2019年04月03日

EC(欧州委員会)がソルベンシーIIに関する委任規則改正最終案を採択-今後、議会と理事会の精査期間を経て、施行へ-

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1―はじめに

ソルベンシーIIのレビューに関しては、欧州委員会(European Commission)がEIOPA(欧州保険年金監督局)からの助言セットの提出を受けて、ソルベンシーIIのレビューに関する検討を進めていたが、2018年11月12日にソルベンシーIIに関する委任規則(Delegated Regulation (EU) 2015/35)を改正する案を協議にかけるために公表した。その内容については、基礎研レポート「EC(欧州委員会)がソルベンシーIIレビューに関する協議を開始-EIOPAの助言をベースにドラフトを作成-」(2018.11.29)(以下、「前回のレポート」という)で報告した。

その後、欧州委員会は、利害関係者の意見等も踏まえて検討を進めていたが、2019年3月8日に、委任規則改正最終案1の採択を行った。

今回のレポートでは、このソルベンシーIIのレビューに関する委任規則改正最終案及びそれに対する保険業界からの反応等について、その概要を報告する。  

2―ソルベンシーII委任規則改正最終案の概要

2―ソルベンシーII委任規則改正最終案の概要

1|今回の規則改正の意味合い
今回の委任規則の改正により、保険会社が標準式の下でソルベンシー資本要件(SCR)を計算する方法について、多くの変更がもたらされることになる。

新しい委任規則は、資本の計算を簡素化し、銀行と保険の規制の整合性を改善するとともに、最近のデータと慣行をよりよく反映するためにパラメータを更新している。

これにより、中小企業への投資や経済への長期資金の提供がより促進され、魅力的なものになると想定されている。

2|201811月のドラフトから最終案に向けての修正内容のポイント
2018年11月のドラフトに対する4週間の協議期間中に、利害関係者から25件の意見が提出された。欧州委員会は、これに基づいて、(a)長期株式投資の基準、(b)未評価債務に対する内部モデルの使用に関連する共同投資基準、(c)繰延税金の損失吸収能力(LAC DT)の計算に関する規定の改正の適用日、について修正を行っている。
|主要な改正項目
最終案での修正内容を含めた、今回の主要な改正項目とそれらの影響は、概略以下の通りである。

(1) 長期株式投資
欧州委員会は、利害関係者からの、長期株式投資の取扱の適用基準、特に最低平均保有期間12年と、さらに12年間保有する能力を実証するための要件の組み合わせが厳しすぎるとの意見を踏まえて、長期株式投資の基準を変更した。

新しい規則の下では、最低平均保有期間は、12年から5年に短縮される。さらに会社は12年間ではなく、10年間ストレス状態においても投資を保持する能力を示せばよいことになる。ただし、資産は保険債務とマッチングさせる必要があり、それぞれが保険会社の貸借対照表の合計額の半分を超えてはならない。

保険会社の株式投資がこれらの基準を満たす場合、それらは22%の資本費用の対象となり、過去3年間に実施されてきたOECD諸国の上場株式に対する39%の資本費用からは大幅に削減されることとなる。

(2) 非上場株式
高品質の非上場株式投資のポートフォリオは、規制市場に上場されている株式と同じ扱い、すなわち49%から39%への資本費用の削減の恩恵を受けることができるようになる。

これによりプライベート・エクイティへの投資が促進されることになる。

(3) 未格付債務に対する内部モデルの使用
保険会社は、他の保険会社又は銀行の承認された内部モデルのアウトプットを使用して、未格付債務に対する資本費用を計算することができる。このような動きは、保険会社が中小企業向け融資の主要な源泉である私募に投資するのに役立つことになる。

欧州委員会は、未評価債務の内部モデルの使用に関する共同投資基準の臨界値のレベルについて50%という基準を設定していた。すなわち、内部モデルを使用している会社が投資の少なくとも50%を保有している場合にのみ使用できた。これに対して、このレベルが非現実的に高いとの意見が寄せられた。基準によると、保険会社は、他の保険会社又は銀行の承認された内部モデルのアウトプットを、その保険会社又は銀行が最低臨界値に等しい投資の留保を保持している場合にのみ使用できる。

