2019年04月12日

介護保険の「ローカルルール」問題をどうすべきか-国による一律規制にとどまらない是正策を

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|ローカルルールが発生する理由
第1に考えられる理由としては、法令に関する国の解釈・運用が現場の市町村に徹底されていない可能性である。この結果、市町村が国の解釈・運用を知らず、事業者から見れば国の解釈・運用とは異なるルールを強いられている可能性がある。これは言わば「国から伝達される情報の不足」に起因している。

第2の理由として、市町村サイドの理解が不足している可能性である。国の解釈・運用を十分に理解しておらず、国の考え方と反する形で独自に運用してしまうケースである。これは「市町村の理解不足」に原因を求めることができる。先に触れた図1のようなケースを認めない市町村の判断は「市町村の理解不足」に理由を求められるであろう。

第3に、混合介護を巡る議論で見た通り、市町村が独自の判断でルールを設定している可能性である。国から解釈・運用に関する考え方が十分に伝わり、現場の市町村職員が十分に理解していたとしても、保険財政を預かる市町村が独自にルールを設定することは考えられる。これは「市町村の意思」の問題となる。

以上を踏まえると、ローカルルールが発生する理由としては、「国からの情報伝達の不足」「市町村の知識の不足」「市町村の意思」という3つに整理できる。しかし、これまで見た通り、ローカルルールは様々な場面で見られ、その内容は多岐に渡る。さらに、この3つの理由はそれぞれが独立しているわけではなく、2つないし3つが絡み合っている可能性も想定され、対策を考える上では発生理由を分析した上で、個別事象に応じて丁寧に対応する必要がある。中でも3点目については、国の議論から見落とされる可能性があり、もう少し角度を変えて考察を深める。
3介護保険制度の基本的な考え方
まず念頭に置かなければならないのが介護保険制度の基本的な考え方である。先に触れた通り、介護保険は法令に違反しない限り、市町村に広範な裁量権を委ねている「自治事務」であり、国が示す通知は本来、「技術的助言」に過ぎない。つまり、自治体は通知に従っても良いし、従わなくても良いのである。この枠組みの下では、法令に反しない限り、市町村がローカルルールを作ることは何の支障もないことになる。さらに介護保険サービスに関する施設基準などについても、「従うべき基準」、「標準」、「参酌すべき基準」の3つの規制レベルがあり、参酌すべき基準については、自治体が条例として定めることも可能であり、裁量の幅は広いと言える。

このほか、先に触れた通りに「介護予防・日常生活支援総合事業」(新しい総合事業)は市町村の判断で報酬や人員基準を設定できる仕組みであり、この制度の下では市町村ごとに解釈・運用が異なることを是認している面がある。

ローカルルールの是正策を考える上では、こうした介護保険制度の特性を踏まえる必要があり、国が上から抑え付ける中央集権的な選択肢だけでは自治体の裁量を失わせる危険性がある。
4ストリート・レベルの行政職員
さらに、ケアの現場は生活そのものであり、国が細かい問題の全てを一律に決めることは極めて難しい点にも留意する必要がある。つまり、日常的に様々な問題が起きている中で、どんなに国が規制したとしても細部の運用は現場に委ねざるを得ず、現場の最前線に立つ市町村の公務員には裁量の余地が生まれる。

このように現場で制度・政策の運用に裁量的に携わる公務員について、社会学や行政学では「ストリート・レベルの行政職員(street-level bureaucracies)」と呼ぶことがある9。それによると、ストリート・レベルの行政職員は現場に近いところで独立的に執務している人々のことを指し、現場での運用に広範な裁量権を持っているとする。そして、こうした人達は現場の人的・時間的な資源制約を勘案しつつ、「エネルギー振り分けの裁量」「法適用の裁量」を働かせるとする。

中でも、前者については、限られた勤務時間とエネルギーをどの業務に振り向けるか、自分達自身の判断で決めざるを得ないし、独立的な立場で決めることもできる。この状況で国が細部を決めたとしても、ストリート・レベルの行政職員は新たにローカルルールを作ることで、現場の資源制約に対応するかもしれない。

つまり、中国語で「上に政策あれば、下に対策あり」と言われる通り、先に触れた混合介護の「エプロンを取り換える」というバカバカしく映るルールも含めて、ローカルルールはストリート・レベルの行政職員にとって一定程度の合理性を有していると解釈できる。この状況では、いくら国が中央集権的な解決策を志向したとしても、課題解決に繋がるとは考えにくい。

