2019年08月06日

IFRS第17号(保険契約)の修正に関するEDの公表について-EDの概要及び関係者の初期反応等-

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1―はじめに

保険契約のための新たな国際的な会計基準である「IFRS第17号(保険契約)」については、IASB(International Accounting Standards Board:国際会計基準審議会)が、2017年5月18日に基準の最終案を公表し、「2021年1月1日以降に開始する期間」からの適用を求めていた。

ただし、これに対して、各国の保険業界団体等から、その適用スケジュールがかなり厳しいとの意見が発出され、さらには、基準そのものに対する問題点も指摘され、各種の懸念事項が提起されてきた。こうした動きを受けて、IASBも2018年10月24日からIFRS第17号の見直しに関する議論をスタートして、これらの意見に対する対応等を協議してきた。

これらの状況については、基礎研レポート「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について(1)-各国の実施延期を求める動き及びIFRS導入の影響分析等-」(2018.12.21)及び「IFRS第17号(保険契約)を巡る動向について(2)-IASBにおける検討状況と各種関係団体の反応等-」(2018.12.28)(以下、これらを「前回のレポート」と呼ぶ)で、2018年末までの動き等を報告した。

その協議の結果として、IASBは2019年6月26日に、公開協議のための「IFRS第17号(保険契約)の修正」とするED(Exposure Draft:公開草案)1を公表した。

今回のレポートでは、このEDの内容及びこれに対するEFRAGをはじめとする関係団体等の初期反応、さらには関連する参考情報としてIFRS第17号を巡る最近の動向等を報告する。  

2―今回の修正EDの概要

2―今回の修正EDの概要

1|今回のEDの提案理由
今回のEDの提案理由については、EDの導入部において、以下の通り説明されている。

IASBによって公表されたこのED(公開草案)は、IFRS第17号保険契約(2017年5月発行)の実施に向けての間に利害関係者によって提起された懸念及び課題に対応するためのIFRS第17号の的を絞った修正を提案している。

IFRS第17号は、IFRS第4号「保険契約」を適用するために使用される広範な保険会計実務における多くの不備に対処するために必要であり、かなりの規模の実施に向けての活動は既に進行中である。IASBは、利害関係者によって提起された懸念と課題を検討し、IFRS第17号への的を絞った修正を提案する潜在的費用は、それらの修正が本基準を実施する会社に有意義な支援を提供し、さらにこれらの修正が以下の条件を満たすならば、正当化できると結論付けた。

(a)本基準の基本原則を変更することはない。それは、そうでなければIFRS第17号の適用から生じるであろう情報と比較して、財務諸表利用者にとって有用な情報が著しく失われることになるからである。

(b)IFRS第17号の発効日において、既に進行中の実施に向けた活動を不当に混乱させたり、不当な遅延を招くことを回避する。
2|今回のEDの提案のポイント
IASBは、上記の要件を満たすものとして、EDにおいて、以下の8つのトピック((i)軽微な修正を除く)に関して、IFRS第17号への的を絞った修正を提案している。以下の内容は、ED及びIASBが公表している「Snapshot: Amendments to IFRS 17」2に基づいている。
(a)適用範囲の除外
保険契約の定義を満たすクレジットカード契約及びローン契約の取扱いについて、以下の通りとする。

・特定の要件(会社が顧客との契約の価格設定において、個々の顧客に関連した保険リスクの評価を反映していない場合)を満たすクレジットカード契約について、IFRS第17号の適用範囲から除外し、IFRS第9号を適用する。

・特定の要件(死亡免除付ローンのように、保険事故の補償が契約者の義務を解消するために要求される金額に限定されている場合)を満たすローン契約について、IFRS第17号又はIFRS第9号のいずれかを適用することができる。

(b)契約獲得キャッシュフロー
いくらかの契約獲得費用を予想される将来の更新に配分する。結果として損失の発生する契約が減少し、契約獲得費用のための資産が増加することになる。

・(ブローカーに支払われる手数料のような)契約獲得キャッシュフローを関連する更新後の契約にも配分する。

・会社が更新後の契約を認識するまで、これらの契約獲得キャッシュフローを資産として計上する。

・会社が更新後の契約を認識するまで、報告期間毎に当該資産の回収可能性を評価する。

・財務諸表の注記に、以下の情報の開示を要求する。
 ・期首から期末における当該資産の異動
 ・当該資産の認識中止や更新後の保険契約グループの測定に含める時期に関する情報
 ・減損損失の認識やその取消を異動表で区分して開示

(c)投資リターンサービス及び投資関連サービスに起因する契約上のサービスマージン(CSM
一部の契約について、収益認識と投資サービスの提供との整合性を高める。

・一般的な測定モデルにおける保険収益の認識は、保険カバーだけでなく、投資リターンサービス及び投資関連サービスに起因する契約上のサービスマージン(CSM)も含めて考慮する。