欧州委員会は、実用性と利益相反の可能性に対処する必要性とのバランスをとるために、臨界値のレベルを50%から20%に引き下げた。

委任規則に対するその他の改正は、企業が自らの格付けを未格付債務に適用することをより容易にし、それは上記の変更に加えて、民間債への投資を促進することになる。

(4) 繰延税金の損失吸収能力(LAC DT)の計算に関する規定の適用日の延期
改正委任規則は、EU全体にわたるアプローチを調和させ、将来の利益に関して過度に楽観的な前提を置くことを制限することを目的として、繰延税金の損失吸収能力(LAC DT)の計算に関する新しい要件を導入している。

ただし、利害関係者からの反対意見を踏まえ、それらが保険会社に課す追加負担を考慮して、欧州委員会は、それらの規定の適用日を2020年1月1日に延期した。

(5) 信用及び保証保険会社の適用日の延期
改正委任規則は、信用及び保証ラインに対する保険料リスクの較正を変更して、ほぼ50%増加させる。ただし、信用及び保証セグメントでのみ活動している(再)保険会社の場合の損害保険料リスクに対する資本要件の増加を考慮して、新しい較正の適用日を2020年1月1日に設定することとした。

なお、この変更により、信用及び保証保険会社の一部ではSCR比率が10%~20%ポイント程度低下することになる。
 

3―ソルベンシーII委任規則改正最終案の具体的内容

3―ソルベンシーII委任規則改正最終案の具体的内容

1|ソルベンシーII委任規則改正最終案の基本的な考え方
今回のソルベンシーII委任規則改正最終案の基本的な考え方は、以下の通りである。

・経済の資金調達に対する不当な制約を取り除くために、保険会社の未格付債務及び非上場株式投資の標準的な計算式における資本費用の削減を可能にする健全性基準が導入されている。これらの改正により、ショック要素をスプレッドリスクで56%、株式リスクで20%低下させることができる。また、保険会社の資産負債及び投資管理に関連するいくつかの基準が満たされているとの条件で、株式へのリング・フェンスの長期投資は、戦略的参加と同じ資本チャージから恩恵を受けるべきである。

・枠組みの比例性を高めるために、とりわけ、投資ファンドのルックスルーの強制適用からのカーブアウトや、外部評価の使用に対する例外を含む、資本要件の標準式の不当に負担やコストのかかる要素に対するさらなる簡素化が導入される。これらの簡素化は、慎重な条件のもとで行われ、その適用が保険や再保険会社が曝されているリスクが隠れていないことを保証する。さらに、人為的カタストロフィリスクサブモジュールは簡素化されている。

・異なるEUの金融法令間の不当な不一致を取り除くために、ソルベンシーII資本要件の標準式に適用される規則は、そのような調整がこれらの異なるビジネスモデルに相応している程度まで、銀行業界で適用される規則とさらに整合される。この調整には、自己資本の分類と、中央カウンターパーティへのエクスポジャーと、地域政府及び地方自治体へのエクスポジャーの取扱が含まれる。さらに、欧州市場インフラ規制(EMIR)の採択に伴い、デリバティブの取扱が調整されている。

・現在の損失を吸収するための繰延税金の能力の認識における加盟国間の幅広い慣行の背景に照らして、異なる税制によって正当化できないものについては、連合における公平な競争の場を確保するためのさらなる原則が導入される。このような改正は、EUレベルでの全体的な資本要件に限定的な影響(損失吸収前のソルベンシー資本要件の0.9%)を及ぼしながら、国の管轄間の監督上のコンバージェンスを促進する。

・最終的な較正が行われてから得られた保険料と最終的な損失の見積もりに基づいて収集された追加データを利用して、損害保険料及び準備金リスクのリスク較正、健康及び損害災害リスクを含むいくつかのパラメータが更新される。