では、ローカルルールを是正する方法は何だろうか。老施協が自民党のヒアリングで幾つかの改善策を提案しており、それを踏まえつつ是正に向けた論点を整理することとしよう。
 
9 ストリート・レベルの行政職員については、Michael Lipsky(1980)“Street-Level Bureaucracy”[田尾雅夫ほか訳(1986)『行政サービスのディレンマ』木鐸社]、西尾勝(2001)『行政学[新版]』有斐閣を参照。
 

5――ローカルルール是正に向けた論点

5――ローカルルール是正に向けた論点

1|書式の統一・プロセス
老施協が示した提案は大きく分けて2つある。第1に、「国が最低限必要な書類が何か明確にすることとあわせて、自治体が個別様式を要求しないように、裁量による解釈の齟齬を極力排除」する必要があると強調している。これは言わば書式、プロセスの統一であり、中央集権的な解決策を通じて、先に触れた3つの理由で言うと、「国からの情報伝達の不足」「市町村の知識の不足」という2つの理由に主に対応できる。中でも、介護報酬の算定を巡る判断など国が法令で定めている範囲については、こうした対応が有効と思われる。

2第3者的な委員会の設置
第2の提案としては、自治体独自の解釈・運用に関する妥当性を判断する場として、市町村の解釈の妥当性を検証、仲裁する組織体を設置する必要性に言及している。これは3つの理由の全てに対応できるが、もし国の指示が徹底されたり、自治体の理解不足が解消したりすれば、紛争は解決に向かうはずであり、どちらかと言うと第3の理由、つまり「市町村の意思」に基づくローカルルールの紛争処理と解釈できるかもしれない。この提案に沿って、例えば労働者、使用者、有識者(公益委員)の3者構成で労使問題を仲裁する労働委員会などを参考にしつつ、第3者的な委員会を都道府県単位に設置することが考えられる。

これらは全て必要な手立てと考えられるが、十分とは思えない。以下、私見として「制度の簡素化」「ローカルルールの透明化」という視点を付け加えたい。

3制度の簡素化
第1の私見としては、制度の簡素化である。介護保険は制度創設から約20年の歳月と3年に一度の改正を経て、複雑化し続けている。その一例が介護報酬の単価などを定める「サービスコード」の複雑化である。これは介護現場で用いられている「メニュー表」に相当し、その項目数はほぼ右肩上がりで増えている。その集計した結果が図4であり、近年は訪問介護サービスの報酬体系見直しに伴って項目数が減っているが、制度創設時の約14倍に膨らんでいる。
図4:介護報酬サービスコードの推移 ここで少しだけサービスコードの構造を説明すると、コードは6ケタの数字で構成しており、最初の2ケタはサービスの種類を表している。具体的には、訪問介護は「11」、通所介護は「15」、介護老人福祉施設(特別養護老人ホーム)は「51」となっている。

そして残りの4ケタはサービスの提供時間、方法、人員基準、施設基準などに応じて細かく分かれている。例えば、訪問介護であれば訪問時間やサービスの提供内容に応じて「身体介護20分未満」「身体介護20分以上30分未満」などと区分されているだけでなく、それぞれに細かく単価と基準が決まっている。具体的には、「身体介護20分未満」の中でも「通常の場合:165単位」「夜間早朝の場合:206単位」「深夜の場合:248単位」「2人の介護職員の場合:330単位」「2人の介護職員が夜間早朝に訪ねた場合:413単位」「2人の介護職員が深夜に訪ねた場合:495単位」などと細かく分かれている10

さらに、サービスコードについては、それぞれ項目ごとに割り振られており、訪問介護の身体介護20分未満で通常の場合、6ケタのコードは「114845」、身体介護20分未満で夜間早朝の場合は「114846」となる。現場のケアマネジャー(介護支援専門員)は、こうしたコードをケアプランに記入することで、サービスを特定しているわけである。

こうしたコード数の増加が現場の事務負担を増やしている11だけでなく、ローカルルールを増やす要因として働いている可能性がある。先に触れたローカルルールを生む3つの理由(「国からの情報の伝達不足」「市町村の知識の不足」「市町村の意思」)に照合すると、第1の理由については、制度が複雑化すると国の説明資料が膨大になる結果、市町村に対して国の解釈・運用に関する情報が伝達しにくくなる危険性がある。第2の理由に関しても、制度が複雑化して全体像が見えにくくなると、市町村職員の知識習得のペースが制度改正に追い付かなくなり、結果として解釈・運用に関する国と市町村の齟齬を生み出す可能性がある。