・財務諸表の注記に、以下の情報に関する開示を要求する。
 ・保険料配分アプローチが適用される以外の保険契約について、将来の損益における報告期間末のCSMを定量的に開示する(現在のIFRS第17号で認められていた定性的な開示のみを行う選択肢は削除)
 ・保険カバー及び投資リターンサービス及び投資関連サービスが提供する便益の相対的ウェイトを決定するために採用した判断

(d)保有再保険契約
元受契約の発行前又は同時に発行されている比例再保険契約について、基礎となる元受契約が不利な契約である場合に、対応する再保険契約の利得を直ちに認識することで、会計上のミスマッチを軽減する。

当初認識時に不利な元受契約の損失を認識している場合で、対応する再保険契約が、以下の条件を満たしている場合に、この再保険契約の利得を認識する。

・元受契約の保険金を比例的にカバーする(即ち、保険金の固定された割合を回収する) 
・不利な元受契約が発行される前又は同時に発行された

(e)財政状態計算書への表示
会社が、保険契約のグループではなく、保険契約のポートフォリオを使用して決定されるレベルで、保険契約の資産及び負債を財政状態計算書に表示することを要求する(簡素化)。

(f)リスク軽減オプションの適用
会社が金融リスクを軽減するために再保険契約を使用する場合に適用できるように、リスク軽減オプションを拡張して、会計上のミスマッチを軽減する。

直接連動有配当契約の金融リスクを軽減するために再保険契約を使用する場合にリスク軽減オプションを使用することが認められる。

(g)IFRS17号及びIFRS4号におけるIFRS9号「金融商品」の一時的免除の発効日
IFRS第17号の発効日を2021年から2022年(1月1日以降に開始する事業年度)に1年延期し、(一定の条件を満たす保険会社等に認められている)既存のIFRS第4号におけるIFRS第9号「金融商品」の発効日も2021年から2022年に1年延期する。

(h)移行措置の変更及び救済
基準を初めて適用する時に、会社が使用する3つの簡便化のオプションを追加する。
1) 企業結合
・修正遡及アプローチが認められる場合や公正価値アプローチの適用において、会社は、企業結合により取得した保険金支払負債を残存カバーに対する負債ではなく、発生保険金に対する負債として、分類することができる。

2) 移行日からのリスク軽減
会社がオプションを適用する日又はそれ以前にリスク軽減関係を指定した場合に限り、会社は移行日以降に将来に向かってB115項のリスク軽減オプションを適用することができる。

3) リスク軽減と公正価値アプローチ
直接連動有配当保険契約のグループに対して、以下の要件を満たす場合に、公正価値アプローチの適用を選択することができる。

・移行日から将来に向かって、リスク軽減オプションを保険契約グループに適用することを選択する。

・移行日までに、保険契約のグループから生じる金融リスクを軽減するためにデリバティブ又は再保険契約を使用していた。

(i)軽微な修正
IASBは、IFRS第17号の起草が審議会の意図する結果を達成しないいくつかの事例に対処するための軽微な修正を提案している。この中には、例えば「投資要素の定義の明確化」等が含まれている。

なお、IASBは、「IFRS第17号の修正」に付属するものとして「結論の根拠」も公表しているが、これは、EDに対する審議会の論理的根拠を説明している。結論の根拠はまた、審議会が検討し提案しないことを決定したその他の修正のための審議会の論理的根拠を説明している(BC164~BC220)。 結論の根拠のBC221項は、提案された修正の想定される費用と便益を要約している。
3|次のステップ
次のステップについては、EDの導入部において、以下の通り説明されている。

このEDに対する協議期間は、90日間でコメントは2019年9月25日までに求められる。

審議会は、2019年9月25日までに公開草案について受け取ったコメントを検討し、IFRS第17号の修正案の提案を進めるかどうかを決定する。審議会は、2020年半ばにIFRS第17号の修正を公表する予定である。

更なる実施上の問題が生じる可能性があるが、審議会は、更なる問題が更なる基準設定につながる可能性は低いと想定している。IFRS第17号の公表以降、実質的な実施上の問題を識別するために利害関係者はかなりの時間を費やしており、審議会はそのような問題が既に識別されていることを期待している。さらに、IFRS第17号へのいかなる追加変更も実施プロセスを助けるよりもむしろ混乱させる可能性が高いことを認識して、審議会はIFRS第17号の実施後レビューの後まで更なる修正を提案することに消極的である。
4|その他
IASBは今回の協議を補完するために、ロンドン、香港、トロント及びシドニーにおいて、国家基準設定主体等との共同で、ステークホルダーイベントを開催する。

今回の修正版のED公表に関して、IASBのHans Hoogervorst議長は、「IFRS第17号への移行は大きな課題であり、この提案された的を絞った修正のパッケージは、保険会社が新しい基準を継続的に実施するうえで役立つ。」と述べた。
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中村 亮一

研究・専門分野

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【IFRS第17号(保険契約)の修正に関するEDの公表について-EDの概要及び関係者の初期反応等-】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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