・リスク回避手法の認識、グループソルベンシー計算、及び損害保険料リスクのボリューム指標がさらに洗練され、市場慣行における発展が反映されつつ、資本要件標準式のリスク感応度が改善される。

・より厳格な枠組みが、関連するリスクフリー金利期間構造に関する技術的情報を掲示するための方法論、原則及びテクニックの改正に関して、規定され、透明性、慎重さ、信頼性と一貫性を高める目的での技術的情報の決定システムを改善させる。

・ソルベンシーII委任規則全体にわたる多くの草案の誤りが訂正される。
2|ソルベンシーII委任規則改正最終案の具体的内容
今回のソルベンシーII委任規則改正最終案の主たる内容は以下の通りである。

・EU全体の市場の失敗や準最適投資の状況に対処することに焦点を当てて、投資プロジェクトの堅実なパイプラインの開発を支援するべきであるInvestEU Advisory Hubと投資家に簡単にアクセス可能で使いやすい投資プロジェクトのデータベースを提供するInvestEU Portalの設立を提案する。

・プライベート・エクイティ及びプライベート・ポジションの債務の健全性取扱は、これらの資産クラスへの投資に対する不当な障壁を取り除くために改正されるべきである。

・保険及び再保険会社による比例原則の適用が保証されるべきであり、保険業界及び他の金融部門における経済運営者間の平等な競争の場を確保するために、保険及び再保険会社に適用される規定の一部は、信用及び金融機関に適用される規定と、そのような調整が異なるビジネスモデルに対応したものであるという程度で、調整されるべきである。

・カウンターパーティデフォールトリスクの標準的な計算は、信用機関や金融機関に適用されるエクスポジャーの資本要件と一致する形で、適格CCPs(中央清算機関)への貿易エクスポジャーを扱うべきである。

・私募債務に対する保険会社の投資を促進するために、保険又は再保険会社の内部信用評価に基づいて、指定ECAIによる信用評価が信用度ステップ2又は3に利用できない債券及びローンの割当てを可能にする基準を設定すべきである。

・変更された技術、データの仕様又はパラメータの影響、及びデータの変更に関する変更が、時間の経過とともに関連するリスクフリー金利期間構造に関する技術情報を決定する方法の透明性、慎重さ、信頼性及び一貫性の目的に見合っているかどうかを評価するための条件を明確にすべきである。

・払込済劣後相互勘定、払込優先株式及び関連する株式プレミアム勘定の形態の劣後債務で支払われる自己資金項目がTier1自己資本としてどの程度適格であるかを明記する基準を確立すべきである。

・免責条項のメカニズムの税効果が保険又は再保険会社のソルベンシー・ポジションを大幅に弱める可能性が高いと信ずる可能性があるかどうかを評価すべきである。

・ルックスルーアプローチは、は、その保険又は再保険会社のための資産の保有又は管理を主目的とする保険又は再保険会社に関連する会社に適用されるべきである。

・さらに、以下の項目の適用及び計算において、一定の条件が満たされる場合に、簡便化の適用等が認められるべきであるとしている。
 ・ルックスルーアプローチ
 ・解約リスクサブモジュール
 ・自然カタストロフィリスクのサブモジュール
 ・火災リスクサブモジュール
 ・生命・健康死亡リスクサブモジュール
 ・格付けの使用
 ・カウンターパーティデフォールトリスク
 ・保険引受リスクに対するリスク軽減効果 