最後に3番目の理由で見ると、制度が複雑化すると、市町村と事業者、利用者の間で、制度の理解に対する情報格差が広がり、ストリート・レベルの行政職員に相当する市町村の裁量が大きくなる。その結果としてストリート・レベルの行政職員が加算の要件や必要な書類などについて独自の運用・解釈を加えることで、現場の資源制約に対応しようとする誘因にもなる。

なお、ここでは詳しく触れない12が、異様と言えるほどコード数が増えているのは、国が報酬全体を抑える一方で、給付の「効率化・重点化」を図る観点に立ち、「●●を実施すれば加算」「××を満たさないと減算」といった形で、加算あるいは減算措置を相次いで設定しているためである。つまり、コード数増加の背景には介護保険財政の逼迫があり、制度は必然的に複雑化している以上、制度を簡素にすることは必ずしも容易ではない。

さらに、制度の簡素化がローカルルールの是正に直接繋がるわけでもない。しかし、制度の簡素化を通じてルールを分かりやすくすれば、解釈・運用に関する国と市町村の齟齬を減らすことに繋がり、結果的にローカルルールを是正できるのではないだろうか。
 
10 1単位は原則として10円だが、地域によって異なる。
11 ここでは詳しく述べないが、老施協の提案では現場のヘルパーが残す記録について、「報酬上の加算が創設される度、新たな算定様式が求められている」として、重複する様式の排除も訴えている。
12 直近の制度改正が反映されていないが、詳細については、筆者と郡司篤晃氏の連名による「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』2015年 第7巻 第1号(DOI:https://doi.org/10.24533/spls.7.1_175)、拙稿「報酬複雑化の過程と弊害」『介護保険情報』2015年7月1日号を参照。
4ローカルルールの透明化
さらに私見として、市町村サイドでの解決策としてローカルルールの透明化を指摘したい。混合介護に関するローカルルールのように、保険財政を司る市町村が自らの意思を持ち、独自のルールを設定することは一定程度、止むを得ない面がある。しかし、これが場当たり的に運用されたり、担当者ごとの判断が変わったりすると、事業者から見た予見可能性が失われる。

そこで、市町村が要綱、運用基準といった形でローカルルールを明文化するだけでなく、これらが介護事業者に対して事前に開示されれば、「担当者ごとに言っていることが違う」「担当者が代わった瞬間、運用が大幅に変わる」といった不透明な運用がなくなり、事業者の負担は軽減される可能性がある。実際、一部の自治体ではホームページなどで当該自治体のQ&Aや指導例を開示しており、自治体の担当者が変わったとしても、自治体、事業者ともに従来の解釈・運用に齟齬がないか確認しやすくなる13

実際、混合介護の促進に関連し、厚生労働省の委託を受けた報告書は「詳細なルールを定めることよりもむしろ、基本的な考え方や判断の前例などを示すことで、それらに照らせば個別具体的な疑問に対する判断が可能になるようにしていくことが現実的だろう」とした上で、改善策として自治体における事例蓄積、手続きのルーティン化などに言及している14
 
13 例えば、岩手県盛岡市は事業所に対する実地指導の様式や方針を事前に公開しているほか、2017年度の指導結果や指摘事項などを公開している。
14 日本総合研究所(2019)「介護保険サービスと保険外サービスの組合せ等に関する調査研究事業報告書」(2018年度老人保健健康増進等事業)。
 

6――おわりに

6――おわりに

以上、本稿ではローカルルールが生まれる理由を「国からの情報の伝達不足」「市町村の知識の不足」「市町村の意思」の3つに整理しつつ、解決策の方向性として、老施協の提案に沿って「書式、プロセスの統一」「第3者的な仲裁機関の設置」だけでなく、「制度の簡素化」「ローカルルールの透明化」を挙げた。

しかし、上記で述べた通り、ローカルルールの発生する理由やプロセスは多様であり、その是正策は一つにとどまらない。国が市町村や現場を一律に規制する中央集権的な課題解決策だけに頼るのではなく、ローカルルールが発生する理由を分析した上で、それぞれに対応する課題解決策を丁寧に模索することが必要である。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2019年04月12日「基礎研レポート」)

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