に値するという見解である。

(4) 欧州における承認のための十分な時間を許容するためのIFRS9号のオプション延期を延長するIFRS4号への修正の発行
・EFRAG は、IFRS第9号のオプション延期を延長するIFRS第4号保険契約に対する必要な修正は、現在の満了前に欧州内での適時の承認を可能にするために、2021年1月1日の現在の満了日の前に欧州内でタイムリーな承認を可能にするために、できるだけ早く、遅くとも2020年6月末までに公表する必要があると考える。
(参考)年次コホートについて
多くの利害関係者は、契約を年次コホートにグループ化するという要件は、過度に複雑であり、運用上の負担が生じる可能性があり、その便益はコストを上回るものではない、と述べてきた。しかし、IASBは、利益を平均化し、異なる世代の保険契約からの利益報告を歪め、ビジネスモデルに内在するリスクを覆い隠すことを回避する必要性を指摘して、変更を行わないことを決定した。

これに対して、EFRAGは、ドラフトコメントレターの中で、IASBが達成したい集約レベルの要件の3つの目的、1) 経時的な利益の傾向を描くこと、2) 収益力のある契約の利益を認識すること、3) 不利な契約からの損失を認識すること、には同意したものの、この要件は特定の契約、特に他の契約の保険契約者へのキャッシュフローに影響を与えるか、又はその影響を受けるキャッシュフローを有する契約には不必要なコストをもたらすと述べた。

EFRAGは、この種の契約には例外の余地があるとし、例外がどの程度カバーするのかについて境界を設定する必要があると述べた。

ドラフトコメントレターの中で、EFRAGは、IFRS第17号の結論の根拠のBC138項からスタートして、IASBの3つの目的を満たす契約についての例外の開発を検討することをIASBに勧告している。

BC138項は、要件が、報告される金額に達するために使用される方法論ではなく、報告される金額を特定していると認めている。これは、状況によっては、会社が同じ会計上の結果を達成するために年次コホートを適用する必要はないかもしれないことを意味している。

EFRAGは、このBC138項の結論が基準の本体にまで引き上げられることを提案している。

一方で、IASBは、BC138項において「例外を導入すると複雑さが増し、境界が全ての状況において堅牢又は適切ではないというリスクが生じる」と述べている。しかし、EFRAGは、追加された複雑さがより少ないコストで同じ利点を達成することにつながるのであれば正当化される、としている。
(参考)IFRS第17号の結論の根拠 BC138項

審議会は、1年を超えて発行された契約をグループに含めることを禁止することが、他のグループの契約の保険契約者へのキャッシュフローに影響を与えるか又は影響を受けるキャッシュフローを有する契約に対して不自然な分割を生み出すかどうかを検討した。一部の利害関係者は、このような分割がそれらの契約の報告結果を歪めることになり、運用上の負担にもなると主張した。しかし、審議会は、そのような契約グループについての履行キャッシュフローを決定するためにIFRS第17号の要件を適用することは、そのような契約の成果の適切な描写を提供すると結論付けた(BC171項からBC174項参照)。審議会は、リスクを完全に共有する契約については、グループを一緒にすることが、単一の結合されたリスク共有ポートフォリオと同じ結果をもたらすことを認識し、したがって、IFRS第17号が、1年以内に発行された契約のみを含めるようにグループを制限するという要件に例外を設けるべきかどうかを検討した。しかし、審議会は、そのような例外について境界を設定することは、IFRS第17号を複雑にし、境界が全ての状況において強固でも適切でもないというリスクを生み出すと結論付けた。それゆえ、IFRS第17号はそのような例外を設けていない。それでも、審議会は、要件は報告される金額を規定しており、それらの金額を達成するために使用される方法論を規定していないことに留意した。したがって、状況によっては同じ会計上の結果を達成するために、会社がこの方法でグループを制限する必要はないかもしれない。

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中村 亮一

研究・専門分野

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