・将来の契約に関する保険料のリスク費用は、1年超の契約期間に過度にペナルティを科すべきではない。

・自然カタストロフィリスクのソルベンシー資本要件の計算においては、自然カタストロフィに対する補償の契約上の限度を考慮する必要がある。

・海上、航空、火災のリスクに対するシナリオベースの計算は、再保険又は特殊目的の車両から回収可能な額の控除後の最大のエクスポジャーに基づいて行われるべきである。

・海上リスクサブモジュールのタンカー衝突シナリオは最低250,000ユーロ以上の保険金を有する船舶にのみ適用される。

・保険会社による非上場株式への直接投資について、標準式を使用して株式リスクの所要自己資本を計算する場合、高品質の非上場株式投資のポートフォリオは、規制市場に上場されている株式と同じ扱いから恩恵を受けることができるべきである。高品質の非上場株式ポートフォリオが十分に小さいシステミックリスクを持つことを確実にするために、基準が設定されるべきである。

・保険会社は長期投資家として重要な役割を担っており、株式投資は、実体経済の資金調達にとって重要である。したがって、ソルベンシー資本要件を計算する際に、長期株式投資及び戦略的株式投資の処理を、相関行列を含む標準式に合わせることによって、保険及び再保険会社による長期株式投資を奨励する必要がある。投資の長期的な性格を確実にするために、長期的な株式投資のポートフォリオ及び明確に識別された保険又は再保険債務のポートフォリオと一致するその他の資産を、株式リスクサブモジュール内に導入する必要がある。規制上の裁定取引を回避するために、資産ポートフォリオと負債ポートフォリオは同様の価値を持つべきであり、それぞれが保険又は再保険会社の貸借対照表の合計規模の半分を超えてはならない。

・スプレッドリスクサブモジュールの資本要件の計算は、保険又は再保険会社の高格付け私募債への投資を妨げてはならない。

・地域政府及び地方自治体が発行する保証の認識のための保険及び再保険の規則は、信用機関及び投資会社に適用される機関によって発行された保証の認識のための規則と一致させるべきである。

・全てのデリバティブは、標準式のカウンターパーティのデフォールトリスクモジュールでタイプ1のエクスポジャーとして扱われるべきである。

・個々のエクスポジャーは、まず信用力のステップと相対超過エクスポジャー臨界値にマッピングされ、リスクファクターはその後単一名エクスポジャーのレベルで適用されるべきである。

・保険及び再保険会社は、例外的な損失シナリオ後の将来の課税利益の予測において過度に楽観的な仮定を使用すべきではない。

・リスク管理実務の開発、特にリスク軽減手法の使用は、標準式のソルベンシー資本要件の計算に反映されるべきである。

・再保険カウンターパーティが最低自己資本要件を遵守しなくなった場合、保険又は再保険会社は、その再保険カウンターパーティとの再保険契約によるリスク軽減効果をもはや考慮に入れなくてもよいとすべきである。

・保険会社及び再保険会社は、ソルベンシー資本要件の標準式計算におけるストップ・ロス契約によって提供されるリスク軽減を考慮に入れるべきである。

・繰延税金の損失吸収能力は、保険及び再保険会社のソルベンシー・ポジションに重要な影響を及ぼす。従って、保険又は再保険会社の総務、経営、監督機関(AMSB)は、これらの繰延税金の損失吸収能力を考慮した繰延税金に関連するリスク管理方針を採用すべきである。

・ルックススルーアプローチが集団投資会社、又は参加保険又は再保険会社の関連会社であるファンドとしてパッケージ化された投資にソロレベルで適用される場合、ルックスルーアプローチもグループレベルで適用されるべきである。

・グループの通貨リスクに対する資本要件の計算は、特に保険又は再保険活動が異なる通貨建てである場合に、そのグループの特定の経済状況を反映すべきである。

・損害保険料及び準備金リスクサブモジュール、健康保険料及び準備金リスクサブモジュール、及び自然カタストロフィリスクサブモジュールの標準的な計算式は、保険料引当金及び支払備金に関する最近の経験的証拠を反映するように改正する必要がある。

・大量事故及び事故集中のための資本要件の複雑さの計算は、健康保険を提供する会社が曝されているリスクの性質、規模及び複雑さに比例していなければならず、従って、事故に起因する10年間続く障害に関するイベントタイプは、もはやこの計算から除外されるべきではない。
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中村 亮一

研究・専門分野

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